27話:洗礼⑨ 路傍の石
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
<p>「はじめまして、皆さん。</p><p>私は戦闘実技担当教官、並びに今期より貴方達A組の担任となりました、</p><p>デボラ・ヴァレンシュタインです」</p>
本文
「はじめまして、皆さん。
私は戦闘実技担当教官、並びに今期より貴方達A組の担任となりました、
デボラ・ヴァレンシュタインです」
壇上に立つデボラの声は、決して張り上げられたものではなかった。しかし、その涼やかで硬質な響きは、教室の隅々にまで冷徹な魔圧を伴って浸透し、浮足立っていた学生たちの鼓膜を直接震わせた。彼女が教壇に立つだけで、空気の密度が一段階上がったかのような錯覚に陥る。
「皆さんはこれから四年間、このステラ・マリス魔法大学において魔導士としての強さ、振る舞い、心得を学び、行く行くは一人の魔導士として立てるようになってもらいます。いわば、貴方達は魔導士の原石……などという、高尚な物ではありません」
その一言が放たれた瞬間、教室に微かな、しかし明らかな動揺が走った。期待と自尊心に満ちた新入生たちの顔に、困惑の色が浮かぶ。デボラはその様子を、感情の失せた灰色の瞳で冷淡に見据えた。
「このステラ・マリス魔法大学において、現在の貴方達は路傍の石も同然。
つまり……平等に何の価値もない存在です」
あまりにも容赦のない全否定だった。特に、生まれながらに選民意識を植え付けられてきた貴族の子弟たちにとって、それは人生で初めて経験する類いの屈辱だった。
数人の男子学生が顔を赤くして反論しようと身を乗り出したが、デボラがふっと視線をそちらへ向けただけで、彼らの喉奥に氷の塊を突っ込まれた様な息苦しさと冷たさを感じ、口を噤んだ。
「今やもう、魔法は貴族だけの特権では無くなりつつあります。元より、魔導士は時には魔獣を相手にすることも多々あります。
魔獣は貴方達の家柄や親の権力に忖度し、牙を収めません。
平等に、その喉元に牙を突き立ててきます」
教室からは、もはや衣擦れの音すら消えていた。デボラの言葉は、彼らが拠り所にしていた「壁」を一つずつ、無慈悲に破壊していく。
「これからステラ・マリスに求められるのは、自身の力で道を切り開ける魔導士のみです。親に頼って許されるのは子供だけであり、そして貴方達はもう、魔力という『牙』を持った大人です。力を持つ事の責任と覚悟のない者に、ここにいる資格……いえ、魔導士になる資格はありません。
それを理解した上で、この四年間を過ごしなさい」
デボラは静まり返った一同の顔を見据える様に静かに言った。
「甘えは一切許しません」
苛烈な洗礼だった。平民出身の学生たちはその厳しさに身を縮め、貴族出身の学生たちはその平等の定義に唇を噛んだ。シュドーは、教壇で凛と立つデボラの姿に、かつて自分達を「クソガキ」と呼び捨てながらも本気で魔法を放ってきた師ナザルの面影を重ね、無意識に拳を握りしめた。
「では、これより講義取得のガイダンスを行います。手元の資料にある内容を確認し、共通講義以外の志望講義を選びなさい……」
デボラは学生たちの蒼白な表情に頓着することなく、機械的な正確さで説明を進めていった。魔導幾何学、呪文構成論、薬草学、そして彼女自身が担当する対人魔導戦闘演習。配布された羊皮紙には、気が遠くなるような数の学問領域が並んでいた。
「……以上が本校のガイダンスとなります。本日の18時までに講義を決め、書類を提出するように。明日から本格的な授業を開始します。時間に遅れることがないように……」
そこでデボラの視線が、不自然なほど鋭くシュドーとメルティを射抜いた。
「特に、一部の者は自覚しなさい」
二人は心臓を冷たい手で掴まれたように跳ね上がらせ、同時に背筋を凍らせた。
昨日の騒ぎといい、今朝の遅刻といい、完全に「問題児」としてブラックリストの筆頭に載っているのは明白だった。
「言うまでもありませんが、魔法の濫用は原則授業以外では禁止です。その他暴力行為等も、正当な理由なしで許されることではありません。違反が確認され次第、即刻処罰の対象となります。
本校の生徒である自覚を持ち、規律を重んじた振る舞いをするように…話は以上です」
流れるような動作でデボラが教室を去ると、数秒の間をおいて、ようやくせき止めていたダムが決壊したかのようにざわめきが蘇った。
「シュ、シュドー……あ、あの先生、やっぱりすごく怖いよぉ……」
メルティが泣きべそをかきながら、シュドーの制服の裾をぎゅっと引っ張る。
「……ああ。完全にロックオンされてんな、ありゃあ」
シュドーは溜まっていた息を吐き出し、額の絆創膏をそっと押さえた。
痛みが引いたはずの傷跡が、デボラの視線の余韻でズキリと疼く。
「おい、ジョシュア。やべぇよな、デボラ先生……」
アルが前の席に座るジョシュアの肩を叩く。ジョシュアは死んだ魚のような目で振り返り、深い絶望と共に答えた。
「ああ、やべぇよ……。俺の『そこそこの成績で卒業して、そこそこの仕事に就く』っていう優雅で平穏なキャンパスライフの夢が、もう微塵も叶わなそうな気がするぜ。あの人、絶対手を抜かせてくれないタイプだ……」
しかし、アルの「やべぇ」の意味は、友人二人のそれとは180度異なっていた。
「何言ってんだよジョシュア! やべぇのはあのおっぱいだろ! 見ただろ!?
あの法衣の隙間から覗く魅惑の谷間、そしてスリットから露わになるあの白く逞しい太腿を! 貴族の先生にあんな至宝が隠されてるなんて、俺は聞いてねーぞ!
ウヒョー! あんなお宝ボディを毎日拝めるなんて、最高にラッキーじゃねぇかよ!」
アルが鼻息荒く拳を握りしめるのを、ジョシュアは憐れみの混じった冷徹な視線で見つめた。
「……お前、ある意味シュドーより逞しいな」
窓の外では夕暮れのチャイムが鳴り響き、王都の空が紫煙に染まり始めていた。
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