第8話 ギルド帰還と証言
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あらすじ
<p> 出口までは、思ったより近かった。</p><p> 迷宮の階段を上ると、地上の光が目に刺さった。昼に入ったはずなのに、外はもう夕方に近い。迷宮の中では時間が分かりにくい。腹時計はずっと鳴っていたが、あれは朝から役に立たない。</p><p> 入口の衛兵がこちらを見て眉を上げた。</p>
本文
出口までは、思ったより近かった。
迷宮の階段を上ると、地上の光が目に刺さった。昼に入ったはずなのに、外はもう夕方に近い。迷宮の中では時間が分かりにくい。腹時計はずっと鳴っていたが、あれは朝から役に立たない。
入口の衛兵がこちらを見て眉を上げた。
「おい、その怪我人は」
「拾った」
「迷宮で人を拾うな」
「捨ててある方が悪い」
衛兵は何か言いかけたが、ミリアの教会紋章を見ると顔色を変えた。
「教会の子か。すぐギルドへ連れて行け」
「最初からそのつもりだ」
ミリアはわたしの背で小さく息をしている。軽い。軽すぎる。人を背負うのは初めてではないが、こんなに軽いと逆に腹が立つ。ちゃんと食っていれば、もう少し重くなるはずだ。
ギルドへ戻ると、夕方の酒場はさらに騒がしくなっていた。
探索者たちが酒を飲み、依頼の成功を吹聴し、失敗をごまかし、隣の卓の肉を横目で見ている。よい場所だ。うるさいが、活気がある。実家の晩餐室のように、銀の匙の音だけが響く場所よりはよほどましである。
わたしがミリアを連れて入ると、何人かが振り向いた。
セラは受付の向こうで、すぐに立ち上がった。
「ルカさん」
「帰った」
「ええ、見れば分かります」
「怪我人を拾った」
「それも見れば分かります」
「ついでに、ガントに罠へ押された」
ギルドの空気が少し止まった。
さっきまで大声で笑っていた探索者たちが、急にこちらを見る。酒場の空気というのは面白い。誰かが面白い話を始めると寄ってくるし、誰かが不穏な話を始めても寄ってくる。
ガントが後ろで怒鳴った。
「てめえ、いきなり何を」
「証言は生きて帰ってからと言われた」
わたしはガントを指さした。
「こいつはわたしを罠に押した。分け前を等分と言って嘘をついた。怪我人を置いていこうとも言った。虫以下だ」
「最後のは余計です」
セラが静かに言った。
「では虫並みだ」
「それも余計です」
難しい。
セラは近くの職員を呼び、ミリアを椅子に座らせた。それからガントたちを見た。涼しい目だった。受付にいるときは柔らかいのに、今は刃物みたいである。
「ガントさん。事実確認をします」
「こいつの言うことを信じるのか!」
「信じるかどうかは、確認してから決めます」
「新人だぞ!」
「新人を罠に押したという疑いがあるので、問題なのです」
ガントは黙った。
その時、ミリアが小さく手を挙げた。
「あの、私も見ました」
全員がミリアを見た。
ミリアは少し震えていた。顔色も悪い。膝の上で指を握りしめている。さっきまで死にかけていたのだから当然だ。それでも、彼女は逃げなかった。
「ルカさんは、押されました。でも、避けて……その、ガントさんが罠に」
「違う! 俺は押してねえ!」
「押しました」
ミリアの声は小さい。だが、はっきりしていた。
「私は教会の臨時治癒師として、別の探索者パーティに同行していました。その人たちにも置き去りにされました。だから、見ていました。ルカさんは、私を助けてくれました」
酒場の奥から誰かが口笛を吹いた。
ガントの顔が赤くなった。肩から血を流し、顔を赤くし、口をぱくぱくしている。焼き魚みたいだ。焼き魚に失礼かもしれない。
セラは頷いた。
「ガントさんたちは、調査が終わるまで依頼受注停止です。魔石は証拠品として一時預かり。ルカさんの取り分については、査定後に別途支払います」
「ふざけるな!」
ガントが受付台を叩いた。
よくない。
受付台は椅子ではないが、備品である。備品を乱暴に扱ってはいけないと、ついさっきわたしは言われた。
セラが微笑んだ。
「ガントさん」
「何だよ」
「次に台を叩いたら、私が怒ります」
ガントは一歩下がった。
なるほど。やはりこの受付嬢は強い。わたしより礼儀正しく、わたしより怖い。世の中にはいろいろな強さがある。
ガントたちは職員に連れて行かれた。去り際にこちらを睨んだので、わたしは手を振ってやった。親切のつもりである。ガントはますます顔を歪めた。
周りの探索者たちは、急に好き勝手なことを言い始めた。
「ガントの奴、またか」
「新人相手にやりすぎなんだよ」
「でもあの娘、ゴブリン五体だってよ」
「背中の子は教会の回復役か?」
噂は早い。火より早い。だが、今回は悪くない。わたし一人の言葉ではなく、ミリアの証言もある。セラの手続きもある。ガントが大声を出せば出すほど、自分の首に縄をかけているように見えた。
セラが軽く手を叩く。
「見物料は取りませんが、邪魔をする方には手伝っていただきます」
探索者たちはすぐに目を逸らした。
やはり強い。
セラがわたしに向き直った。
「まずはお疲れさまでした」
「疲れた」
「でしょうね」
「腹も減った」
「それもでしょうね」
セラは書類を整えながら言った。
「ゴブリン五体、クロウラー三体。初探索としては、かなりの成果です。ただし、危険行為も多いです」
「向こうから来た」
「魔物はたいてい向こうから来ます」
「では仕方ない」
「仕方なくありません」
セラはため息をついた。
「ですが、ミリアさんを救助したことは評価されます。教会からも謝礼が出るでしょう」
ミリアが慌てて顔を上げた。
「私、教会には」
言いかけて、口を閉じた。
セラの目が少し細くなる。
「事情がありそうですね」
「……はい」
「詳しくは後ほど聞きます。今は治療と食事を優先しましょう」
「食事」
わたしは思わず言った。
セラが笑った。
「ギルド併設の食堂で使える食券を出します。救助報酬の前払い扱いです」
「いい受付嬢だ」
「備品を投げないでくだされば、もっといい探索者ですよ」
「努力する」
「約束ではなく?」
「相手による」
「そこは変わらないのですね」
ミリアが、椅子の上で小さく笑った。
それを見て、わたしは少し安心した。震えていても、笑えるならまだ大丈夫だ。大丈夫でないなら、飯を食わせればいい。
セラは職員に治療道具を持ってこさせ、ミリアの傷を確認した。わたしの肩もついでに見られた。
「ルカさんも怪我をしています」
「打っただけだ」
「血が出ています」
「少しだ」
「少しの血でも、服につくと落ちにくいです」
「それは困る」
「そこですか」
セラは手際よく布を巻いた。
ギルドは騒がしい。だが、誰かが戻ってきた時の手順がある。怪我人を座らせる人間がいる。証言を聞く人間がいる。食券を出す人間がいる。
いい場所かもしれない。
少なくとも、戻る場所としては悪くない。
ミリアは食券を見つめていた。
「私も、いただいていいのでしょうか」
「二枚ある」
「でも」
「二枚ある」
わたしが繰り返すと、ミリアは小さく頷いた。
その様子を見て、セラが少しだけ表情を和らげる。わたしは食券を握り、食堂の方を見た。肉の匂いがする。今日はまだ終わっていない。飯を食うまでは、何も終わらせない。
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