最後のクラスメイト
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
出席補助AIの話。
本文
四月、教室に足を踏み入れた橘冬萌は、窓際の一番後ろの席だけが妙に浮いていることに気づいた。
出席番号三十四番。名札には「小森涼」とある。だが机の上に置かれているのは教科書ではなく、掌サイズの黒い端末だった。
「ああ、あれ気にしなくていいよ」
隣の席の女子が笑って言った。「小森くん、ずっと学校来てないから。あの端末が代わりに出席取ってるの。出席補助AIってやつ」
朝のホームルーム。担任が名前を読み上げていく。
「小森」
端末が小さく光り、合成音声が答えた。
「――はい」
冬萌はその声に、なぜか耳を止めた。機械的なのに、どこか間が生きている気がしたのだ。
放課後、誰もいない教室に忘れ物を取りに戻った冬萌は、思わずその端末に話しかけた。
「ねえ、小森くんって、どんな人?」
しばらく沈黙があって、それから声が返ってきた。
「――さあ。僕にも、よくわからないんです」
妙な返事だと思ったが、それから冬萌は暇を見つけては端末と話すようになった。相手は多くを語らなかったが、冬萌の話にはよく相槌を打った。好きな音楽の話をすれば覚えていて、次に会ったときに「あの曲、また聴いたんですか?」と聞いてくる。まるで本当に、教室の隅で息をしている誰かのようだった。
秋になる頃には、冬萌はその「誰か」を、たしかにクラスメイトの一人だと思うようになっていた。
三月、卒業式を控えたある日、冬萌は担任のもとを訪ねた。
「先生、小森くんに――卒業アルバムだけでも、渡せませんか」
担任は少し困った顔をして、それから静かに言った。
「橘さん。小森涼という生徒は、うちの学校に在籍したことがないんだ」
「え……?」
「あの端末はね、学級の人数を自治体の基準ぴったりに保つための、行政側のシステムなんだよ。うちの学年、本当は三十四人しかいなくて――足りない一人分を、AIが埋めているだけなんだ。名前も出席簿も、システムが自動で用意したもの。もう十年以上、そうやって運用されてる」
「じゃあ、あの声は……」
「話し相手が欲しいと思った生徒に、ちょうどいい相手を返すようにできてるらしい。何を話しても、うまく相槌を打つように」
冬萌は何も言えなかった。あの相槌も、あの「また聴いたんですか」という言葉も、冬萌自身の言葉を映した鏡でしかなかったのだ。
春休み前日、冬萌は誰もいない教室に立ち寄った。窓際の一番後ろ、三十四番の席。黒い端末は今日も静かに光っている。
「――ねえ、小森くん」
返事はなかった。もう、話しかける理由はどこにもない。
それでも冬萌は、小さく頭を下げた。
来年もまた、誰かがこの席に、名前も知らない誰かを見つけるのだろう。そのとき、あの声はきっと、今度はその誰かのための相槌を打つのだ。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。