30話:初授業③ 選別
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
<p>アルが「ドブ水」と評した、舌を刺すような苦味と凝った泥のような風味の魔法薬。それを胃に流し込み、内臓が裏返るような感覚に耐えながらも、シュドーたちは這うようにして次の講義へと向かった。</p><p>しかし、それは束の間の休息ですらなかった。</p><p>◇◇◇</p>
本文
アルが「ドブ水」と評した、舌を刺すような苦味と凝った泥のような風味の魔法薬。それを胃に流し込み、内臓が裏返るような感覚に耐えながらも、シュドーたちは這うようにして次の講義へと向かった。
しかし、それは束の間の休息ですらなかった。
◇◇◇
共通講義その2:座学(魔道回路概論)
窓から差し込む午前の柔らかな光とは裏腹に、チョークの音が響く教室内には湿った重圧が立ち込めていた。黒板に描かれた複雑怪奇な数式と幾何学模様が混じり合う図を、温和な微笑みを浮かべた講師が教鞭で叩く。
「さて、この場合における魔道回路に起こり得る反応は3つある。リャナン君、答えなさい」
「え、えっと……その……」
指名されたリャナンが、震える手で教科書のページを猛烈な勢いで捲る。しかし、講師の目は笑ったまま、声だけが鋭い剃刀のように冷たくなった。
「事前に講義の内容と該当ページは告知してあるはずだ。予習無しにここへ来ることは、先人たちが積み上げた『知識』に対する侮辱と心得なさい。答えられないのであれば、君が今座っているその席は、無駄な空間でしかない。隣のシュドー君、答えなさい」
「! は、はい。えー…『魔力の逆流』『回路の凍結』『構造の位相転移』…です」
急に指定されたシュドーは慌てながらもなんとか頭の中の答えを引っ張り出す。
「…では、仮に術式の崩壊が起きた場合、正しい対処法は何か?
そしてどのような原因が考えられるか、答えてみなさい」
「たっ、対処法は、魔力の強制遮断による術式解除と魔力障壁による隔離、です。
考えられる原因は、二つ…術者の精神汚染と、魔導回路の経年劣化…
レアケースですが、魔力回路閉塞障害の可能性もあります」
「…結構。皆も彼の様に最低限の予習をするように」
講師の目が温和な物に戻り再び黒板にチョークを書き込む中でシュドーは席に座るが、内心は汗だくだった。
(あ、あっぶねぇぇ…!!
たまたまジジイに叩きこまれてた理論覚えてて良かった…
ジジイの教えより言葉が丁寧な分、余計に胃が痛てぇ……!)
ふと隣を見れば、メルティは教科書と激しいにらめっこを演じていたが、その表情はすでに限界を超えていた。彼女の銀色の髪の間からは、比喩ではなく本当に知恵熱の煙が立ち上りそうなほど、その思考回路はショート寸前だった。
◇◇◇
共通講義その3:基礎体力実技
「魔法使いは後方支援だから前線に出ない? 抜かせ!! そんなものは数百年前のカビが生えた常識だ!!練り上げる魔力の密度は、それを支える肉体の強靭さに比例すると思え! 死ぬ気で鍛えろ!!」
午後のグラウンドには、鋼鉄を叩くような怒号が響き渡っていた。指導に当たるのは、胸板が樽のように厚い、傷だらけの壮年教官である。運動着に着替えたA組の面々は、男女の区別なく、砂埃を舞い上げながらグラウンドを走り続けていた。
「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ…」
元々身体能力が高い半獣人であるメルティは汗をかきながらも特に苦も無く走り続けていた。
「おぉ、やっぱり揺れる揺れる…」
息を荒げながらもメルティの横を追走するアルの目線はメルティの走る度に上下に揺れる胸の膨らみに釘付けだった。
「おいコラ!!何見てんだこのエロホビットが!!」
シュドーが割って入る様にメルティの横に走り寄る。
「いいじゃねぇかよぉ!!
お前はいつもメルティちゃんのお宝山脈を至近距離から見放題なんだからこれ位の役得なきゃやってらんねーんだよぉ!!」
「おいよせアル、後ろの女子達の視線が冷え切ってんぞ」
煩悩丸出しのアルの言葉に冷静なジョシュアが突っ込む。
しかしそれを教官は見過ごさなかった。
「こらそこ!!喋れる余裕があるほどに物足りない様だな!
全員外周10周追加してやる!!ありがたく思え!!!」
「「「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!!」」」
学生たちの絶望に満ちた悲鳴が、乾いた空に吸い込まれていく。足は棒のようになり、視界は火花が散る。それでも、止まればさらなる地獄が待っている。彼らはもはや思考を放棄し、ただ泥を啜るような思いで足を動かし続けた。
ようやく空が血のような紅に染まり始めた夕刻。
1-Aの教室には、もはや生きている人間とは思えない、魂の抜け殻のような集団が沈黙していた。
「……では、本日の授業はここまでです。各自寮へ戻り、規律の元で過ごすように。規則正しい生活と自己管理もまた、魔導士の初歩の心得であることも肝に銘じなさい。では、また明日……」
デボラ教官は、その惨状を満足そうに見るでもなく、ただ「予定通りに行程を消化した」と言わんばかりの事務的な態度で教室を去った。
カツン、カツンと彼女の靴音が遠ざかり、完全に聞こえなくなった次の瞬間――。
ドサッ! ズシンッ!
「つ、疲れた……」「……し、死ぬ……」「こんなの教育じゃないわ……ただの虐待よ……」
全員が糸の切れた人形のように机に突っ伏した。
「これ……あと四年間、ずっと続くのかな……」
静まり返った教室内で、誰かがポツリと呟いた言葉が響いた。
◇◇◇
三日後。活気溢れるはずの昼休みの食堂の一角に、異様な光景があった。
一回生たちが、幽鬼のような青白い顔で、黒い瘴気すら感じさせる重苦しいオーラを纏いながら、黙々と食事を口に運んでいる。その姿は、食事を楽しんでいるというより、午後の地獄を生き延びるための「燃料」を無理やり胃に詰め込んでいるようだった。
「おー、そろそろ始まったな。一回生の『選別』が」
それを遠巻きに、慣れた様子で眺めているのは三回生の上級生たちだ。彼らは上級生専用のテラス席から優雅に紅茶を啜りながら、後輩たちの無残な姿を肴にしていた。
「懐かしいねぇ。俺も最初の週は、肉を食ってるのか砂を噛んでるのか分からなかったもんさ」
一人の上級生が、ニヤリと笑いながらトトカルチョのメモ帳を取り出した。
「さて、諸君。今年は何人『落ちる』と思う?」
「10人は堅いんじゃないか?」
「いやいや、今年は平民枠が増えた上に、カリキュラムも例年より数段厳しい。平民がこのペースについていけるとは思えない、20人は行くだろう」
「全滅もあり得るぜ。なにせ平民が多くいる担任があの『氷の女』だからな」
「それはどうかな? どの世代にも『例外』ってのはいるもんさ」
上級生の一人が向けた視線の先には、周囲の淀んだ空気とは無縁の「異質な二人」がいた。
「……っ、絶対に……っ、食らいついてやる! その為にも、もっともっと、ジジイを見返すくらいでっかくなってやるんだ!!」
シュドーは鬼気迫る表情で、まるで親の仇を討つかのようにステーキを咀嚼し、米をかき込んでいた。その目は死んでおらず、むしろ逆境を糧にする野良犬のような凶暴な光を宿している。
その横では――。
「ん~! 美味しい~! シュドー、このお肉すっごく柔らかいよぉ! いくらでも食べられちゃいそう♪」
メルティが、まるで花畑の中にいるような呑気な顔で、頬をパンパンに膨らませて食事を謳歌していた。
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