雨の果て

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/2 📝 3,000文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

ChatGPTを利用しました お題を無視しすぎて採点不能 ルールを守れ話はそれからだ もしルールを守れていると思っているならば思い違いもいいところ 小学生から勉強やりなすことをすすめると言われました(意訳)

本文

 人生とはなんとままならないものか。予定外の激しい通り雨に降られてやむをえず軽トラックを停めたコンビニエンスストアの駐車場で俺はそんなことを考えていた。フロントガラスをバチバチと叩く耳障りな音に苛立ち流してるラジオのボリュームを上げる。しかしラジオの音量が煩い雨音を相殺してくれはしない。ただ車内の騒がしさが増しただけだった。当たり前のことだなと思いつつも苛立ちが収まるわけでもない。天気予報を確認すると雷を伴う激しい通り雨が1時間近く続いたあと晴れるらしい。やってられるかよ投げやりな気持ちで俺はハンドルに足を掛ける。その拍子にクラクションを鳴らしてしまう。その音にビックリしたのか水色のカバンを背負った小さな濡れ鼠が立ち止まってこっちをみた。目が合ってしまったので仕方なく手を合わせて謝意を示す。全くうまくいかない日は何をやってもとことんうまくいかない。思考は再び人生のままならなさについて流されていく。

 思い返せば昔は俺もプロ野球選手を夢見ていた。幸いにも幼い頃から周囲と比べて図体がよかった。小学生のころは大抵のスポーツでは学年で一番になれた。だからプロ野球選手になりたいと言っても誰も異論を唱えなかったし皆応援してくれていた。各学年ごとに1チーム作れるかどうかという人数の少年野球クラブだったとはいえ4年生の頃には6年生のチームに交じってセカンドでレギュラーを張っていた。さすがに学年が2つ上の奴らには敵わなくて7番だったけれど5年生以降はクリーンナップから外れたことはなかった。

 最初の転機は中学生の時だった。俺はリトルリーグで野球するために隣の校区の中学校へと進学した。入ったチームは強豪と呼ばれていて俺が所属していた小学校の少年野球クラブと比べるとかなりレベルが高かった。しかし強豪とはいえ入学時点では一年の中では一番俺が上手くてみんな俺より下手だった。入学してしばらくしてから成長痛が酷くなり2年生の5月頃まで普通の練習に参加するのも難儀した。1年もの間練習にまともに参加できず練習の補助に努めることがほとんどで俺よりヘタクソな奴らに「何をしに来てるんだ」とか「サボりか?」とか邪魔者扱いを受けたのは本当に腹に据えかねた。お前たちこそ遊びに来てるのか野球が上手くなりたくてこのチームに来たのじゃないのか手抜きの練習に意味があるのかと詰め寄ったことも一度や二度じゃなかった。この頃はこの頃で面倒ではあったが転機はやはりその後の中二の夏休みだった。親父が痴漢の常習で逮捕起訴されて会社をクビになった。せっかくレギュラーを掴みかけていたのに金銭的に苦しくなるからと辞めざるを得なくなった。この時爺ちゃんが唯一味方になってくれて転校しチームを移る必要はあったが野球を続けることができ高校野球の名門私立の特待生になるほどの活躍ができた。爺ちゃんには感謝してもしきれない。

 爺ちゃんに感謝していることには違いはないがそれでも少し恨んでもいる。なぜ甲子園へ行きプロになるまで見届けず死んだのかと。またしても二年の夏だった。病院嫌いの爺ちゃんは病院へ行かずに済むように自身の不調を隠し続けてきてついにごまかしがきかなくなり倒れたと聞いたときには誇張ではなく文字通り膝をついてしまった。それから爺ちゃんが死んでしばらくの間かつてないほどのスランプに陥り挫折を味わった。二軍に落ちてどうしていいか分からず練習に明け暮れ没頭したが調子は上向かなかった。結局俺はオーバーワークが祟り2年の秋の暮に肘を壊した。医者からは手術をしリハビリを受ければ1年くらいで競技へ復帰できると言われたが手術費を負担してくれそうな人は爺ちゃんだけだ。部を辞めたら特待生でいられないし学費も払えないから退学をせざるをえないと分かっていた。それでも中学の時のことを思えば練習にもまともに参加できないのに野球に居続けられる気がしなかった。ここが二度目にして人生最大の転機だった。

 結局俺は高校を辞めた。働き口を探さないといけなかったが中卒では中々相手にされなかった。そんな中とある運送会社の社長が声をかけてくれた。最初は事務のアルバイトとして雇い、働きぶりがよければ給料を前借りする形で肘の手術費を負担する。リハビリを終える頃には免許も取れるだろうから最終的に正社員の重量物ドライバーとして働かないかという渡りに船の話だった。条件が良すぎるのではと疑い少し悩みもしたが金がなく切羽詰まっていた俺は首を縦に振った。結局その契約は全てが嘘ではなかった。正確にいうと全てが契約通りに履行されなかった。最初は事務のアルバイトなのも本当だった。俺は真面目に働いたし働きぶり次第で給与を前借りという形で手術費を負担してくれるというのも本当だった。おかしくなったのは手術後からだった。その会社で経理をしていた婆と徹底的に揉めた。元々婆は俺が事務仕事をするのにいい顔をしてなかった。がたいに恵まれた若い男のくせに汗水流して力仕事をせずに女の仕事しかしないと目の敵にしてきた。俺や社長が肘のリハビリが終わるまでと何度説明しても理解する気がない。手術後にリハビリ期間中ではあるが正社員としての雇用を前倒しにしたいと社長に請われ応じると婆の態度は悪化した。本来は正社員になってもリハビリが終わるまでは事務が中心の予定なはずなのに婆は手術が終わったのなら完治したに決まってると聞く耳を持たず事務仕事ができないように妨害し力仕事を強制し始めた。他の社員は婆の不興を買わぬように我関せずを貫いた。仕事にならないので仕方なく従事したが仕事が遅い図体だけでかくて役に立たないと罵る挙句の果てには前借り分は完済したはずなのに給料を上げないと散々だった。我慢の限界を迎え徹底的に抗議したがその時も聞く耳を持たずこちらを罵り続ける態度にキレてつい殴ってしまった。その後俺は逮捕され不起訴に終わるも警察の態度は最後まで俺だけが悪者と言わんばかりだった。その後も細かな転機はいくつもあったと思うがいまいち覚えてない俺は荒れに荒れて流されるままに生きた。なぜこんな人生をと悔いと恨みを積み重ねる人生だった。

 俺はどう生きればよかったのかいくら考えても出口はみつからない。そろそろ頭が痛くなりそうだと思って何の気なしに顔をあげると軽トラックの外の世界は晴れ渡っていた。これ以上考えていても仕方ない。仕事に戻ろうと体を起こそうとするとしばらく窮屈な姿勢でいたせいか体がバキバキに凝り固まっている。思い通りに体が動かなくてハンドルから足を下す際にまたクラクションを鳴らしてしまったがご愛嬌だろう。靴を履いて外へ出て太陽に向かって伸びをする。見上げた空のように晴れやかな気分とまではいかないが幾分か穏やかな気分にはなった。荷台に目をやるとひん曲がって捩じれに捩じれた俺とは対照的な積み荷が天に向かって突き上げている。仕方ない世界は弱肉強食、金は天下の回り物、生き延びてなんぼじゃと今朝よりは軽やかな気持ちで軽トラックに乗りこみエンジンをかける。スピーカーの電源を入れサイドブレーキを解除する。これから向かう地域はお年寄りの多い住宅街だ困りごともさぞ多いだろう。俺も金には困ってる助け合いの精神は大事だと気持ちを切り替えてアクセルを踏みこむ。今日も今日とて俺は物干し竿を売りまわるのだ。

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作者について

鍛尾下なると

〝きたおかなると〟と申します。日頃ChatGPTとGeminiに遊んでもらってます。 下手の横好きの暇人です。不定期のジャンルレスです。素通りしてください。 あいぺんさんのAIレビュー機能にも遊ん...

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