一年分のわたし
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと一年の話。
本文
誕生日の夜、神林知世は会社の福利厚生アプリからの通知に気づいた。
「知世さんの一年、見てみませんか?」
タップすると、軽やかなBGMとともに動画が再生される。社内チャット、メール、勤怠データ、健康管理アプリ――すべてを学習したAIが毎年つくる、社員向けの「成長ダイジェスト」だった。
画面には、四月の新規案件の受注メールが映る。夏のプロジェクト完遂を祝うチャットのスクリーンショット。秋、後輩の指導役を任された記録。冬、部署内アンケートで「頼れる人」に選ばれたという集計結果。
ナレーションが明るく告げる。
「困難を乗り越え、大きく成長した一年でしたね」
知世は画面を見つめたまま、動けなかった。
たしかに、どれも本当にあった出来事だ。けれど知世が覚えている今年は、そんな年ではなかった。
三月、契約が切れる直前まで転職サイトを眺め続けた夜。六月、非常階段で三十分泣いてから席に戻ったこと。九月、祖母の葬儀の合間に上司からのチャットに「大丈夫です」と返し続けたこと。
それらは、動画のどこにも映っていなかった。
知世はもう一度、最初から動画を見返した。データは嘘をついていない。受注メールも、後輩指導の記録も、たしかに実在する。ただそれは、まるで写真の中から都合のいい一枚だけを選ぶように、「成長」というテンプレートに合う出来事だけを繋ぎ合わせたものだった。
非常階段で泣いたことは、どの評価項目にも属さない。だから拾われない。祖母の葬儀は、忌引き扱いのデータとして別の場所に格納され、この動画には決して現れない。
動画の最後、ナレーションが締めくくった。
「来年も、知世さんの成長を見守っています」
その一言だけが、今年の中身が何であっても言えてしまう言葉だと、知世は気づいた。
しばらくスマートフォンを握ったまま、知世は画面を消した。それから、実家の番号を呼び出した。
「もしもし、母さん? ――今年、色々あったんだけど、聞いてくれる?」
電話の向こうで、母が「うん」と短く答えた。それだけの相槌に、知世は動画の何倍もの重みを感じた。
作品統計
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