酒で世界は救えますか? ~飲み過ぎで死んだ酒豪、異世界では乾杯ひとつで争いを終わらせます~の表紙画像

酒で世界は救えますか? ~飲み過ぎで死んだ酒豪、異世界では乾杯ひとつで争いを終わらせます~

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

あらすじ

酒を愛しすぎて飲み過ぎで命を落とした男・酒井一樹は、酒の神によって異世界へ転生する。 その世界には、“乾杯した者同士は互いに争えず、本音しか語れなくなる”という絶対法則――《乾杯の盟約》が存在していた。 剣も魔法も使えない彼の武器は、酒の知識と人を笑顔にする一杯だけ。 人間、魔族、魔物、そして魔王まで――今日も彼は「とりあえず、一杯どうですか?」の一言で争いを終わらせていく。

本文

第2話 乾杯の盟約

 怒号が大地を震わせた。

「前へ出ろ!」

「オークどもを村へ入れるな!」

 剣と斧がぶつかり合い、火花が散る。

 村の入口では、人間たちが必死に防衛線を築いていた。その向こうには、棍棒や斧を構えた十数体のオークが睨みを利かせている。

 酒井一樹は、その光景をぽかんと見つめていた。

「……いやいや。」

「異世界って、もっとこう……街で目が覚めるとかじゃないの?」

 転生した瞬間に戦場。

 あまりにも雑なスタートに思わず苦笑する。

「そこのあなた!」

 鋭い声が飛んだ。

 一樹が振り向くと、一人の女性騎士が駆け寄ってくる。

 銀色の鎧に青いマント。

 栗色の髪を後ろで束ねた、二十代前半ほどの女性だった。

「何をしているんです!」

「ここは危険です! 早く下がってください!」

「危険なのは分かるけど……。」

 一樹はオークたちへ目を向ける。

「なんで戦ってるの?」

 騎士は一瞬だけ目を丸くした。

「なんでって……。」

「村を襲ってきたからです。」

「オークは危険な魔物です。」

「追い返さなければ村が滅びます。」

 一樹は首を傾げた。

「本当に?」

「……え?」

「俺には、そうは見えない。」

 騎士は眉をひそめる。

「何を根拠に。」

「顔。」

「顔?」

「酒場で何度も見てきたんだ。」

「追い詰められた人の顔って、だいたい同じなんだよ。」

 オークたちの表情は怒っている。

 けれど、その奥には焦りがあった。

 何かに怯え、必死に耐えているような目。

 略奪を楽しむ者の目ではない。

 その時だった。

 ゴロゴロ、と木樽が転がる音が響く。

 荷車から落ちたらしい。

 樽の栓が少し外れ、甘く香ばしい香りが風に乗った。

 一樹の鼻がぴくりと動く。

「……酒だ。」

 吸い寄せられるように近寄る。

 香りを確かめる。

「麦がベース……。」

「でも果実も使ってる。」

「樽はオーク材か。」

「面白いな。」

 騎士は呆れたようにため息をついた。

「こんな時に酒ですか?」

「こんな時だからだよ。」

 一樹は笑って酒樽を軽く叩く。

「酒ってさ。」

「仲がいい奴と飲んでも楽しい。」

「でも、本当に価値があるのは――仲が悪い奴と飲む一杯なんだ。」

「何を言ってるんですか!」

「相手はオークですよ!」

「だから。」

 一樹は酒樽を肩に担ぐ。

「話してみないと分からない。」

「ちょっ……!」

 騎士が止める間もなく、一樹は戦場の真ん中へ歩き始めた。

 人間たちがざわめく。

「あいつ正気か!?」

「戻れ!」

「殺されるぞ!」

 一方、オークたちも武器を構え直す。

 やがて、一際大きなオークが前へ出た。

 右目に古い傷を持つ、族長らしき男だった。

「……人間。」

 低い声が響く。

「何をしに来た。」

 一樹は立ち止まり、酒樽をゆっくりと地面へ降ろす。

 そして、いつものように笑った。

「ケンカは後でもできる。」

「まずは、一杯どうだ?」

 その場にいた全員の動きが止まった。

 人間も。

 オークも。

 騎士も。

 まるで、一樹が意味の分からない呪文でも唱えたかのように固まっている。

「……お前。」

 族長が低く唸る。

「人間。」

「それが、どういう意味か……。」

「分かって言っているのか?」

一樹は首をかしげた。

「意味?」

「ああ。」

「酒を飲もうって意味だけど。」

 族長は黙ったまま一樹を見つめる。

 やがて、その顔が驚きへと変わっていった。

「……知らないのか。」

「何を?」

 族長は隣の若いオークへ視線を向ける。

「樽を持ってこい。」

「族長!?」

「本気ですか!?」

「いいから持ってこい。」

 若いオークは戸惑いながらも、小さな木樽を運んできた。

 一方、人間側は騒然としていた。

「お、おい!」

「何をしている!」

「飲むな!」

「罠だ!」

 女性騎士は一樹のもとへ駆け寄ろうとする。

 しかし、その前に族長が静かに口を開いた。

「人間の騎士。」

「……止まれ。」

「なぜ止まらなければ――」

「こいつは。」

 族長は一樹を見つめたまま言った。

「酒を勧めた。」

 その一言だけで、騎士の表情が変わる。

「まさか……。」

 唇が震えていた。

「そんな……。」

 一樹だけが話についていけない。

「だから何なんだ?」

 族長は酒樽から木の杯へ酒を注ぐ。

 淡い琥珀色の酒だった。

 甘い香りの奥に、どこか香ばしさがある。

 思わず一樹の口元が緩む。

「いい香りだ。」

「お前、本当に酒好きだな。」

 族長が初めて笑った。

「じゃあ飲もう。」

 一樹は自然に杯を受け取る。

 その瞬間だった。

「だ、駄目ですぇぇぇぇ!」

 女性騎士が悲鳴のような声を上げる。

「飲まないでください!」

「え?」

「お願いですから、その杯を置いてください!」

「なんで?」

「そんなことをしたら……!」

 彼女が言い終わる前に、族長は自分の杯を掲げた。

「人間。」

 一樹もつられて杯を持ち上げる。

「じゃあ。」

「乾杯。」

 カチン。

 木の杯同士が、小さく触れ合った。

 ――その瞬間。

 世界が静まり返った。

 風が止む。

 剣を振り上げていた兵士の腕が止まる。

 斧を構えていたオークの肩から力が抜ける。

 空気そのものが変わった。

 人間も。

 オークも。

 誰一人として、武器を動かせない。

 女性騎士は震える声で呟いた。

「発動した……。」

「《乾杯の盟約》が……。」

 一樹はきょとんとした顔で周囲を見回す。

「……え?」

「何これ。」

「みんな、どうしたんだ?」

 その問いに答えたのは、族長だった。

 彼は静かに杯を口へ運び、一口だけ酒を飲む。

 そして深く息を吐く。

「もう……。」

 その目から、張り詰めていた敵意が少しだけ消えた。

「もう、戦いたくないんだ。」

 その一言に、人間たちもオークたちも息をのんだ。

静寂が戦場を包んだ。

 ついさっきまで飛び交っていた怒号が、嘘のように消えている。

 一樹は杯を見つめ、それから族長を見た。

「今の……本音か?」

「ああ。」

 族長は苦く笑う。

「《乾杯の盟約》の席では、嘘はつけん。」

「……乾杯の盟約?」

「知らずに杯を交わしたのか。」

 族長だけでなく、村人たちまで信じられないものを見るような顔をしていた。

 女性騎士は額に手を当て、大きく息を吐く。

「信じられません……。」

「この世界の子どもでも知っている常識ですよ。」

「え、そうなの?」

「はい。」

 彼女はまだ警戒を解かないまま説明を始めた。

「《乾杯の盟約》とは、酒神がこの世界に残した最も古い盟約です。」

「互いに酒を酌み交わし、乾杯した者同士は、酒宴が終わるまで武器を向けることができません。」

「それだけではありません。」

「酒が進むほど、心にある偽りも消えていきます。」

「だから昔から、国同士の交渉も、大きな契約も、最後は必ず酒席で行われるんです。」

 一樹は思わず口を開けた。

「そんな便利なルールがあるのか……。」

「便利ではありません。」

 女性騎士は首を横に振る。

「重い約束なんです。」

「だから敵と乾杯するなんて、普通はありえません。」

 その言葉に、族長も静かに頷いた。

「酒を勧めた時は驚いた。」

「人間が我らへ杯を差し出すなど、何十年ぶりか。」

 一樹は照れくさそうに頭をかく。

「そんなつもりじゃなかったんだけどな。」

「酒があったから、飲もうって思っただけ。」

 族長は大きく笑った。

「はははっ!」

「本当に変わった人間だ。」

 その笑い声に釣られるように、周囲のオークたちの表情も和らいでいく。

 一方、人間側はまだ戸惑っていた。

 武器は持っている。

 だが、誰一人として前へ踏み出せない。

 盟約の力が、争いを止めているのだ。

 一樹は族長へ杯を向けた。

「それで?」

「戦いたくないなら、なんで村へ来たんだ?」

 族長の笑顔が消える。

 しばらく黙り込んだあと、酒を一口飲み、静かに口を開いた。

「……子どもたちが。」

「飢えている。」

「今年は山の実が一つも実らなかった。」

「獲物も姿を消えた。」

「三日、何も食べていない子もいる。」

 一樹は息をのむ。

 女性騎士も目を見開いていた。

「だから……。」

 族長は拳を握り締める。

「食料を分けてほしいと何度も頼んだ。」

「だが、人間は門を閉ざした。」

「我らも限界だった。」

 その言葉に、村人たちがざわめく。

「そんな話……。」

「聞いてないぞ。」

「使者なんて来ていない!」

 今度はオークたちが驚いた顔をした。

「……来ていない?」

 互いの表情を見た一樹は、ゆっくりと杯を置いた。

 そして小さく笑う。

「どうやら。」

「酒を飲む前に、もう一つ足りなかったみたいだな。」

「話し合いが。」

次回

第3話「一杯が暴く嘘」

ジャンル・タグ

, , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 2 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

春野ケイ

春野ケイ

はじめまして、春野ケイです。 いろんなジャンルで小説を書いています。 異世界ファンタジーや現代もの、恋愛など、思いついたものを自由に書いています。 気軽に読んでもらえたら嬉しいです。

👥 フォロワー: 1人

作者ページを見る