使いこなせ、という宿題
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIを使った宿題の話。
本文
三上航介のクラスに、担任の深澤先生が妙な発表をした日があった。
「今学期の宿題は、AIを使っていい」
教室がどよめいた。今まで散々「自分の頭で考えろ」「スマホは机にしまえ」と繰り返してきた深澤先生の言葉とは、とても思えなかった。誰かが「マジですか」と声を上げ、教室の後ろの方で拍手まで起きた。
「本当にいいんですか」
航介が思わず聞くと、深澤先生はいつもの眼鏡越しの視線のまま、短く答えた。
「使っていい。ただし、ちゃんと使えたらの話だけどな」
その最後の一言の意味を、航介はまだ深く考えなかった。
帰宅後、航介はさっそくスマートフォンを開いた。今週の課題は歴史のレポート、「江戸幕府が滅びた理由についてまとめる」というものだった。面倒な暗記も、資料集をめくる手間も、これでもう必要ない。航介は少し得意な気分で、AIにそのまま尋ねた。
「江戸幕府が滅びた理由を教えて」
数秒で、教科書よりずっと分かりやすい説明が返ってくる。黒船来航、開国、幕府の権威の低下、倒幕運動――流れが整理されていて、読みやすく、要点もはっきりしている。航介はそれをほとんどそのまま原稿用紙に書き写し、「これは楽勝だ」と満足して布団に入った。今までの提出物の中で、一番早く終わった宿題だった。
翌週、提出物が返却された。航介の評価は「C」。特に何か間違っているわけではないのに、コメント欄には「もう少し掘り下げる余地あり」とだけ書かれていた。
一方、同じようにAIを使ったはずの隣の席の女子は「A」だった。名前も知らない相手ではなかったが、話したことはあまりない。航介は思わず声をかけた。
「同じAI使ったのに、なんで?」
彼女は少し驚いた顔をしたあと、ノートを開いて見せてくれた。そこには、AIとのやり取りがそのまま何往復も書き残されていた。
「江戸幕府が滅びた理由を教えて」
「もう少し、経済的な側面から詳しく教えて」
「それって、今の社会にも似た構造ある?」
「当時の身分制度が経済の停滞にどう関係してたのか、具体例で教えて」
一つの答えを受け取って終わりではなく、そこから疑問を重ね、話を掘り下げていく記録だった。ノートの後半には、彼女自身の言葉で書かれた考察――「つまり、制度が変化に追いつけなくなると、外からの小さなきっかけでも一気に崩れるのかもしれない」――という一文まであった。
航介のノートには、質問がひとつと、コピーした答えが一つ。それだけだった。
放課後、航介は職員室に深澤先生を訪ねた。
「先生、なんでですか。ちゃんとAIを使いましたよ」
深澤先生はしばらく航介のノートを眺めてから、少し笑って言った。
「宿題は、答えを覚えることじゃない。AIにどう聞けば、より深い答えが引き出せるか――その聞き方を鍛えることが、今回の課題だったんだ」
「そんなの、聞いてません」
「言ったら、みんな『聞き方』を演技するだろう。本当に知りたいと思って聞いた質問かどうかは、ログを見ればすぐ分かる。一問だけで満足したか、そこから疑問を重ねたか。それは誰にも隠せない」
「じゃあ、最初から『質問の仕方を工夫しろ』って言ってくれれば……」
「それだと、工夫する『ふり』を練習するだけになる。本当に知りたいと思うかどうかは、そうやって条件をつけた瞬間に消えるものなんだ」
航介は反論できなかった。たしかに、自分は答えを受け取った瞬間、それ以上知りたいと思わなかった。教科書よりわかりやすい説明に満足して、そこで思考を止めていた。楽だったからだ。
その夜、航介は自分の部屋でもう一度AIを開いた。今度はすぐにスマートフォンを閉じず、画面をしばらく見つめた。
「江戸幕府が滅びた理由を教えて」
答えが返ってくる。今度は航介は、すぐにそれを書き写さなかった。代わりに、返ってきた説明の中で引っかかった一文――「幕府の財政は、たびたびの改革にもかかわらず改善しなかった」――を指でなぞった。
「その『たびたびの改革』って、具体的に何をやったの?」
「その改革が失敗した理由って、今の会社や学校の改革にも当てはまりそうなことある?」
「もし自分が当時の将軍だったら、その改革のどこを変えていたと思う?」
問いを重ねるたびに、航介は自分がさっきまで「わかったつもり」になっていただけだったことに気づいていった。一つの答えの奥には、まだ聞いていない問いがいくつも隠れている。それに気づくことこそが、今回の宿題の本当の中身だったのだと、ようやく腑に落ちた。
翌朝、航介は昨夜のやり取りを印刷し、レポートの後ろに綴じた。表紙には、こう書き加えた。
「今回の課題で一番大事だったのは、答えではなく、問いだったと思う」
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