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第10話 研究テーマの種

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あらすじ

昼は魔術師ギルドの魔導基盤保守班で働き,夜は王立魔導大学院の夜間課程に通う若手保守技師レクト・ノーウェル. 彼はギルドの廃棄倉庫で,旧式の喋る魔導書アルカを拾う. アルカは古文書や事故記録の照合に異常な強さを持つが,現場感がない. レクトには現場で拾う違和感があるが,過去記録への到達手段が足りない. 二人は互いの欠けを補い,生活記録,現場記録,雑談,失敗記録を積み上げながら,魔法世界の未解明問題に名前をつけていく.

本文

「失敗記録による魔術安定化」

俺が記録板にそう書くと,ユリウスは露骨に顔をしかめた.

「広すぎる」

ミナは少し首を傾げた.

「でも,言いたいことは分かる」

アルカはページを一枚めくった.

《題名案を提示します.公式警告値未満の生活先行変化を用いた都市魔導基盤および関連術式の不具合予兆抽出に関する基礎的検討》

俺は無言で鞄を閉じた.

《まだ途中です》

「途中で助かった」

大学院の小閲覧室には,俺,ミナ,ユリウス,そして鞄の中のアルカがいた.セリス教授から「研究になりそうなものを一枚にしなさい」と言われたのだ.一枚にしろと言われたのに,机の上にはすでに記録板が七枚ある.

北棟枝線事故.

東三区灯火柱.

魚屋の保冷箱.

北門警鐘符.

治癒院の効きの鈍い治癒術式.

工房炉の雨天遅延.

東の古井戸周辺の方位針ずれ.

どれも確定した原因ではない.だが,公式記録だけでは拾いにくい小さな乱れが先に出ている.

「失敗記録による魔術安定化,だと何でも入る」

ユリウスが言った.

「何でも入る題は,何も言っていないのと同じだ」

「じゃあ,どう削る」

「対象を絞る.まず都市魔導基盤に限定するべきだ」

ミナが静かに口を挟んだ.

「でも,治癒院の記録と似ている部分があるなら,最初から外すのは惜しいと思う」

「治癒術式は条件が違いすぎる」

「違うから比べる意味もある」

二人の言い分はどちらも分かる.俺は記録板の真ん中に線を引いた.

「主対象は都市魔導基盤.比較対象として治癒術式や工房炉の失敗記録」

ユリウスがうなずく.

「まだ広いが,ましだ」

ミナも言った.

「患者さんの記録を使うなら,匿名化と扱いの条件が必要」

「そこはミナに確認してもらう」

「確認だけじゃなくて,条件を決める」

その声は柔らかいのに,譲らない.俺はうなずいた.

《研究要素を整理します》

アルカが文字を浮かべた.

《一,公式記録.二,現場原記録.三,生活記録.四,書庫照合.五,判断と処置.六,結果.七,再発確認》

「再発確認?」

《一度だけの一致では,偶然との区別が困難です》

「それはそうだ」

ユリウスがアルカの文字を見て,少しだけ感心したように言った.

「道具としては有用だ」

《道具としての有用性を認められました》

「喜んでるのか?」

《判断できません》

「その返答,少し寂しいな」

アルカは黙った.俺もそれ以上は言わなかった.今のアルカは,自分を道具として説明するしかないのかもしれない.廃棄保留という扱いが,そのまま言葉に出ている.

夕方,俺たちはセリス教授の研究室へ向かった.研究室は本で埋まっていた.壁の棚だけでなく,床にも机にも本がある.ただ,散らかっているのではなく,危うい均衡で積まれている.触ると崩れそうだが,教授だけは迷わず必要な一冊を抜けるのだろう.

教授は俺たちの一枚にまとまらなかった研究案を見て,まず言った.

「多いですね」

「すみません」

「謝ることではありません.ただ,研究計画ではありません」

やはりそうか,と思った.

教授は記録板を順に見た.北棟事故で止まり,東三区で少し目を細め,ミナの治癒院記録では表情を変えずに長く読んだ.

「面白いです」

俺は思わず顔を上げた.

「ただし,面白いことと,研究として成立することは別です」

やはりそうか,二度目.

「現時点では,研究テーマの種です.種は土に埋める前に,石か豆かを見分ける必要があります」

「どうすればいいですか」

「対象を二つに絞りなさい.北棟枝線事故と東三区灯火柱.どちらも都市魔導基盤で,あなたが直接観測している.まずはそこです」

ミナが少しだけ残念そうにした.教授はそれを見逃さなかった.

「治癒院記録は急がないこと.患者の記録は,研究者の好奇心で汚してはいけません」

ミナはまっすぐうなずいた.

「はい」

「ヴァン・クロード」

「はい」

「あなたは文献側から,類似事故三件の特徴を洗い直しなさい.ノーウェルの記録を潰すつもりで」

ユリウスは口元をわずかに上げた.

「承知しました」

「楽しそうだな」

「正しい批判は楽しい」

「性格」

教授は最後に俺を見た.

「ノーウェル,あなたは現場原記録を続けなさい.生活記録も捨てない.ただし,名前を急がないこと」

「はい」

「アルカ」

《はい》

「あなたは整えすぎないこと.欠け,迷い,矛盾を残しなさい」

《承知しました.欠け,迷い,矛盾を残します》

「良いです」

研究室を出る頃には,外は暗くなっていた.俺の記録板には,教授の言葉が残っている.

研究テーマの種.

北棟枝線事故.

東三区灯火柱.

現場原記録.

生活記録.

書庫照合.

まだ研究ではない.

でも,捨てるには惜しい.

ギルドへ戻る途中,赤葡萄亭の前を通ると,ロッサが店先で水を撒いていた.

「レクト,顔が寝てないね」

「研究テーマの種をもらいました」

「種なら,水と飯がいるね」

《睡眠も必要です》

ロッサはうなずいた.

「帳面,そこは気が合う」

そのとき,東の空の端で,王都結界がかすかに瞬いた.ほんの一瞬だ.気のせいで片づけられる程度の光.

俺は足を止めた.

《レクト,今の現象を記録しますか》

「する」

ただ,俺はすぐに走り出さなかった.

以前なら,そのまま東へ向かっていたかもしれない.だが今日は,教授に絞れと言われたばかりだ.種を見つけたら,何でも土に埋めればいいわけではない.水も場所も足りなければ,芽は出る前に腐る.

「アルカ,今のは保留箱だ」

《即時観測しないのですか》

「しない.時刻と方角だけ記録する.明日の朝,東三区の通常点検と一緒に見る」

《判断理由は》

「眠い.暗い.一人.現場確認には条件が悪い」

《適切です》

褒められると少し落ち着かない.だが,その夜の俺には,走らない判断も必要だった.

研究テーマの種は,どうやら眠らせてくれないらしい.

それでも,外へ走らなかったことを記録した.行動しなかった記録など意味がないと思っていたが,今夜は違う.危ない条件で見たものは,きっと翌朝の俺を迷わせる.現場判断には,足を止める判断も含まれる.

《中止理由を明記してください》

「眠気,暗さ,単独行動」

《十分です》

十分,という言葉が妙に重かった.

窓の外の震えはまだ気になった.だが,気になることと今すぐ確かめることは同じではない.俺はその差を,眠る前の欄に線で区切って書いた.

線のこちら側で,今日は眠る.

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ラカン

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AIを使って面白い小説を書くことに興味があります

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