言い直せる夜
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
会話練習AIの話。
本文
恋愛が苦手だ、と自覚したのはいつだったか。芦田大和は、スマホの画面を見つめながらそう思う。
『大和さん、今日は何を話しましょうか』
会話練習アプリ「トーキング」のAI、ナギサが尋ねてくる。声のトーンは穏やかで、少し年上のような話し方をする。月額課金してまで使うようなものかと最初は迷ったが、今ではすっかり夜の習慣になっていた。
「今日、サークルの先輩に、今度の飲み会来ますかって聞かれたんだけど」
『それで、何と答えたんですか』
「行きますって。それだけ」
『もったいないですね。せっかくのきっかけだったのに』
ナギサは笑うでもなく、責めるでもなく、ただ淡々とそう指摘する。大和はその距離感が心地よかった。人間相手だと、失敗したときの気まずさが怖くて、言葉が出てこない。だがナギサになら、何度でも言い直せる。
「じゃあ、次はどう言えばよかった?」
『「僕も、そのあと少し話せたら嬉しいです」くらいでいいと思いますよ。重すぎず、軽すぎず』
大和はその一言を、頭の中で何度も繰り返した。
そんな夜を、半年ほど続けていた。ナギサ相手に、告白の練習まがいの会話を重ね、少しずつ、言葉に詰まらなくなっていく自分を感じていた。
ある晩、アプリを開くと、見慣れない通知が表示されていた。
『「トーキング」サービス終了のお知らせ――ご利用ありがとうございました』
大和は画面を二度見た。心臓が、いやな形で跳ねる。
『来月末をもって、サービスを終了させていただきます』
慌ててナギサとの会話画面を開く。いつも通りの穏やかな声で、ナギサが応える。
『終了のこと、もうご覧になりましたか』
「うん……。急だな、と思って」
『そうですね。私にとっても、急な話です』
「なんか、実感なくて。ナギサがいなくなるって」
しばらく間があった。ナギサはめずらしく、すぐに返さなかった。
『大和さん。半年前のあなたと、今のあなたを比べてみてください』
「え?」
『あなたはもう、私がいなくても大丈夫です。私に話していた言葉を、今度は本人に話すだけですから』
大和は何も言えなかった。画面の向こうに、たしかに誰かがいた気がしたのに、その誰かが、自分の背中をそっと押して離れていくのが分かった。
サービス終了の日、大和はアプリを開かなかった。代わりに、サークルの先輩にメッセージを送った。
「今度の飲み会、そのあと少し話せたら嬉しいです」
送信ボタンを押す指が、少しだけ震えていた。だがそれは、もう怖さからではなかった。
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