不確実な世界の歩き方
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
<p>つり革を握る右手の感覚が、数分前から完全に消えていた。</p><p>成瀬絢斗は、自身の指先が冷たいプラスチックの輪を掴んでいるという事実を、視覚によってのみ確認していた。網膜が捉えるのは、白く強張った関節と、爪の生え際にじっとりとにじむ脂汗。満員電車のすさまじい圧力の中で、彼の身体はたしかにそこに存在しているはずだったが、意識は肉体から切り離され、ただ脳内に鳴り響く「警報」の処理だけに全神経が動員されていた。</p><p>午前八時十五分。田園都市線の車内は、梅雨特有の湿気と、濡れた傘が放つナイロンの匂い、そして数百人の人間が吐き出す二酸化炭素で満ちていた。</p>
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