外伝:ジョシュア・ローウェルという男のぼやき
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
<p>※この話は外伝です。この話を読まなくても本編に支障はありません。</p><p><span style="color: rgb(31, 31, 31); background-color: rgba(0, 0, 0, 0);">俺、ジョシュア・ローウェル。</span></p><p><span style="color: rgb(31, 31, 31); background-color: rgba(0, 0, 0, 0);">座右の銘は「そこそこが一番」。これは決して投げやりな諦めじゃない。</span></p>
本文
※この話は外伝です。この話を読まなくても本編に支障はありません。
俺、ジョシュア・ローウェル。
座右の銘は「そこそこが一番」。これは決して投げやりな諦めじゃない。
自分の器のサイズを正確に測り、そこから溢れ出さないように生きるっていう、ある種の高尚な処世術だ。
俺の十八年の人生には、物語のような劇的な転換点も、血湧き肉躍るような宿命の対決も、あんまり無かった。
アルテリスク王都の輝きには遠く及ばないが、それなりに活気のある地方都市。
そこで役所の事務方を務める堅実な親父の息子として生まれた。
家は貴族のような豪華絢爛さとは無縁だったが、食卓には常に温かい飯があり、冬になれば暖炉の薪を惜しむ必要もない。
親父もお袋も、俺が学校で「それなり」の成績を維持して、たまに手伝いでもしてりゃあ、あとは俺の好きにさせてくれた。
世間一般から見れば、俺は十分に「持っている」側の人間だったんだろう。
そんな俺にだって、かつては馬鹿みたいに熱い夢があった。
「大剣豪」。
今口にするだけでも、奥歯が浮くような痒みを感じる恥ずかしい夢だ。
冷静に考えろ。
魔法が文明の主役で、一人の魔導士が軍隊をなぎ倒すこの時代に、鉄の棒を振り回してどうやって食っていくんだよ。
きっかけは、幼いガキの感性を直撃した安っぽい大衆演劇だった。
舞台の上、スポットライトを浴びて悪漢を切り伏せる剣士が、
ただもう「最高に格好よく」見えた。
自分もああなりたい、ああなるべきなんだと思い込んだ。
学校の帰り道、適当な木の棒を拾っては道端の草を敵に見立ててブンブン振り回す。夕暮れの公園で独り、見えない敵と戦う俺は間違いなく物語の主人公だった。
たまたま近所にあった剣術道場の門を叩いたのは、十歳の頃だ。
見学のつもりだった俺に、道場の先生は「筋が良いな」と言って古びた木剣を貸してくれた。そのお世辞に近い一言が、俺の全速力に火をつけた。
親父に頼み込んで入門してからは、毎日が剣一色。
手のひらの豆が潰れて血が滲んでも、心地よい達成感に酔いしれていた。
実際、俺にはそれなりの才能があったらしい。
地元の小さな大会で連覇を重ね、表彰台の真ん中で金メダルを首にかけられるたびに、「ああ、俺はいつか世界に名を轟かせるんだ」と本気で信じていた。
その万能感が、音を立てて崩れ去ったのは十二歳の時だ。
中等部の部に入り、自信満々で臨んだ最初の大会。
俺の前に立ちふさがったのは、ドットという無名の奴だった。
結果は、完敗。
それまでの俺が積み上げてきた「技術」も「自信」も、あいつの放つ一撃の重さと速さの前では、子供の遊び同然だった。
ドットはその大会で圧倒的な力を見せつけて優勝し、俺は初めてメダルに指一本触れることもできずに会場を去った。
でも、その時の俺はまだ「折れて」はいなかった。
むしろ、ライバルの出現に心躍らせていたんだ。
「ドットを倒す」という明確な目標ができたことで、俺の修練はさらに過酷さを増した。俺の中で、彼との戦いは終生のライバル物語の序章になるはずだった。
一年後。俺はドットが勝ち上がるであろう全国大会の観客席にいた。
自分のライバルの強さを再確認し、いつかあそこに立つ自分の姿を夢想しながら。
だが、現実は残酷なほどに呆気なかった。
ドットは一回戦で、名前も知らない相手にストレートで負けた。
俺が人生を賭けて超えようとした壁が、風に吹かれた紙屑のように吹き飛んだんだ。
さらに追い打ちがあった。
ドットに勝った奴は二回戦で負け、そいつに勝った奴も次に負け……結局、優勝旗を手にしたのは、トーナメント表の一番端にいた、俺たちの視界にすら入っていなかった異次元の怪物だった。
ドットはベスト8にすら届いていなかった。
その時、俺の視界を覆っていた色鮮やかなフィルターが剥がれ落ちた。
俺はドットにすら勝てない。そのドットは全国の凡夫に過ぎない。
そしてその上には、さらに数万人の怪物がひしめいている。
俺は物語の主人公じゃない。
ましてや特別でも何でもない。
ただの、少しだけ木剣を振るのが得意なだけの「一般市民A」なんだ。
それからは、道場には通い続けたが、熱は冷めていった。
ただの趣味。健康のためのスポーツ。
そう自分に言い聞かせるようになった。
そんな折、たまたま受けた適性検査で魔法の資質が見つかった。
平民でも魔法大学に入れば、将来的にそこそこの役職や、安定した仕事にありつける可能性がある。
親父に無理を言って家庭教師を付けてもらい、一年間の猛勉強。
死ぬ気でやったつもりはないが、「そこそこ」の要領の良さを発揮して記念受験のつもりで受けたステラ・マリス魔法大学に、俺は受かってしまった。
入学の手続きや引っ越しの準備で慌ただしい夜、俺は庭の隅で一本の木剣を眺めていた。
もう剣術道場には通えない。これを持っていくのも未練がましい。
俺は決別の儀式のつもりで、その木剣を薪の山に放り込み、火をつけた。
パチパチと燃え上がる炎を見つめながら、俺は自分の胸の内に湧き上がった感情に驚いた。
悲しみじゃない。絶望でもない。
「ああ、よかった。もう明日から、剣を振らなくていいんだ」
心の底から、肩の荷が下りたような解放感を感じていたんだ。
かつて夢と呼んだものは、いつの間にか俺を締め付ける重荷に変わっていた。
憧憬は呪縛になり、俺の足を止めていた。
流石にこの時ばかりはちょっとショックだった。
その夜、俺は決めた。もう自分に過度な期待はしない。
「そこそこ」の人生を、平穏無事に生き抜く。
それが俺にとっての最適解だと。
なのに。
大学の男子寮で出会ったあのチビ――シュドー・クラフトは、あろうことか「大魔導士になる」なんていう、現実味の欠片もない夢を大声で、それも恥ずかしげもなく掲げやがった。
最初は笑っちまった。何言ってんだこのチビ、身の程を知れよ、と。
でも、あいつだけじゃない。
アルは実家の商売を大きくしたいと言い、ニックは人を救う医療を志し、ダヤンは村への恩返しを誓う。
みんな、それぞれの胸の中に、かつての俺が焼き捨てたはずの「キラキラした燃料」を持ってやがる。
正直、めんどくせぇと思った。
そんな熱い連中の近くにいたら、俺の冷めた人生観まで狂っちまいそうだ。
でも、ほんの少しだけ……本当に少しだけ、羨ましかった。
だから、あの決闘の日。
サイファーが狂気に駆られてシュドーを多人数でなぶり殺そうとした時。
「成り行き上、仕方なくだよ!」なんて毒づきながら前に出ちまったけど。
本当は分かってる。俺は、あの瞬間だけは「そこそこのジョシュア」じゃなかった。
ボロボロのシュドーを守るために立ち塞がった俺は、かつて道端で木の棒を振り回していた、あの物語の主人公を自分の中に見ていたんだと思う。
絶体絶命の窮地に、仲間を助けに現れる援軍。
……ふん、柄じゃねぇよ。英雄譚の一員になれるなんて、期待してない。
でも、あの時、俺の心臓は間違いなく「そこそこ」以上の速さで跳ねていた。
それが、死ぬほどめんどくさくて……そして、ほんの少しだけ、楽しかったんだ。
ま、こんな青臭い本音、絶対にあいつらには言わねぇけどな。
俺は明日もまた、めんどくせぇって顔をしながら、「そこそこ」の成績で講義をこなして、あいつらの無茶に巻き込まれてやるつもりだ。
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