一話完結シリーズ①
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
生まれつき十の能力を持つ神童ルードは、魔獣にすべてを奪われ「無能」と蔑まれた。だが鍛え抜いた肉体と剣一本で、力を奪った魔獣へ挑む――奪われたなら、奪い返せ。最弱から始まる痛快リベンジ譚、開幕!
本文
プロローグ
かつて、俺の指先には火が灯り、瞳には風が宿り、体には鋼の硬度があった。生まれながらにして十のアビリティを操る神童――それが俺、ルードに与えられた最初の名だった。だが、今の俺の手のひらには、無骨なタコと、安物の鉄剣が握られているだけだ。
十の魔獣に襲われ、すべての能力を封印されたあの日から、俺の世界は一変した。
「おい、無能。今日も生きてやがるのか」罵声が背中に突き刺さる。
アビリティがすべてを決めるこの世界において、能力を持たない者はただのゴミに等しい。
だが、俺は俯かない。奪われたのなら、この手で奪い返す。魔法が使えないなら、誰よりも速く剣を振ればいい。体が頑丈でないなら、攻撃をすべて躱せばいい。
血を吐くような訓練の末、俺はついに最初の魔獣、焦熱のベヒモスの居場所を突き止めた。失ったものを取り戻すための、最初の一歩を踏み出す時が時が来たのだ。
焦熱のベヒモス。その名前が示す通り、奴が棲まう「紅蓮の奈落」は、息をするだけで肺を焼くような熱気に満ちていた。
じっとりと滲む汗が目に入らないよう、左手で乱暴に額を拭う。
右手に握る鉄剣は、旅立ちの前に全財産を叩いて買った安物だ。アビリティによる強化も、魔力による加護もない。ただの鉄の塊。
だが、今の俺にはこれしかない。
「ふぅー……、はぁー……」
深く呼吸を整え、体内に熱を巡らせる。かつてのように、念じるだけで全身が鋼へと変化する感覚はもうない。だが、血の滲むような訓練で鍛え上げた筋肉と腱は、確かに俺の意志に従って緊張を高めている。
――ガァ、と。
洞窟の奥から、大気を震わせる地鳴りのような咆哮が響いた。
現れたのは、巨大な炎の塊。いや、その肉体そのものが溶岩と火炎で構成された、文字通りの怪物だった。一歩歩くごとに、足元の岩盤が赤黒く融解していく。
その額に埋め込まれた紅い魔石を見た瞬間、俺の胸の奥で、かつて封印された『爆炎』の残滓が激しく共鳴した。
間違いない。俺の力を奪った、十の魔獣が一角。
「久しぶりだな、化け物。俺の力を、返してもらいに来たぞ」
奴は俺のような羽虫に言葉など不要とばかりに、炎を纏った巨大な前足を振り下ろした。
爆音とともに、俺がそれまでいた場所が爆発し、溶岩の池へと変わる。
だが、俺はすでにそこにはいない。
熱風を肌で感じながら、俺は極限まで無駄を削ぎ落とした動作で、炎の範囲外へと横跳びに回避していた。
魔法が使えないなら、誰よりも速く。
体が頑丈でないなら、掠らせもしない。
ただの人間が、アビリティという絶対の奇跡を宿す神の獣に挑む。滑稽な自殺志願者だと、誰もが笑うだろう。
だが、俺の心は驚くほどに静まり返っていた。
「ここからだ」
溶岩の照り返しを浴びながら、俺は安物の鉄剣を正眼に構え、炎の渦巻く中へと地を蹴って突進した。 凄まじい熱波が顔面を焼き、視界が真っ赤に染まる。
ベヒモスが再び咆哮を上げ、今度はその巨体に見合わぬ速度で突進してきた。ただの体当たりではない。その全身から数千度にも達するであろう火柱を噴き上げながらの、死の突撃だ。
「おおおおお!」
俺は叫び、真っ向から突っ込むと見せかけて、直前で身を屈めた。
頭上を通り過ぎる炎の奔流。髪の毛が焦げる嫌な臭いが鼻腔を突くが、そんな恐怖は脳が勝手に遮断している。
潜り込んだのは、奴の懐。熱気で鉄剣がじりじりと熱を帯びていくのが分かった。
狙うは、融解した岩石の隙間から覗く、わずかに色の薄い関節部分。
「はぁッ!」
全体重を乗せ、一閃。
鍛え抜いた踏み込みと、刃の角度を極限まで合わせた一撃が、ベヒモスの右前脚の肉に食い込んだ。
だが、手応えは最悪だった。まるで強固な粘土を斬っているかのような鈍い抵抗感。おまけに、安物の鉄剣は奴の熱に耐えきれず、半ばからぐにゃりと曲がってしまっている。
「グルアアアッ!」
蚊に刺されたほどの痛みすら感じていないのか、ベヒモスは鬱陶しそうに尾を払った。
鋼鉄をも打ち砕くその一撃を、俺は曲がった剣を盾にすることなく、自身の体をバネのようにしならせて真後ろへと跳んで回避する。
着地と同時に、手の中で鉄剣がボロボロと崩れ落ちた。ただの焼きなまった鉄屑だ。武器を失った。
ベヒモスが勝利を確信したように、その醜悪な口を大きく開く。その奥で、すべてを灰にするための極大の火炎が収束していくのが見えた。
「――待ってたぜ、その隙を」
俺は不敵に笑う。
剣を失ったのは計算通りだ。最初から、ただの鉄剣でこの怪物を倒せるとは思っていない。
俺が狙っていたのは、奴が最大の攻撃を放つために、体内の魔力を喉元に集中させるこの瞬間。
俺は腰のホルダーから、予備の、しかし武器ですらないただの「太い鉄杭」を抜き取った。
旅の前に、鍛冶屋のゴミ捨て場から拾ってきた代物だ。
極大の火炎が放たれる直前、俺はすべての筋力を右腕に集約させ、その鉄杭をベヒモスの開かれた大口の奥、赤く輝く喉元めがけて全力で投擲した。
シュゴッ、と空気を切り裂く鋭い音が響く。
寸分の狂いもなく、鉄杭は放たれようとしていた火炎のエネルギーの中心へと突き刺さった。
――ドォン!
ベヒモスの口内で、行き場を失った熱量が暴走し、内側から爆発を起こした。
凄まじい衝撃波が洞窟内を吹き荒れ、ベヒモスが苦悶の声を上げて大きくのけ反る。額の紅い魔石が、激しく明滅していた。
「今だ……!」
俺は爆風に抗いながら、地を蹴った。
武器はもうない。だが、俺の拳には、この数年間、一日も欠かさず岩を殴り続けて培った硬度がある。
ベヒモスの巨体を駆け上がり、俺は奴の額――あの魔石の真ん前へと躍り出た。
「俺の力を、返せぇッ!」
渾身の力を込めた右拳を、剥き出しになった魔石へと叩き込んだ。
パキ、と。
洞窟の熱気の中に、何かがひび割れる美しい音が響き渡った。
――ピキピキ、と、その亀裂は一瞬で魔石全体へと広がっていった。
「グ、オ……、オオオ……ッ!?」
ベヒモスが驚愕に満ちた声を上げる。
次の瞬間、割れた魔石の隙間から、眩いばかりの紅蓮の光が溢れ出した。それはかつて、俺の指先に宿っていたあの暖かくも力強い「火」の気配そのものだった。
光の奔流が、俺の右拳を通じて体内へと逆流してくる。
熱い。だが、それは俺を焼く熱ではない。凍りついていた俺の血を、魂を、内側から激しく融解させていく歓喜の熱だ。
「が、はっ……、あああああッ!」
全身の血管が沸騰するような衝撃に、俺は咆哮した。
頭の中に、閉ざされていた記憶の扉が乱暴にこじ開けられる音が響く。そうだ。思い出した。火を操るとは、ただ熱を生み出すことではない。世界に満ちる熱素を支配し、己の意志のままに形を与えることだ。
ベヒモスの巨体が、内側から噴き出す光に耐えかねて、砂のように崩れ落ちていく。
俺はふわりと地面に着地した。
立ち上がり、自分の右手をじっと見つめる。
泥と煤に汚れ、豆だらけになった無骨な手のひら。そこに、すっと意識を集中させる。
揺らり、と。
人差し指の先に、小さな、しかし力強い一房の炎が灯った。
ただの火ではない。かつて俺が持っていたものよりも、さらに密度が増し、深く昏い赤色をした、本物の『爆炎』の火だ。泥をすすり、地を這うような訓練を経て手に入れた強靭な肉体と、取り戻したアビリティが、今、完全に一つに融合したのだ。
「……まずは、一つ目だ」
指先の火をふっと吹き消し、俺は拳を強く握りしめた。
失った十の能力のうち、ようやく一つ。だが、これは確かな一歩だ。
「待っていろ、残りの九体。俺のすべてを、必ず奪い返してやる」
崩れ去ったベヒモスの灰の向こう、洞窟の出口から差し込む光を見据え、俺は力強く歩み出した。
エピローグ
「紅蓮の奈落」を後にした俺の肌を、久しぶりに浴びる外の風が撫でていく。
かつてのように、その風のささやきをアビリティで理解することはまだできない。だが、その冷たさは驚くほどに心地よかった。
ふと視線を落とすと、道端の草陰に小さな、青い花がひっそりと咲いているのが見えた。
俺は立ち止まり、右手をかざす。
意識を集中すると、指先に宿った一房の炎が、じわりと周囲の空気を暖め始めた。火力を極限まで制御し、花を焦がすことなく、ただその冷えた花弁を包み込むように熱を送る。
――できる。
ただ奪い返しただけではない。血の滲むような鍛錬を経て、限界まで鋭敏になった今の俺の身体感覚は、かつての幼い神童だった頃よりも、遥かに精密にこの『爆炎』を支配していた。
「おい、ルード! こんなところで何をしてやがる!」
背後から、不躾な声が響いた。
振り返ると、そこには街の門番であり、かつて俺を「無能」と呼んで嘲笑った男たちが立っていた。彼らは俺の薄汚れた格好と、腰の剣がないことに気づくと、下卑た笑みを浮かべる。
「おいおい、自慢の安物剣はどうした? まさか魔獣に怯えて放り出してきたんじゃないだろうな。アビリティも持たねえゴミが、一人前に冒険者気取りとは笑わせるぜ」
いつもの罵倒。いつもの侮蔑。
以前の俺なら、ただ黙って拳を握りしめ、通り過ぎるのを待つだけだった。
だが、今の俺は、ただ静かに男たちを見据えた。
その瞳の奥に宿る、静かな、しかし確かな熱量に気圧されたのか、男たちの笑い声が引きつるようにして止まる。
「……何睨んでやがる、この無能が」
男の一人が威嚇するように一歩踏み出し、自身の『身体強化』のアビリティを発動させようと、その腕に微かな魔力を宿らせた。
俺は何も言わず、ただ右手をすっと持ち上げた。
その動作一つで、男の動きが完全に凍りつく。
パチ、と。
俺の指先から放たれた極小の火花が、男の足元の地面に触れた瞬間、爆発的な熱風が渦を巻いて男たちを包み込んだ。
それは彼らを傷つけるためではなく、ただの威嚇。しかし、一瞬にして周囲の酸素が奪われ、肌を焦がさんばかりの圧倒的な熱量に、門番たちは悲鳴を上げて尻もちをついた。
「ひ、ひぃっ……!? 爆炎っ……!? なぜ、お前が……!」
腰を抜かし、恐怖に目を見開く男たち。
その横を、俺は一瞥もくれることなく、静かに通り過ぎていく。
かつて俺からすべてを奪い、無能と罵った世界が、これからどう変わっていくのか。そんなことはどうでもいい。
俺の往く道は、すでに決まっている。
空を仰ぐ。遠く、遥かなる高み。
そこには、俺から「風」を奪い、「鋼」を奪い、残りの力を奪い去った九の魔獣たちが、今も傲然と君臨しているはずだ。
「待っていろ」
胸の奥で、取り戻した最初の炎が、次の獲物を求めて静かに揺らめいた。
第一章 【封印されし神童、不屈の牙を研ぐ】――完。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。