一話完結シリーズ②
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あらすじ
べてを奪われ「無能」と蔑まれた元神童ルード。力を喰らった『十の魔獣』を斬り、アビリティを一つずつ奪還する復讐の旅路。謎多き魔導士エレナと共に挑むは、影蠢く『嘆きの霧谷』――少年は再び頂へ至れるか。
本文
第二章 【彷徨う魔導士と失われた遺産】
リスタベールの街に足を踏み入れた俺の視界に、ひときわ目を引く影が映り込んだ。
人混みの中で、まるでそこだけ時間が止まったかのような静寂を纏う女。深い青色の魔導衣を身に纏い、手には銀の杖を携えたその姿は、辺境の街には不釣り合いなほど洗練されていた。
その女――エレナは、俺の姿を認めるやいなや、翡翠色の瞳を細めて足を止めた。
魔導解析(アナライズ)の気配が、肌を刺すような鋭さで俺を撫でる。並の冒険者なら気づかないだろうが、今の俺には分かる。彼女は俺の奥底に眠る、つい先ほど取り戻したばかりの『爆炎』の残滓を、その鋭敏な魔術的感覚で見抜こうとしていた。
「……随分と珍しい魔力波長ね。地を這うような泥臭い気配と、それとは対照的な、高位の熱素支配の残滓。あなた、一体何者?」
エレナは値踏みするような視線を俺に向け、杖の先で軽く地面を突いた。その動作だけで、彼女の周囲の空気が高圧に圧縮され、目に見えない障壁を形成していくのが見て取れる。
「あんたには関係ないはずだ」
俺はぶっきらぼうに言い捨て、街の冒険者ギルドへと続く路地裏へ足を向けた。今の俺には、魔獣の情報を探すのが先決だ。無駄な詮索に付き合っている暇はない。
「あら、そんなに冷たくしないで。私はエレナ。世界に散らばる『魔術遺産』を追う学者よ。あなたが『焦熱のベヒモス』を討伐した際、その身に何を刻み込まれたのか――少し興味があるだけよ」
彼女は軽やかな足取りで、俺の歩調に合わせて横に並んだ。その瞳には、学術的な好奇心だけでなく、もっと深い――まるで、俺という「器」の正体を探ろうとするような探究心が宿っている。
「ベヒモス、か。……あの怪物を殺すのに、ただの鉄屑一本で済ませた男がいるっていう噂、ギルドでも持ちきりなの。そんな異常な膂力と、直後に芽生えた魔力光。ただの無能者(ゴミ)にしては、随分と面白い『奇跡』をお持ちなのね」
「噂話が好きなら、よそでやってくれ」
「ふふ、頑固な人。でもね、あなたは次に行くはずよ。北の『嘆きの霧谷』。あそこに巣食う『常闇のレイス』は、影を操る魔獣。今のあなたの爆炎だけでは、その実体を捉えることはできないはずよ」
俺の足が止まった。
確かに、奴の言う通りだ。ベヒモスは力任せに打ち砕くことができたが、実体のない影相手に今の俺のやり方は通用しない。
「……なぜそれを知っている」
「学者だからよ。それに、あなたのその傷跡。十の理(ことわり)に縛られた、『神の器』の痕跡……見ていればわかるわ」
エレナは怪しげに笑い、銀の杖をくるりと回した。彼女の魔導衣が風に翻り、隠されていたはずのしなやかな肢体が垣間見える。
「同行させて。あなたの『奪還』の過程を記録すれば、失われた魔術の体系が解明できるかもしれない。……もちろん、戦闘の手助けもしてあげる。影を狩るには、私の『氷壊』の力が必要になるはずよ?」
疑い深く彼女を見つめる。だが、彼女の瞳には嘘がない。この女、自分の目的のためなら、狂犬と化した俺の手を取ることも厭わないのか。
「……足手まといになるなら、置いていく」
「望むところよ。私の魔力収束(マナ・コンデンス)を体験すれば、考えも変わるでしょうから」
こうして、俺は一人ではない旅を始めることになった。
リスタベールの喧騒を背に、北へと続く霧深い街道を見据える。俺の復讐と、彼女の探求。相反する二つの目的を抱えた俺たちは、言葉少なにリスタベールの石畳を蹴った。
「ねえ、ルード。その身体の『重さ』について考えていたのだけど」
並んで歩くエレナが、魔導書を片手にぼそりと呟いた。彼女の銀色の髪が、街外れの風に揺れる。
「あんたには関係ないと言っただろ」
「関係大ありよ。あなたが纏うその『器』の底には、大戦期に封印された魔導核(マナ・コア)に匹敵する霊素の澱みがある。それを制御できていないから、あなたは今、本来の力の何分の一も引き出せていないのよ」
彼女は止まることなく続ける。翡翠色の瞳が、獲物を狙う鷹のように俺の全身をスキャンしていた。
「……五月蝿い。俺は自分の力で取り戻す」
「ええ、知っているわ。だからこそ、物理的な『火』だけでなく、術式としての『支配』が必要なの。今のままの突進戦法じゃ、次のレイスには指一本触れられずに精気を吸い尽くされるわよ」
エレナが銀の杖を軽く振ると、霧が立ち込める街道の空気が一瞬だけ歪んだ。
「これを見なさい」
彼女がそう言うと同時に、杖の先端から冷気が放たれた。それは、先ほど彼女が口にした『氷壊(アイスブレイク)』の萌芽だった。凍りつくような大気の奔流が、街道脇の古木に突き刺さる。木肌が一瞬で結晶化し、次の瞬間、内側からの圧力で粉々に砕け散った。
「物理攻撃を透過する『影霊(シェイド)』には、こうやって霊素の干渉を強いるの。私の魔法で物理的な『固定』を与え、その隙にあなたが叩く。……悪くない協力体制でしょう?」
俺は粉砕された木の破片を見つめた。確かに、ただの力任せでは足りないという彼女の指摘は的を射ている。この女、ただの学者ではない。戦闘の理を肌で理解している。
「……好きにしろ」
「ふふ、素直じゃないわね」
エレナは小さく笑うと、魔導衣の裾を翻した。その動きに合わせて、衣服越しでも隠しきれない柔らかな曲線が揺れる。
この魔導士、学者としての冷徹さと、それを隠すかのような妖艶な空気を同時に纏っている。――油断はできない。だが、憎からず感じるのは、彼女が俺の「取り戻したい何か」に、確かに光を当てようとしているからか。
街道の先、北の霧が濃くなってきた。
『嘆きの霧谷』が近い。あそこには、俺から「影渡り」の権能を奪った常闇のレイスが潜んでいる。
「ルード」
エレナが急に足を止め、俺の方を向いた。
「もし、その十の力をすべて取り戻して……あなたがかつての『神童』に戻ったとしたら、その後、その力で何を成すつもり?」
俺は答えなかった。ただ、腰に下げた鉄杭に手をかけ、視線を霧の深淵へと向けた。
復讐か、それとも――。
俺の心の中で、かつて炎に焼かれた記憶と、今指先に宿る熱が激しくせめぎ合う。
答えはまだ、霧の中だ。
「行くぞ。足手まといになるなよ」
俺は冷たく言い放ち、先陣を切って霧の壁へと足を踏み入れた。背後で、エレナが楽しげに笑い声を上げるのが聞こえた。
霧谷の入り口に足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような冷気と共に、鉛のように重い霧が俺たちを飲み込んだ。
ここは「嘆きの霧谷」。かつて調査隊が全滅したとされる場所だ。ただの霧ではない。漂う霊素(エーテル)が異常な濃度で凝縮され、人の精神に直接干渉してくる。
「……っ、嫌な感じだな」
思わず眉をひそめると、横から銀色の髪が揺れた。エレナが杖を掲げ、淡い光の膜を展開する。
「『恒温の結界(サーマル・ドーム)』。……少しは楽になるはずよ。ここは時間の流れが澱んでいる。迂闊に踏み込めば、永遠にこの谷を彷徨うことになるわ」
彼女の杖から放たれた光が、周囲の霧を押し留めるように円形の空間を作り出した。確かに、先ほどまでの肺にまとわりつくような不快な重圧が和らぐ。
「あんた、魔法の腕は確かなようだな」
「学者を舐めないで。これでもヴィンサントの塔で、最高位の講義を受けてきたのよ」
軽口を叩きながらも、エレナの翡翠色の瞳は鋭く谷の奥を見据えている。
その時だ。湿った空気の中から、ぬらりと「それ」が現れた。
ゆらゆらと揺らめく、人型の影。実体を持たない『影霊(シェイド)』だ。奴らは音もなく俺たちの周囲を取り囲み、冷気を含んだ霧となってじりじりと距離を詰めてくる。
「来たわね。……ルード、物理攻撃は無駄よ。まずは私の術式で動きを縛るわ。タイミングを合わせて!」
エレナが銀の杖を高く掲げる。彼女の周囲に魔力が奔流のように渦巻き、空気が弾けるような音が響いた。
「『風穿(ウィンド・ピアス)』!」
目に見えないほどの極細の風の槍が、直進する影霊の胸元を正確に貫いた。
影霊が断末魔のような音を立てて硬直する。胸のやや左にある『霊核』が、風の魔力によって強引に可視化され、空間に固定された。
「今よ!」
エレナの鋭い声に呼応し、俺は地を蹴った。
今の俺は、ベヒモスから奪還した『爆炎』を血管に流し込んでいる。ただの物理的な跳躍ではない。指先に灯した黒い赤色の炎を足の裏で爆発的に噴射させ、瞬間的な加速を生み出す。
影霊の喉元を通り過ぎる刹那、俺は手の中に凝縮した熱を叩き込んだ。
「はぁッ!」
霊核に直撃した炎は、影霊の体そのものを内側から焼き尽くす。パァンッ、とガラスが割れるような音を立てて、奴は霧散した。
「……上出来ね。火炎の熱素を、霊核の破壊に転用するなんて」
着地した俺の背後で、エレナが感心したように呟く。だが、喜んでいる暇はない。霧の深淵から、さらに幾体もの影の気配が蠢き始めている。
「これが序の口だろ。……『常闇のレイス』はどこだ」
俺が問いかけると、エレナは地図を広げる代わりに、杖を谷の最深部へと向けた。そこだけ、霧の色がどす黒く濁っている。
「あそこに、楔のような歪みを感じるわ。……レイスはもう、私たちを招き入れているみたいね」
俺は深く息を吐き、右手の炎を一層強く燃え上がらせた。
霧の奥から、冷徹で残虐な視線を感じる。俺の力を奪った二つ目の獲物――その魂を狩るため、俺たちは再び足を踏み出した。
谷の最深部、異様な静寂が支配する広場に辿り着いた俺たちの前に、そいつはいた。
『常闇のレイス』。
巨大なマントを羽織った影の怪物だが、その内側には空洞しかなかった。ただ、二つの虚無が眼窩として俺たちを見下ろしている。
「ルード、気をつけなさい。あれはただの影じゃない。私の『恒温の結界』の外側から、じりじりと周囲の時層を侵食しているわ」
エレナが杖を構え、震える指先で魔導書を開く。彼女の額に冷や汗が浮かんでいた。
レイスがゆっくりと右手を持ち上げると、周囲の霧が鎌のような形に圧縮され、瞬時に俺の首元へと殺到した。
「チッ!」
俺は咄嗟に身を屈め、回避する。だが、鎌の軌道は執拗に俺を追う。物理的な質量を持たない影の追尾。回避しきれないと判断した瞬間、エレナの声が響いた。
「『氷壁(アイスウォール)』!」
背後に分厚い氷の壁が瞬時にそそり立つ。鎌が氷に食い込み、激しい音を立てて砕け散った。
しかし、氷壁の表面が瞬時に黒く変色し、侵食されていく。
「ルード! 奴の胸元を見て! あの『霊核』が、先ほどのシェイドとは比較にならないほど速く移動しているわ!」
レイスの胸部に埋め込まれた黒い核が、不規則に脈動している。あれを砕かなければ、こいつは何度でも霧を纏って再生するはずだ。
「エレナ、俺の足元を凍らせろ。……加速する隙を作る」
「正気? 凍結の冷気であなたの筋肉が硬直するわよ!」
「いいからやれ! 爆炎で相殺してやる!」
俺は右手にありったけの火炎を集中させた。血管が軋む音を立て、皮膚が熱で弾ける感覚が全身を襲う。
エレナは迷いを振り払い、杖を一閃させた。
「『氷壊(アイスブレイク)』!」
俺の足元に向けて放たれた無数の氷の礫。凄まじい冷却に肺の空気が凍りつく中、俺はその瞬間に血管内の魔力を爆発的に開放した。
「おおおおおッ!」
凍結の冷気と火炎の熱が激突し、凄まじい白蒸気が霧の谷を覆い尽くす。
その猛烈な圧力の反動を利用して、俺は砲弾のような速度でレイスへと肉薄した。
「捉えたぞ!」
霧が晴れた先、レイスが驚愕したように虚無の眼を見開いた。
俺の拳は、奴の胸元、霊核の真上にあった。
だが、奴もただでは死なない。影の爪が俺の左肩を切り裂き、血が舞う。激痛が走るが、俺の拳は止まらない。
「返してもらうと言っただろ……ッ!」
ゴォォォッ、と。
指先から放たれた極大の『爆炎』が、霊核を内側から突き破った。
「グ……アアアア……ッ!」
レイスが悲鳴を上げ、その巨大な影が霧散していく。
同時に、影の欠片の中に埋もれていた「何か」が、俺の胸の中に吸い込まれるように流れ込んできた。
視界が歪み、世界が静止する。
影が影を渡り、実体という制約から解き放たれる感覚。
――『影渡り(シャドウ・ステップ)』。
二つ目のアビリティ。
俺は崩れゆくレイスの残滓を見つめながら、その場に膝をついた。左肩からの出血が激しい。
「……ルード!」
駆け寄ってきたエレナが、魔導書を閉じて俺の肩に手を置く。彼女の表情には、学者としての冷徹さではなく、純粋な驚きと、どこか安堵したような色が浮かんでいた。
「あなた……本当にやってのけたわね。影渡りの権能、完全に継承されたわ」
「ああ……。ようやく、二つ目だ」
俺は荒い息を吐きながら、自分の影を見つめた。
レイスが消えた後の地面には、禍々しくも静かな光を放つ小さな「影の欠片」が転がっていた。それはかつて俺の影に溶け込んでいたはずの、馴染み深い冷たさを湛えている。
「ふう……信じられない。本当に魔獣の力を奪い返すなんて」
エレナが呆然と呟き、俺の左肩の傷口に手をかざす。彼女の指先から柔らかな光が溢れ、血を流していた傷がゆっくりと塞がっていく。その瞳には、最初に出会った時の冷徹な値踏みとは違う、もっと泥臭い……冒険者としての共鳴が宿っていた。
「あんたの『氷壊』がなければ、深くまで入り込めなかった。礼を言う」
俺は痛む肩をかばいながら立ち上がり、地面に落ちていた欠片を拾い上げた。指先に触れた瞬間、それはまるで水に溶けるように俺の掌へと吸い込まれ、影の一部となった。
その直後、足元の影が不自然に伸び、ゆらりと波打つ。影の質感が、今の俺の意志に応えて形を変えようとしているのが分かった。
「……これが『影渡り』か」
試しに隣の影に意識を集中させる。次の瞬間、俺の身体は霧のような不可視の質量へと変換され、音もなく数メートル先の影から滑り出るように現れた。物理的な存在の境界線が曖昧になる、奇妙で、しかし強力な感覚。
「すごいわ……。今の動き、空間の座標を完全に無視していた。これがあれば、どんな難攻不落の要塞だって……」
エレナの言葉を遮るように、谷の出口の方角から不穏な地鳴りが響いた。
今の戦闘の余波か、あるいは別の「何か」が俺たちの存在を嗅ぎつけたのか。霧が一気に晴れ始め、遠くに見える険しい峰々が姿を現す。その頂の一つが、何者かの威圧で歪んで見えた。
「残りの魔獣も、俺がここを通ったことに気づいたようだな」
俺は右手の熱と、影に宿る冷たさを同時に確かめる。
『爆炎』と『影渡り』。二つの理を取り戻した今、俺を嘲笑っていた世界との距離は、確実に縮まっている。
「さて、次の目的地を教えろ。この先は何処だ」
俺の問いに、エレナはニヤリと不敵に笑い、魔導書をパチンと閉じた。
「北西の孤島、『奈落の海鳴り』よ。……次は、ただの影や火遊びじゃ済まないわよ。準備はいい?」
俺は深く頷き、霧に包まれた北の空を見上げた。
十の理を塗りつぶし、かつての神童という名の重荷を脱ぎ捨てるまで、俺の戦いは終わらない。
「行こう。……次は、俺たちの番だ」
冷たい風が吹き抜け、霧を完全に吹き飛ばした。
俺とエレナは、荒野の果てに続く未踏の道へと、再び歩み出した。
エピローグ
俺とエレナは、重なり合う霧を切り裂き、「嘆きの霧谷」を後にした。
道中、エレナは時折、熱心に魔導書へ何かを書き込んでいる。俺が手に入れた二つの理が、どのように『神の器』である俺の肉体と馴染んでいるか――その記録が、彼女の探求には不可欠なのだろう。
「ねえ、ルード。少し休まない?」
不意にエレナが足を止めた。街道沿いの古い石碑に腰を下ろすと、彼女は少しだけ表情を緩め、魔導衣の胸元に溜まった湿気を指先で軽く払った。その動作の端々から、高位魔導士としての矜持と、旅の疲れが混ざり合っているのが見て取れる。
「……霧谷の先は、少しばかり空気が違う。次の『奈落の海鳴り』に備えて、あなたの魔力循環を整えておきたいのよ」
彼女は銀の杖を立て、淡い青色の結界を周囲に展開した。以前のような冷徹な分析ではなく、仲間としての気遣いがそこにはあった。
「……ああ。そうだな」
俺は少しだけ言葉を濁し、石碑の傍らに腰を下ろした。
指先を覗き込むと、今も小さな赤い火花が意志を持って揺らめいている。影の中に意識を落とせば、底知れぬ静寂が俺を迎え入れる。二つの力は、かつてのように俺を侵食することなく、むしろ俺という器の一部として、誇らしく主張しているようだった。
「あんた、なぜそこまで俺に拘るんだ?」
ふと、喉の奥からそんな言葉が漏れた。
エレナは翡翠色の瞳を瞬かせ、少しだけ視線を逸らした。夕陽に照らされた彼女の銀の髪が、微風に揺れる。
「……ただの学術的な好奇心よ。なんて言えば、あなたは納得するかしら?」
彼女は皮肉げに微笑んだが、その表情の裏には、どこか寂しげな色が混じっていた。
「私の師は、かつて『器』を探していたわ。世界を修復するための、あるいは、すべてを焼き尽くすための器。……私はその答えを見届けたいだけよ。あなたが破滅へ向かうのか、それとも世界を再定義するのかをね」
エレナは俺の手を取り、そっと自分の額を預けた。魔導士特有の、氷のように冷たくも心地よい魔力が、俺の熱を鎮めていく。
「もし、あなたが道を誤りそうになったら……その時は私が止めてあげる。それが、この旅の契約よ」
「……随分と買われたもんだな」
俺は鼻で笑い、彼女の手を振り払わずに立ち上がった。
遠く、北西の海域から響くのは、波の音か、あるいは魔獣の唸りか。
俺たちの影が、夕闇の中に長く伸びる。その影の中に、俺は「影渡り」の可能性を、そして胸の内には、未来を焼き払う「爆炎」の情熱を秘めている。
「準備はいいか、エレナ」
「いつだって万全よ。さあ、次はどんな『理』を取り戻しに行こうかしら」
俺たちは沈みゆく太陽を背に、未知なる領域へと歩を進める。
復讐の物語は、まだ序章に過ぎない。俺が神童の座を奪還し、この世界の欺瞞をすべて白日の下に晒すその日まで。
吹き抜ける風が、俺の意志に呼応するように渦を巻いた。
次の舞台、「奈落の海鳴り」が、俺たちを待っている。
第二章 【彷徨う魔導士と失われた遺産】――完。
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