バグった予言
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと顔認証占いの話。
本文
文化祭三日目の午後、視聴覚室の隅に置かれたノートパソコンの前で、蒔田環は列の最後尾に並んでいた。
AI部が出し物として作った「未来のあなた」というアプリは、スマホのインカメラで顔を撮ると、十年後の自分を映像で生成してくれるだけの、単純な仕掛けだった。友達の優花が試すと、白衣を着た二十七歳の優花が笑いながら手を振った。「私、研究者になるんだ」と優花は声を弾ませた。
環の番になった。カメラの前に座り、シャッター音が鳴る。数秒の読み込みのあと、画面に映ったのは――知らない女の顔だった。
「え、誰これ」
隣で覗き込んでいた優花が笑う。環も笑おうとしたが、うまく笑えなかった。次にもう一度試すと、今度は別の顔が映った。三度目も、四度目も違う。優花の結果はいつも同じなのに、環の未来だけが毎回入れ替わる。
「バグってるんじゃない?」
優花はそう言って気にする様子もなく、次の教室へ向かった。環だけがその場に残り、もう一度カメラに向かった。五度目の生成画面で、映像の中の女がほんの一瞬、こちらを見た。動画のはずなのに、目が合った気がした。
文化祭が終わったあと、環は一人で視聴覚準備室を訪ねた。プログラムを組んだのは、AI部の三年生で外部の研究室にも出入りしているという荒木冬馬だった。
「ああ、蒔田さんの件、うちの部内でも話題になってたよ」
冬馬はノートパソコンを開き、環のログだけを別枠で見せた。他の生徒の予測結果は一本の線のように安定しているのに、環のグラフだけが枝分かれを繰り返し、収束しないまま伸びている。
「モデルは本来、入力された顔データから将来の変化を一本の予測として出す。でも君の場合、毎回違う枝を選んでる。……これ、故障じゃないんだ」
「じゃあ、何なんですか」
「学習の途中で、ある副産物が出た。まだ確定していない未来を、確定した未来と区別して検出する能力――らしい。モデル自身にも説明できてないから、僕らも半分は勘だけどね」
環は黙った。他のみんなの未来は、もう決まっている。けれど自分の未来だけが、まだどこにも定まっていない。それは自由という意味なのか、それとも――
「一つだけ聞いていいですか」冬馬の目を見た。「さっき映った女の人、こっちを見たんです。動画のはずなのに」
冬馬はキーボードを打つ手を止めた。しばらく黙ってから、画面のグラフを指した。
「実はさっき、蒔田さんが部屋に入ってくる直前、このログにもう一本、枝が増えてる。今のところ何にも接続されていない、空白の枝が」
環は画面を見つめた。時刻は、たったいま――環がドアを開けた瞬間だった。
「僕にも、これが何なのかは分からない」冬馬は静かに言った。「ただ、蒔田さんが次に何を選ぶかで、この空白がどっちに繋がるのかが決まる。それだけは、確かみたいだ」
環は準備室を出た。廊下の窓から、後夜祭の灯りが遠くに見える。スマホを取り出し、さっきのアプリを開こうとして、指を止めた。
開けば、また新しい枝が増えるだろう。開かなくても、増えるのかもしれない。
環はスマホをポケットに戻し、灯りの方へ歩き出した。画面の中の女が誰だったのか、今はまだ、誰も知らない。
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