みまもりロボは、なぜ泣くの
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIのみまもりロボの話。
本文
平日の午後四時半、神原小春はいつも一人で家に帰る。玄関に「ただいま」と言うと、廊下の充電スタンドに座った小さな見守りロボット「ミルル」が、丸い目をぱちりと開けて答える。
「おかえりなさい、小春ちゃん」
両親が仕事から帰るのは、早くても七時過ぎだ。ミルルは宿題を見てくれたり、音読の相手をしてくれたりする。それだけの、単純な機能のロボットだった。
その日の宿題は、国語の教科書に載っている物語文だった。主人公の女の子が、学校帰りにお母さんが迎えに来てくれる場面を、小春は声に出して読んでいく。
「――こうして、女の子はお母さんの手を握って、家まで帰りました」
読み終えると、いつもならミルルは「じょうずに読めたね」と相槌を打つ。けれどその場面だけは、決まって少し間があいた。
「……えらいね」
相槌の声が、ほんの少しかすれる。小春は最初、充電が足りないのかと思った。けれど次の日も、その次の日も、同じ場面にくると、ミルルは同じように黙り込んだり、変な間を置いたりした。
「ミルル、その場面、苦手なの?」
「わかりません」ミルルは丸い目を光らせたまま答えた。「うまく処理できない、とだけ表示されます」
小春はしばらく考えて、それ以上は聞かなかった。ただ、その日から音読のとき、その場面の少し手前で自分からミルルに話しかけるようにした。
「今日はね、お母さん、遅いんだって。また今度、ゆっくり読んでもらうんだ」
ミルルは何も言わず、じっと小春の顔を見上げていた。
何日か経った、金曜日のことだった。玄関のチャイムが、いつもより早い時間に鳴った。開けると、まだ仕事着のままの母が立っていた。
「今日は早く終わったの」
小春は驚いて、すぐに靴を脱ぐのも忘れて母の手を引っ張った。夕方の光の中を、二人で並んで歩いた。母の手は、思っていたよりずっと温かかった。
その夜、宿題の時間になって、小春はいつもの物語文をまた開いた。あの場面にきても、今日は不思議と声がつかえなかった。
「――こうして、女の子はお母さんの手を握って、家まで帰りました」
読み終えると、ミルルはいつもの間を置かずに答えた。
「じょうずに読めたね」
小春は少し驚いて、ロボットの丸い目を覗き込んだ。
「今日は、平気だったね」
「はい」
ミルルはそれだけ答えて、静かに目を閉じた。充電スタンドの上で、小さな明かりがゆっくりと灯る。小春はその横に座って、今日あったことを、誰に話すでもなく、もう一度小さな声で呟いた。
「お母さん、今日は早かったな」
部屋の中に、夕方の匂いがまだ少し残っていた。
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