第四十三話:消える取材対象の表紙画像

第四十三話:消える取材対象

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/24 📚 シリーズ: 継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 📝 2,747文字 ✅ 全年齢

あらすじ

日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?

本文

これは私が記録した、四十三本目の違和感である。

四十三本目は、芦川美咲が、また、持ち込んだ。

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美咲みさきが来たのは、午後の遅い時間だった。

外は、薄曇りだった。

二年前より、髪が、少し、伸びていた。

いつものライダースジャケットの内側から、ICレコーダーとノートパソコンを、取り出した。

「ちょっと、聞いてほしいものがあって。先生にしか、相談できないので」

椅子に座る前から、すでに、レコーダーの再生ボタンに手をかけていた。

私は、お茶を、出した。

美咲は、口をつけなかった。

カップの縁に、薄い、水滴が、ひとつ、ついていた。

部屋の蝋燭は、四十二本、灯っていた。

棚の上で、小さく、並んでいる。

美咲は、いつも、入ってくるとまず、その数を、目で、数える。

今日は、数えなかった。

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「半年くらい前から、『消えた経験』を集めてたんです」

「行方不明になりかけた人、急に失踪して戻ってきた人、そういう体験談を」

ノートパソコンの画面には、取材対象のリストが、並んでいた。

名前。年齢。取材日。簡単なメモ。

二十三人分、あった。

「最初の七人は、SNS経由で見つけた人たちです」

「八人目からは、知人の紹介で、対面で取材した人たちでした」

その違いが、何か意味を持つのか、まだ、わからない、と美咲は言った。

取材には、いつも、同じICレコーダーを、使っていた。

機種も、設定も、半年間、変えていなかった。

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「先週、リストを見直してたら」

美咲は、画面を、スクロールした。

「七人目までは、普通に、SNSのアカウントが、残ってるんです」

「八人目から、消えてるんです」

「アカウントごと」

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画面に、検索結果が、表示された。

「このアカウントは存在しません」

八人目。九人目。十人目。

一人ずつ、開いて、確認した。

検索バーに、名前を打ち込む。エンターを押す。同じ表示が出る。

それを、十五回、繰り返した。

八人目以降、全員、同じ表示だった。

七人目までは、いつも通り、プロフィール写真が、表示された。

その境目だけが、はっきりしていた。

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「最初は、退会したのかと思いました」

「でも、十六人目の人には、奥さんがいて。聞いたら」

美咲は、いったん、言葉を、止めた。

「『そんな人、知らない』って、言われました」

「私が取材した日の写真も、見せたんですけど」

「写真の中に、奥さんが言う夫は、いなかったんです。隣に立つ私だけが、写ってました」

「背景の喫茶店も、店の名前も、合っているのに」

「二十人目の人の場合は、職場でした」

「同僚に確認すると、その部署に、そんな名前の人間は、一度も在籍していない、と言われたそうです」

「名刺は、まだ、私の手元に、残っているのに」

名刺の角は、もう、何度も、触られて、少し、丸くなっていた。

そこに刷られた名前を、美咲は、何度も、検索していたのだろう。

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私は、何も、言わなかった。

美咲は、レコーダーを、手に取った。

机の上で、もう一度、向きを、揺れない位置に、置き直した。

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「今日、確認したくて、来たんです」

「八人目の、取材録音、これです」

美咲は、再生ボタンを、押した。

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スピーカーから、美咲の声が、流れた。

「では、最初に、お名前を伺えますか」

その後に、続くはずの声が——なかった。

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無音、ではなかった。

ノイズも、息遣いも、ない。

何も、録音されていない、空白くうはくだった。

部屋の蝋燭の炎が、揺れていた。

レコーダーのスピーカーからは、何も、出ていなかった。

レコーダーの画面には、波形が、表示されていた。

その十二秒間だけ、波形が、まっすぐな、線になっていた。

ファイルの再生時間は、いつもどおり、四十二分十八秒。

容量も、減っていなかった。

更新日時も、取材した当日のまま、変わっていなかった。

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「ここ、相手が答えてるはずなんです」

美咲の声が、わずかに、震えた。

「ちゃんと、聞いた覚えが、あるんです」

「名前も、覚えてます。仕事も、覚えてます」

「でも、これには、何も、入ってない」

美咲は、もう一度、同じ箇所を、再生した。

私の質問の声。十二秒の、まっすぐな線。次の私の質問の声。

その並びだけが、繰り返された。

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「三人目のファイルも、聞いてもらえますか」

私は、頼んだ。

三人目は、まだ、アカウントが残っている、七人のうちの一人だった。

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三人目の録音には、ふたつの声が、あった。

質問と、答えが、ちゃんと、交互に、続いていた。

波形にも、隙間が、なかった。

ファイルの作成日付は、八人目のものと、同じ週だった。

機材も、場所も、同じだった。

違うのは、対象が、何人目だったか、だけだった。

念のため、五人目のファイルも、確認した。

同じだった。声が、二つ、ちゃんと、揃っていた。

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残っている人の録音には、声が、ある。

消えた人の録音には、声が、ない。

その境目は、八人目で、揃っていた。

七人目までは紹介でなく、八人目以降は紹介だった、という美咲の説明と、同じ境目だった。

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「私が取材した人たちは、本当にいたんでしょうか」

美咲は、ノートパソコンの画面を、私に、向けた。

二十三人のリストの、八人目から下に、答えなかった。

「次の取材相手も、いつか、消えるんでしょうか」

「それとも——」

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その夜、美咲が帰ったあと。

私は、自分のノートを、開いた。

二年前、三十二本目のページの隣に、こう書いてあった。

「美咲は、行った。今のところは、帰ってきた」

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「今のところは」の五文字を、もう一度、見た。

書いた覚えは、まだ、ない。

ページの端を、指で、なぞった。

インクの色は、今と、変わらなかった。

そのページの前後も、読み返した。

他に、書いた覚えのない行は、なかった。

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私は、四十三本目の蝋燭に、火を、つけた。

棚の、左端の、一本目の炎が、また、右に、揺れた。

炎の高さは、変わらなかった。揺れたのは、方向だけだった。

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三十八話から、六話、連続だった。

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翌日、美咲から、メールが、届いた。

「自分の取材記録、全部、見直しました」

「被取材者が消えた案件——」

「先生に提供した怪談と、全部、一致してました」

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残り、五十七本。

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作者について

闇工房

闇工房

"正常"と"異常"の境界を、一話ずつ削り取る。 心理ホラー小説・TRPGシナリオを制作するソロクリエイター。 代表作は連作怪談「継承される百の違和感」—— 読み進めるうちに、あなたの"普通"...

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