私の意地
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
大学2年生の橘ひなたは、ごく普通の女子大生。ある日、学校一のイケメンと噂される林武蓮と同じゼミになったことで、自然と彼を意識するようになる。 しかし蓮は恋愛に全く興味がなく、女の子から告白されても断り続けるクールな男。ひなたが話しかけても素っ気ない態度ばかり。 それでも一緒にいる時間が増えるうちに、ひなたは彼の不器用な優しさに少しずつ惹かれていく。 恋愛に無関心なイケメンが、初めて「恋の病」にかかるまでのドキドキラブコメ!
本文
コンビニを出たところで、林武が歩き出した。ひなたも自然についていった。
しばらく並んで歩いていたが、交差点のところで林武が足を止めた。
「……ここで別れよう」
「え、なんで」
「お前の家と方向が違う」
「知ってるけど」
林武がひなたを見た。
「……どこ行くつもりだ」
「林武くんの家まで」
「必要ない」
「私が行きたいの」
林武が眉をわずかに動かした。珍しく、少し困ったような顔だった。
「……送ってもらう理由がない」
「別に理由なくてもいいじゃん」
「……帰れ」
「嫌」
ひなたはそう言って、腕を組んだ。動く気がないことを、全身で示した。
林武はしばらくひなたを見ていた。説得しようとしているのか、それとも呆れているのか、表情からは読めなかった。でも、ひなたは一歩も引くつもりがなかった。
「……なぜそこまでする」
「なんとなく、一人にしたくないから」
林武が黙った。
ひなたも黙った。言葉にしてしまってから、少し恥ずかしくなったけれど、撤回するつもりはなかった。本当のことだったから。
「……遠いぞ」
「平気」
「……迷惑じゃないのか」
「迷惑じゃないから言ってる」
林武はまた少し黙って、それから小さく息を吐いた。
「……わかった」
折れた。ひなたは内心でほっとしながら、何事もなかったように歩き出した。
林武の家までの道は、思ったより長かった。住宅街を抜けて、少し細い道に入って、静かな通りを歩いた。街灯がぽつぽつと並んでいて、夜の空気は冷たかった。
「寒くないか」
「ちょっとだけ」
「……帰れと言っただろ」
「もう遅い」
林武が小さく息を吐いた。ひなたはそれがなんだかおかしくて、少し笑った。
「なぜ笑う」
「なんとなく」
しばらく二人で黙って歩いた。足音だけが聞こえていた。
「……さっきは、変なところ見せた」
林武が静かに言った。
「変じゃなかったよ」
「……そうか」
「お母さん、厳しそうだなとは思ったけど」
林武は何も言わなかった。ひなたも、それ以上は言わなかった。ただ、隣で歩きながら、林武の横顔をちらりと見た。
さっきより、少し表情が柔らかくなっている気がした。まだ完全に晴れたわけではないけれど、コンビニに入る前よりは、確実に軽くなっているように見えた。
それだけで、ひなたはよかったと思った。
「林武くんって、お母さんに似てる?」
「……何がだ」
「なんか、頑固なとこ」
林武が少し間を置いてから、短く言った。
「……そうかもしれない」
「それは否定しないんだ」
「……否定できない」
ひなたはくすりと笑った。林武も、口元がわずかに動いた。
マンションの前に着くと、林武が立ち止まった。
「……ここだ」
「うん」
「……遠かっただろ」
「まあ、ちょっとね」
「……次はついてくるな」
「それは状況による」
林武がひなたを見た。何か言おうとして、やめた。それから、小さく頷いた。
「……ありがとう」
「別に。帰り気をつけてね、じゃなくて、林武くんが帰るわけじゃないか」
「……お前が気をつけて帰れ」
「うん、帰る」
ひなたは手を振って、来た道を戻り始めた。少し歩いてから振り返ると、林武がまだ入り口のところに立っていた。ひなたが振り返ったのに気づいたのか、小さく手を上げた。
それだけだったけど、ひなたには十分だった。
帰り道、ひなたはスマートフォムを取り出した。さくらにメッセージを送ろうとして、やめた。今日のことは、まだ自分の中だけにしておきたかった。
歩きながら、さっきの林武の顔を思い出した。コンビニを出た時よりも、マンションの前に着いた時の方が、少し表情が和らいでいた。気が晴れた、とまでは言えないけれど、少しだけ軽くなっていた気がした。
それで十分だ、とひなたは思った。
好きだな、ほんとに。
夜道を歩きながら、ひなたは小さくそうつぶやいた。誰にも聞こえない声で。
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