逃走経路
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
<p> 夜の街をむき出しの悪意から逃れるように走り続け、葵がたどり着いたのは、かろうじて人気のない裏通りの自動販売機の前だった。荒い息を整えながら壁に背中を預けるが、ポケットの中のスマートフォンは、数万人の視線を乗せた熱を放ち続けている。</p><p>「どうしよう……どうすればいいの……」</p><p> 誰も信じられない。街の人間全員が、スマホの画面越しに自分を狙っている。</p>
本文
夜の街をむき出しの悪意から逃れるように走り続け、葵がたどり着いたのは、かろうじて人気のない裏通りの自動販売機の前だった。荒い息を整えながら壁に背中を預けるが、ポケットの中のスマートフォンは、数万人の視線を乗せた熱を放ち続けている。
「どうしよう……どうすればいいの……」
誰も信じられない。街の人間全員が、スマホの画面越しに自分を狙っている。
パニックに陥りかけた頭で、葵は必死に縋るべき名前を探した。家族とは何年も疎遠だ。会社の人間はすでに「向こう側」にいる。ならば、学生時代からの唯一の親友である真由なら──
震える指で連絡先を呼び出し、通話ボタンを押す。
コール音が数回鳴った後、ガチャリと冷たい電子音がして、真由の疲れたような声が聞こえた。
『……もしも、葵? こんな時間にどうしたの……』
「真由……っ! よかった、助けて、私、今……」
涙声で助けを求めようとした葵の言葉を、真由の呟きが遮った。
『ねえ、葵。……あなた、今、どこの細道にいるの?』
「え……?」
凍りつくような違和感に、葵の喉が引き攣った。
『私ね、さっきからずっと見てるんだよ。その、自販機の横で怯えてる葵のこと。スマホの画面越しに、すっごく綺麗に映ってるよ』
「まゆ……? 何を言ってるの、あなたも、あのアプリを……?」
真由の声が少し乱れ始めた。
『だって、しょうがないじゃない。SNSでバズってたんだもん。「リアルタイム社畜生配信」って。みんな見てるよ。私の友達がこんな面白いことになってるんだもん、見ないわけないじゃん。そっちの画面にも、私のアカウント名、映ってるでしょ?』
スマホの画面を見ると、いつの間にかライブ映像の視聴者コメント欄の一番上に、見慣れた真由のアカウント名が表示されていた。
コメント(真由):がんばれー、もっと絶望した顔見せて!
「うそ……真由、あなたも……っ!」
『あ、やば。私の後ろにも、なんか白い影が這ってきた……』
その直後、電話の向こうからくぐもった音が聞こえた。布ずれと、湿ったような感触の音。
『あ……っ、ちょっと……今、私の後ろに……白い影が……!』
真由の声が急に甘く掠れる。
葵は息を呑んでスマホを耳に押し当てた。電話越しに、真由の荒い息遣いと、ねっとりとした水音がはっきりと聞こえてくる。
『んっ……! や……入ってくる……葵、聞いて……この影、太くて……冷たいのに、奥まで熱くて……あっ、あんっ!』
真由の喘ぎ声が電話口から流れ出す。白い影が真由を襲っているのが、音だけで鮮明に伝わってくる。真由の部屋で、ベッドが軋む音、肌がぶつかる音、そして卑猥な水音が混じり合う。
『はあっ……はあっ……やめて……こんなの……嫌なのに……腰、勝手に動いちゃう……!』
影が真由の胸を鷲掴みにする音がし、彼女の声がさらに高くなる。
『んあっ……! 胸……強く揉まないで……乳首、摘まないで……っ! なのに……気持ち……いいわけないのに……あっ、あんっ!』
電話の向こうで、激しい抽送音が続く。真由は明らかに抵抗しているのに、声は徐々に甘い色を帯びていく。
『葵……聞いて……私、後ろから……ガンガン突かれて……子宮、当たってる……! 視聴者数、すごいことになってるよ……みんな、私が犯されてるの見てる……!』
『やめて……抜いて……こんなの……嫌……なのに……んあっ、そこ……!』
影の動きが速くなったのか、真由の喘ぎが途切れ途切れになる。ベッドが激しく軋む音が、電話越しに生々しく響く。
『はあっ……はあっ……もう……だめ……イキそう……なのに……嫌なのに……いっ……いくっ……!』
甲高い喘ぎ声が葵の耳に突き刺さる。
『あぁああっ!! イっ……ちゃう……っ!!』
真由の絶頂の声が長く引き延ばされ、その後、荒い息だけがしばらく続いた。
少し間を置いて、彼女の声は再び乾いた好奇心のトーンに戻った。
『ねえ、葵、これ、こっちにも感染るんだね……お揃いだね、私たち──』
プツン。
通話は、冷たい機械音とともに一方的に切れた。
葵は絶叫とともにスマホを地面に叩きつけようとしたが、その直前、画面の奥からゾッとする気配が這い上がってきた。
真由のスマホ越しに、今度は「こちら側」の葵を見つめていたはずの何かが、逆に真由の部屋の空間から、葵のいる現実世界へと触手を伸ばしてきたのだ。
いや、違う。感染したのは真由だけではない。
日本中の人間がこのアプリを開いた瞬間、画面と現実の境界線が完全に溶け合い、すべての「視線」が物理的な呪いとなって連鎖していく。
葵の背筋に、冷たいものが這い上がった。
ふと、自分の両腕を見て、葵は息を呑んだ。
白いブラウスの袖をまくったその腕に、いつの間にか、無数の「黒いあざ」が浮き上がっていた。それはよく見ると、一つひとつがまばたきをする「目」の形をしていた。
「いや……やめて……っ!」
叫びながら走り出そうとした瞬間、暗がりから伸びてきた無数の影が、葵の足首をガシリと掴んだ。
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