56話:使い魔レミの正体
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あらすじ
<p><span style="color: rgb(31, 31, 31);">快晴の空の下、ステラ・マリス魔法大学の広大な敷地に広がる草原で一人、シュドーは死んだ目をして猫じゃらしを振っていた。</span></p><p><span style="color: rgb(31, 31, 31);">「はぁ……」</span></p><p><span style="color: rgb(31, 31, 31);">今日何度目かも分からないため息を吐きながら、シュドーは頬杖をついたまま草原に寝そべっていた。</span></p>
本文
快晴の空の下、ステラ・マリス魔法大学の広大な敷地に広がる草原で一人、シュドーは死んだ目をして猫じゃらしを振っていた。
「はぁ……」
今日何度目かも分からないため息を吐きながら、シュドーは頬杖をついたまま草原に寝そべっていた。
「みー、みー♪」
目の前では、漆黒の毛並みを持つ小さな塊が、短い前足を懸命に伸ばして猫じゃらしを捕まえようと奮闘している。シュドーが名付けた使い魔、レミだ。
その姿は、客観的に見れば至福の癒やし以外の何物でもない。
しかし、シュドーの視界の端には、アリシアの炎を纏った魔犬アベルが青い炎を揺らしながら凛々しく駆け、アルの羽のついた蛇、フライスネークが空中で麻痺毒の霧を試験的に吐き出す猛々しい姿が映っていた。
(これじゃ、ただのペットだ……。あいつらは『兵器』を連れてるのに、俺だけ『癒やし』担当かよ)
レミは猫じゃらしに飽きたのか、今度はシュドーの前にゴロンと寝転がり、「撫でて」と催促するように仰向けになった。
シュドーが投げやりな手つきで喉元を掻いてやると、レミは「ゴロゴロ……」と、まるで世界中の幸せを独占したような喉鳴らしを聞かせ目を細める。
魔導士にとって、使い魔はその者の「魂の格」や「魔導の資質」の鏡とされる。
だとするならば、自分の本質はこの非力な子猫程度のものなのか――。
そんな暗い思考が、シュドーの心を蝕んでいく。
そこへ、背後から音もなく巨大な影がにじり寄ってきた。
「ふわぁぁ……いいなぁ、いいなぁ~……。レミちゃん、僕もゴロゴロしたいよぉ~」
小型化したディオスを衛星のように浮かせたメルティが、ふにゃふにゃに蕩けた笑みを浮かべて覗き込んできた。
「……あっち行ってろ。今は使い魔との親睦を深める時間だろ」
「え~、だってシュドーがレミちゃんを独り占めしてるんだもん。
なんなら、僕もシュドーにゴロゴロされたいなぁ。
あ、顎の下とか掻いてくれる?」
『おい小僧!!』
主の痴態に耐えかねたディオスが、小さな体に見合わぬ重厚な声で凄んだ。
『この天空龍ディオスの主に対して、その不遜な態度は何事だ!
我が本来の姿に戻れば、貴様など一息で塵に帰すことなど容易いのだぞ!』
「もー、ダメだよディオス!
大きな声出したらレミちゃんがびっくりしちゃうでしょ!」
メルティはそう言うと、ディオスの顎の下を猫をなだめるように「よしよし」と撫で始めた。
『ぬ、ぬうぅ……。主よ、我は天空龍であって、そのような愛玩動物では……
はふ、ん……悪くない。……いや、止さぬか!』
誇り高き伝説の龍が、メルティの指の動きに合わせてうっとりと目を細めている。
そのあまりにも締まりのない主従の光景を見て、シュドーはもう数えるのも億劫になるほどの、海より深い溜息を吐き出した。
その日の夜。
男子寮の自室で、シュドーはランプの灯りを頼りに翌日の予習を進めていた。
足元では、レミがシュドーの脱ぎ捨てた靴下を相手に格闘を繰り広げている。
その無邪気な姿を見ていると、昼間の鬱屈とした感情が再び頭をもたげてきた。
(こいつは一体、何が出来るんだか……)
もし本当に、自分にはこの子猫のような「愛嬌」以外の資質がないのだとしたら――。
「流石に、落ち込んでくるな……」
ポツリと漏らした独り言。
その時だった。
レミがぴたりと動きを止め、耳をピクンと直立させた。
そして、トテテテと短い足でシュドーの机に飛び乗り、開かれた魔導書の上に堂々と陣取ったのだ。
「なんだよ。構ってほしいのか? 悪いけど、後にしてくれ」
シュドーがレミをどかそうと手を伸ばした瞬間。
ぐにゅ
「――!!」
レミの漆黒の毛並みが、突然、熱を持った黒い霧のように揺らぎ始めた。
熱を帯びた黒い霧から、生ぬるい空気が漂ってきた。
「な、なんだ!? 」
慌てて杖を掴もうとしたシュドーの目の前で、レミの輪郭がドロリと溶け、ぐにゃぐにゃと再構成されていく。
霧が晴れた時、机の上にいたのは、先程草原で見かけた「ミニチュアサイズのディオス」だった。
「みー」
姿は威厳に満ちた天空龍だが、鳴き声はまごうことなき子猫のそれだ。
「お、お前……それ、変身か!?」
「みー♪」
レミは答える代わりに、再び姿を変えた。
青い炎を纏う魔犬アベル。
翼の生えた蛇フライスネーク。
クラスメイトたちの使い魔の姿を、次から次へと正確にコピーしてみせる。
「な、なんだよこれ……! まさか!」
シュドーは狂ったように魔獣図鑑のページを捲り、ある一項を指で叩いた。
【模倣猫(コピーキャット)】
非常に稀少な変身能力を持つ魔獣。戦闘能力は極めて低いが、一度視認した対象の姿、声、魔力波形までも完璧に模倣すると伝えられる。普段は平凡な黒猫の姿で擬態しているため目撃例が極端に少なく、魔導士の間では『幻の使い魔』とも称される。
「ま、マジかよ……ッ!」
シュドーの声が歓喜に震えた。
「すげぇぞ、レミ! お前、とんでもない当たりだったんじゃねぇか!
変身能力なんて応用性の塊じゃねーかよ!」
「みー!!」
シュドーが狂喜乱舞し、レミを両手で高く持ち上げて小躍りする。
レミもまた、主人の喜びを感じ取ったのか、意気揚々と喉を鳴らした。
――だが。
……ぼわんッ!
突然、レミの姿がこれまでにないほど巨大な質量へと膨れ上がった。
「え、あ――」
シュドーが声を上げる暇もなかった。
腕の中にいたはずの小猫は消え、そこには月明かりに照らされた、見慣れた姿――。
「うわああああああ!?」
シュドーの視界を埋め尽くしたのは、なんとシュドー本人だった。
しかも、姿だけでなく身長150センチの質量まで完璧に再現されている。
「ぎ、ぎゃあああ!? 重っ……ぐへっ!!」
受け止めきれるはずもなく、シュドーはシュドー(レミ)に押しつぶされる形でベッドへと転がり落ちた。
「な、なんでよりによってその姿なんだよ! ?」
「みー♪」
シュドーの姿をしたレミは、熱烈な愛情表現を開始した。
猫特有のザラりとした舌で、シュドーの頬や顔をペロペロと激しく舐め回す。
鏡に映るはずのない自分の顔が、至近距離で自分に笑いかけてくる。その光景だけで、悪寒が背筋を這い上がった。
「ぎゃー!!アホ、やめろ! 離せ! その恰好でじゃれつくなぁ!! 」
「みー♪みー♪」
レミ自身は自分の力を喜んでくれた主人への精一杯の感謝と愛情表現だったかもしれない。
しかしシュドーにとっては自分自身に抱きつかれ顔を舐められるという本人にとってはこの上ない地獄絵図でしか無い。
かくして、彼の日常の中に、ただでさえ騒がしいメルティに続き、
尊大なドラゴンや予測不能な猫が加わり、より翻弄される事になるのであった。
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