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第四十四話:七つの声

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/27 📚 シリーズ: 継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 📝 2,547文字 ✅ 全年齢

あらすじ

日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?

本文

これは私が記録した、四十四本目の違和感いわかんである。

四十四本目は、私自身の、内側で、起きた。

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深夜、二時を、過ぎていた。

窓の外は、雨上がりだった。

その日の記録の整理は、すでに、終わっていた。

ノートを閉じ、ペンを、机の上に、置いた。

棚の上には、四十三本の蝋燭が、並んで、灯っていた。

四十四本目は、まだ、火を、つけていなかった。

ノートの表紙の、革の匂いが、机の上に、薄く、残っていた。

蝋燭の蝋が、台座の上に、薄く、固まっていた。

部屋は、静かだった。

物音は、何も、なかった。

外の道路を走る車の音さえ、いつもより、遠かった。

この静けさが、いつも、一番、落ち着く時間だった。

語り部かたりべたちの話を聞いた後、一人になって、ノートを整理する。

それが、私にとって、最も安定した、いつもの順番だった。

今夜も、そうだと、思っていた。

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最初は、ただの、耳鳴りだと、思った。

低く、長く、続く音。まるで、耳の奥で、何かが、軋むような音だった。

気のせいだと、思って、ペンを、もう一度、手に取った。

だが、耳鳴りには、言葉が、ない。

「やめろ」

短く、はっきりと、聞こえた。

外からでは、なかった。

頭の中から、聞こえた。

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私は、手を、止めた。

部屋を、見回した。

窓は、閉まっていた。

ドアも、閉まっていた。

スマートフォンの画面も、暗いままだった。

誰も、いなかった。

もう一度、同じ声が、した。

「やめろ」

続けて、別の声が、重なった。

「続けろ」

二つの声が、同時に、響いた。

低い声と、高い声だった。

性別も、年齢も、違っていた。

どちらも、私の声では、なかった。

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念のため、机の上の、ICレコーダーを、手に取った。

録音を、開始した。

声は、まだ、続いていた。

「やめろ」「続けろ」「やめろ」

三十秒ほど、そのまま、録った。

再生してみると、何も、入っていなかった。

ノイズすら、なかった。

波形を、もう一度、見た。

四十三話で見た、美咲の録音の、まっすぐな線と、同じ形をしていた。

あのときは、相手の声が、なかった。

今回は——私の声以外、何も、なかった。

声は、機械の外には、存在しないということだった。

念のため、もう一度、再生した。

結果は、同じだった。

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耳を、両手で、塞いだ。

意味は、なかった。

声は、外からでは、なかったから。

塞いだ手の中でも、同じ声が、同じ強さで、聞こえ続けた。

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目を、閉じた。

耳を、澄ませた。

確かめるためだった。

数えながら、紙に、棒線を、一本ずつ、書き足していった。

声は、増えていった。

三つ。四つ。五つ。

数えるうちに、止まらなくなった。

それぞれの声に、輪郭りんかくがあった。

同じ言葉を、繰り返す声はなかった。

重なって、ひとつの音の塊のように、聞こえているのに、

ひとつひとつを、別々に、数えることができた。

一つの声の高さが、どこか、聞き覚えのある響きに、似ている気がした。

別の声の、言葉の切りかたも、誰かの口調に、近い気がした。

だが、誰の声かと、考えようとすると、輪郭が、ぼやけた。

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七つだった。

七つの声が、重なって、聞こえた。

順番は、なかった。同時に、七つ、揃っていた。

それぞれが、別の、言葉を、話していた。

聞き取れない言葉が、ほとんどだった。

そのうち、一つだけ、聞き取れた言葉があった。

「お前を、記録している」

別の声が、すぐに、答えた。

「お前が、記録されるのを、見ている」

その二つの声の、後ろで——

残りの、五つは、何も、言わなかった。

笑っていた。

声は、左右からだけでは、なかった。

前からも、後ろからも、同時に、聞こえた。

頭の中に、方向という、感覚が、なくなっていた。

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声に、表情は、ない。

それでも、笑っているのが、分かった。

息の、間隔。

音の、揺れかた。

それが、笑い声の、形を、していた。

低く、短く、何度も、繰り返される、その揺れ。

五つ分、重なっていた。

部屋の中の、蝋燭の炎は、どれも、揺れていなかった。

ペンを持つ手の指に、力が、入っていた。

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何を、笑っているのか。

訊いても、答えなかった。

七つの声は、そのまま、重なったまま、静かになっていった。

消えた、わけではなかった。

ただ、聞こえなくなった、だけだった。

部屋の中の、空気だけが、まだ、わずかに、揺れている気がした。

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私は、ノートを、開いた。

「七つの声を、聞いた」と、書こうとして——

七、という数字を、書いた手が、止まった。

七人——

私が、これまで、記録してきた、語り部の、数を、数えた。

美咲。凛。桐生。陸。由香。千尋。

一人ずつ、名前を、紙の端に、書き出した。

六人だった。

もう一度、数えても、六人だった。

三度目も、変わらなかった。

声の数と、語り部の数を、並べて、見直した。

一つだけ、足りなかった。

差は、一人分だった。

七つ目の、声には——

まだ、名前が、なかった。

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その夜は、一睡もしなかった。

肩に、力が、入ったままだった。

時計を、見た。

三時を、過ぎていた。

私は、四十四本目の蝋燭に、火を、つけた。

棚の、左端の、一本目の炎が、また、右に、揺れた。

炎の高さは、変わらなかった。揺れたのは、方向だけだった。

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三十八話から、七話、連続だった。

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翌日、午後。

メールの受信箱に、新しい、取材申し込みが、一件、届いていた。

いつもなら、取材申し込みには、名前と、簡単な自己紹介が、添えられている。

今回は、それが、なかった。

件名は、なかった。

名前の欄も、空白だった。

本文には、一行だけ。

「私は、あなたが、記録しているものを、すでに、記録している」

差出人のアドレスを、確認した。

文字列だけが、並んでいて、誰のものか、分からなかった。

これは、七人目の、取材申し込みだった。

画面を、見つめたまま、数分が、過ぎた。

返信欄を、開いた。

何も、書けなかった。

画面を、閉じた。

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残り、五十六本。

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作者について

闇工房

闇工房

"正常"と"異常"の境界を、一話ずつ削り取る。 心理ホラー小説・TRPGシナリオを制作するソロクリエイター。 代表作は連作怪談「継承される百の違和感」—— 読み進めるうちに、あなたの"普通"...

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