その2:2026年7月12日日曜日・G県N市新町交差点「Barアムリタ」②
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
Kindle電子書籍「心(理×)霊カウンセラー」のスピンオフ第2弾 街の何でも屋。自称探偵・原アイラが今度は蹴っ飛ばす!? 「謎を解かない系探偵」が挑む1999年からの警告とは?
本文
=2=
最初の一杯から始まり、シンジュの準備した最初の一皿であるカレンの定番のサラダ、チーズの盛り合わせを摘まみながら、カウンターを囲む三人の、特に疲れた顔をしていたカレンの表情は目に見えて明るく、「日曜夜のBARアムリタ」は今夜も彼女に最高の癒しを与えている様子。アイラとナミは、その様子に笑顔に苦笑いを一つまみ落とした微笑みを浮かべる。
19時0分59秒。アイラは二杯目のビール、カレンはいつものカクテルの緑、ナミはクレイモアへと飲み物を変え、今週の出来事という話の花を咲かせていた。今週は相談者がとても多く、忙しかったと話すカレンとナミ。アイラはいつもと変わらずと話す中で、
「そういや、カレン。今月中はハルナ、こっちに帰ってきているぞ。」
「川崎さんが? 珍しいね。」
川崎ハルナ。アイラとカレン共通の友人であるバイク雑誌「月刊バイク旅」にコラムを寄稿するライターであり、YouTubeチャンネル「川崎ハルナの探訪記」を運営する人気モトブロガー。いつもどこかにバイク旅に出ていて、彼女の地元であるN市の隣、E市に戻ることはないのだが、
「8月から北海道だから、今月は地元を中心に回るんだってさ。今日の午前中、撮影補助を頼まれてさ。時間を合わせてまた一緒に走りたいねって言っていたぜ。」
「いいねー、ぜひ行きたいって伝えてくれるかな。」
「了解だ。話しておくよ。そうとなれば早いうちに話しておかなきゃな。8月には北海道だし。」
趣味も性格も正反対なアイラとカレン。その二人が仲良く楽しそうに会話している様子を【ニンニコニコニコ】と、少し意味あり気な笑顔で見ているナミ。そんな様子をカウンター越しに【シャラーン】と見守るアオイとその隣で【ポカポカリ】と笑顔を浮かべるシンジュ。
時間が【ふわらさ】と流れていく和気藹々の中、ふと、そこにシンジュは思い出したのか“アイラの眉間のしわ一本”の話を、まるでグラスを【コトッツ】と置くかのように差し出した。
◇◆◇
「アイラちゃん。最初の眉間のしわ一本、無くなったね。」
シンジュのその言葉が、カウンターを強固に支配していた、まったりとした空気を一変させた。アイラは【あ……】と口を開け、シンジュは【あ~】と苦笑い。そして、その様子に何かを察したのか、カレンが話をねじり込む。
「眉間のしわって……アイラ、何か悩んでる?」
「あ、私知っています! アイラさんの悩みは……こぃ」
「わぁぁぁ、ちがう、ちがう! ナミちゃんそれは違うぞー!」
思わず慌ててナミの発言を止めるその【アタワタフタラ】した様子に、一同ドッと笑い声をあげる。その声の大きさは、大げさに言えば「店内の照明が揺れるほど」だった。
「おー、アイラちゃん、聞きたいな~その、お・悩・みっ」
「こ、こらシンジュさんー、違うだろ、さっきの話、ミシェルの話だよ、ミシェル・ド・ノートルダム!!あのおっさんの話!」
ミシェル・ド・ノートルダム。アイラからその名前を聞いた瞬間、左隣に座るカレンの眉が【ピクピリキーン】と、僅かに――だが確実に動いたことを、誰もが見逃してはいなかった。
「ミシェル・ド……ノートルダム? あのおじさん?」
アイラの口から飛び出した聞き慣れないその名前を、カレンを挟んだ左隣のナミが復唱するようにして聞き返す。それに素早くこたえたのは、アイラではなくカレンの方だった。
「うん、ミシェル・ド・ノートルダム。多分ナミちゃんには“ノストラダムス”と言った方がわかる…かな?」
そう言うカレンの言葉トーンが最後【フォン】と上がったのは、ナミが24歳で1990年代を知らないかもしれないことからなのだが、ナミは大の怖いもの好き。どこか得意気にニッコリと微笑みを浮かべると、右手でグッとサムズアップを見せ、
「もちろん知っています! 恐怖の大王が降りてこなかった人ですね!」
まあ、その通りである。その通りなのだが、ここにいるナミ以外の四人は“1990年代を生き、その頃の世間の空気”を知っている。だから四人にとっては「恐怖の大王が降りてくる人」という認識だ。
その年齢差から生まれたジェネレーションギャップ的なナミの言葉に、4.3113秒の間を開け、四人は思わず大きな声で笑ってしまった。
その声の大きさは、大げさに言わなくとも「店内の照明が揺れるほど」だった。
◇◆◇
先週月曜日の寄合館での“N市駅前商店街のマダムマドモアゼル”と店主・荻原ミドリの会話、そして彼女たちが帰った後の、ミドリ、カレン、アイラの三人で交わした会話について、いつものカクテル――ユニコーン:緑に口をつけながら淡々と話すカレンと、それを聞いたアオイ、シンジュ、ナミの三人。
「へえー、寄合館のミドリさんって、そういう話が好きなタイプだったんだ。」
意外そうに目を丸くしてそう言うシンジュに、カレンは続けて、
「好きなタイプというより、あの年頃の人ってみんな、好き嫌い関係なく“誰もが知っていた”んじゃないかな。まあ、それのおかげで……」
「そうねぇ、あの頃のカレンちゃん、眉間がしわしわだったもんね。カレンちゃんだけじゃなく、レイアちゃんも。もう何と言うか、毎日怒っているのかと思っちゃった。」
今度は【ニャンヤ~】と、悪戯っぽい苦笑いを浮かべ息を吐くシンジュ。それの後を追うように、【ニ~ヤァ~リ~】と笑みを浮かべたアイラが、当時の本音を言う。
「いや、俺は二人が毎日怒っているようにしか見えなくて、声をかけるのが怖かったぜ……下手に声をかけたら“大霊界まで吹っ飛ばされそう”でさっ。」
大霊界まで吹っ飛ばす。アイラのその言葉がツボにはまったのか、またまた起こる大爆笑。そして思わずカレンは恥ずかし気に【イヤハヤ】と苦笑いを浮かべていた。
「まあ……全部ではないにしても“あれ”のせいで本当に忙しかったわけだし……」
ふう、と大きな人息を吐き、グラスをカウンターに【ット】と静かに置いたカレン。そしてその頃を知る三人は、彼女のそんな様子にお互いのその頃を思い出し、ウンウンとしばし思いをその時代へと飛ばしていたのだが……
「あの……カレンさん。1990年代って、どんな感じだったんですか?」
その言葉で、ナミがその場でひとり2026年に置いて行かれていることに皆が気付き、おっとと、話を一度ここで止めた。
2002年生まれの真城ナミ。24歳の彼女が1990年代の出来事を知らないのは当然である。だが、2026年という現代、それを知るのに手軽で様々な方法がある。
最も手っ取り早いのがネットでの検索。様々な「あの頃を語るサイト」や「懐かしいあの頃を思い出させるYouTube動画」が続々とHITし、そこから様々な“あの頃”を知ることはできる。だが、それはあくまで文字情報であり、視聴する中での情報――
「でも、皆さんの感じて来た1990年代を知りたいんです。」
その時代を生きた人々がリアルに感じた空気は、その時代を生きた人から直接聞くことで感じられる、と話すナミ。彼女を囲む“その時代の空気を実際に感じて来た四人”は、「おおー」と目を丸くする。
「うーん、カレンお姉さん。この二年で本当に妹ナミちゃんは成長したなぁ。」
「ふふ。私の自慢の後輩だからね、ナミちゃんは。」
アイラとカレンのそんな言葉に、頭をかきながら照れ笑いを浮かべ【ペロ】っと悪戯っぽく舌を出すナミ。 そして、カレンは1970年代から2000年に渡る、三十年を凝縮した話をナミにし始めた。
◇◆◇
アイラたちにとって、カレンの話す1970年から2000年頃の「オカルトブーム」や「終末予言」の話は、その時代に生まれ生きていた人々にとって何ら知らない話ではない。だが、そんな話をナミはとても興味深そうに聞き入っている。
カウンターの向かい側に立つアオイとシンジュは静かに【ウンウン】と思い出すようにうなずき、カレンの右隣に座るアイラは時折苦笑いを浮かべながら【ウンウン】と思い出すようにその話を聞いていたのだが……
(ん?)
カレンの話が、1990年代半ばから2000年に入り始めた頃から、ナミの表情に【んん?】という、何かをどこかで「見ていたことがある」かのようにも取れる、けげんな表情が僅かに浮かんでいることを、アイラは見逃していなかった。
だが、それを他所にか、それとも知っていながらもあえてなのか、カレンは自然な表情のままで話を続けている。
「――と、そんな時代だった、というお話。どうだった、ナミちゃん。質問はある?」
30年という時間を、5分という時間まで強引に縮め、簡潔明瞭でわかりやすくナミに話したカレン。それを逃すことなく聞いていたナミだったが、ここで彼女から意外な言葉を聞くことになるのを、誰もが予想していなかった。
「カレンさん。1990年代って、何だか“現在”みたいですね。」
その言葉から次の話に繋がるまで、アイラは、カレンは、アオイは、シンジュは――9.3522秒間、それぞれの顔を見合わせる。漫画的表現で語るとすれば四人の頭上には大きな【?】が、同時に【ポワァァン】と勢いよく浮かんでいる、そんな様子だった。
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