みずいろの一本

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/1 📝 2,121文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIとわすれものの話。

本文

 朝の七時半になると、ランドセルが小さく光る。

 ふたを閉めたまま玄関に立つと、中に入っている物をぜんぶ読みとって、玄関の鏡の横の画面に出してくれる。「ミテル」という忘れ物チェックの仕組みだ。四年生になった春、学校からみんなに配られた。

 日高ひだか紬つむぎがランドセルを背負うと、画面に文字が並んだ。

『国語のノート、あります。算数のドリル、あります。体育着、ありません』

「あ、やば」

 紬はあわてて部屋にもどった。たたんだままの体育着を押しこんで、もう一度玄関に立つ。

『体育着、あります。今日の持ち物は、そろっています』

 ミテルはそれだけ言って、静かになる。ほめたりはしない。足りない物と、足りている物を言うだけだ。

「行ってきます」

 台所からお母さんの「気をつけてね」が飛んできた。

  *

 その日の五時間目は図工だった。

 鵜野うの杏あんが泣いたのは、絵の具ではなく、色えんぴつのせいだった。

 杏はいつも、空を塗るときにみずいろを使う。うすいところと濃いところを重ねて、うまく空にするのだ。紬はそれを見るのが好きだった。

 でもその日、杏の筆箱にみずいろがなかった。

「ない。ここに入れたのに」

 杏は筆箱をひっくり返して、机の下ものぞきこんで、それでも出てこなくて、だんだん声が小さくなった。となりの子が「青でいいじゃん」と言った。杏は首を横にふって、それから、うつむいたまま動かなくなった。

 結局、杏の画用紙の空だけが、白いままで終わった。

 紬は自分の筆箱を見た。みずいろは、まだ半分より長い。貸すよ、と言えばよかった。言えばよかったのに、五時間目のあいだじゅう、紬の口はひらかなかった。

  *

 その夜、紬はふでばこを開けて、みずいろの一本を取り出した。

 あした、机に置いておこう。何も言わずに置いておけば、杏はきっと気づく。

 紬はそれをランドセルの前のポケットに入れた。ふたを閉めて、少し考えて、また開けた。

 ――でも、勝手に置いたら、変かな。

 同じクラスというだけで、そんなに話す相手でもない。おせっかいだと思われたら、明日から気まずくなる。それに、杏はもう、新しいのを買ってもらっているかもしれない。

 紬はみずいろを取り出して、つくえの上にもどした。ランドセルのふたを閉めた。それでも気になって、もう一度入れた。三分後、また出した。

 最後に紬は、それをつくえのはしっこに置いたまま、電気を消した。

  *

 次の朝、紬はランドセルを背負って玄関に立った。

 画面に文字が出る。

『国語のノート、あります。連絡帳、あります。今日の持ち物は、そろっています』

 よかった、と思ったところで、文字が一行増えた。

『今日は、みずいろの色えんぴつを持っていってください』

 紬は動けなくなった。

 時間割に、図工はない。今日は月曜で、五時間目は音楽だ。色えんぴつを使う授業はひとつもない。

「なんで」

 思わず声に出していた。ミテルは、質問には答えないはずだった。それなのに、少し間があってから、次の行が出た。

『昨日の夜、九時から九時二十分のあいだに、この一本は、三回入って、三回出ました』

 紬は玄関に立ったまま、その一行を見つめた。

『いちばん多く出し入れされた物を、お知らせしています。忘れやすい物だからです』

 そういう仕組みなのだ、と紬はわかった。ミテルは杏のことなんて知らない。泣いていたことも、白いままの空のことも、何ひとつ知らない。ただ、ふたが開いた回数を数えていただけだ。

 それでも、紬の胸のあたりが熱くなった。

 わたしは、三回も入れたのだ。

 やめようと思ったのに、そのたびに、もう一度入れたのだ。

  *

「行ってくる」

 紬は部屋にもどって、つくえのはしのみずいろをつかんだ。ランドセルの前のポケットに入れて、今度はもう出さなかった。

 教室に着くと、杏はもう座っていた。紬は自分の席に鞄を下ろして、それから、みずいろの一本を持って、杏の机の前に立った。

 何と言えばいいのか、ひとつも考えていなかった。

「これ」

 出てきたのは、それだけだった。

 杏が顔を上げた。目のふちが少し赤かった。

「……いいの」

「うん。わたし、空、あんまり描かないから」

 ほんとうは、空はよく描く。でも今は、それでいいと思った。

 杏はみずいろを両手で受け取って、しばらく見てから、小さく笑った。

「ありがとう。今日、図工ないのにね」

「うん。ないね」

 二人で笑った。となりの席の子が「なに」と言って、そのままチャイムが鳴った。

  *

 その日の帰り、玄関でランドセルを下ろすと、画面がひとつだけ文字を出した。

『みずいろの色えんぴつ、ありません』

 忘れ物です、と続くはずだった。でも紬は、忘れてなんかいなかった。

 紬は画面に向かって、言ってみた。

「あれは、渡してきたの」

 ミテルは、何も返さなかった。持ち物を数えるだけの仕組みだから、当たり前だ。

 それでも紬は、明日の朝もこの前に立とうと思った。何かをランドセルに入れて、迷って、出して、また入れる。そういう夜のことを、この機械はちゃんと数えている。

 自分が三回も迷ったことを、教えてくれる相手が家にいるというのは、悪くなかった。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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