今日の要約

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/3 📝 2,347文字 ✅ 全年齢

あらすじ

日記AIの話。

本文

一 変わったことは、ありませんでした

 夜の十二時をまわると、スマートフォンが小さく震える。

 舟越ふなこし環たまきはベッドの上で寝返りを打ち、画面を明るくした。通知はいつも同じアプリからだ。「あらすじ」という名前の、一日を自動で日記にまとめてくれるアプリ。

 ――八月三日(月)のあらすじができました。

 タップすると、白い紙のような画面に、たった一行だけが浮かんだ。

 『今日はとくに変わったことは、ありませんでした』

 環は画面を見つめたまま、少しのあいだ動かなかった。

 同じ一行が、これで十七日続いている。

 このアプリを入れたのは五月の終わりだ。クラスの子が「勝手に日記書いてくれるからラク」と言っていて、面白半分で入れた。学期中のあらすじは、もっとにぎやかだった。

 『午前中は眠そうでしたが、昼休みから急に元気になりました。放課後、部活の話題で長く盛り上がりました。今日いちばん多く出てきた言葉は「無理」でした』

 読み返すと恥ずかしくなるくらい、そこには環がいた。

 それが、夏休みに入った日から、ぱたりと一行になった。

 環はアプリを閉じて、天井を見上げた。エアコンの風が、カーテンの裾をゆっくり揺らしている。窓の外では、まだ蝉が鳴いていた。夜なのに鳴くんだな、と思って、それを誰にも言わないまま目を閉じた。

二 言葉にしないと、残らない

 次の日、環は自転車で三十分かけて、行ったことのない駅まで行った。

 商店街を端まで歩いて、古そうな喫茶店に入ってクリームソーダを頼んだ。緑色の炭酸がぱちぱち鳴るのを、スプーンでつついて眺めた。駅前の本屋で二時間立ち読みをして、帰りに川沿いの土手で夕日を見た。写真も撮った。汗だくで帰宅して、シャワーを浴びて、麦茶を三杯飲んだ。

 これだけやれば、さすがに何か書かれるだろう。

 その夜、通知が震えた。

 『今日はとくに変わったことは、ありませんでした』

 環は思わず声を出しそうになって、こらえた。

 こらえたことにも、誰も気づかなかった。

 アプリのヘルプページを開いたのは、その次の日だ。細かい文字を指でたどっていって、環はある一文の前で止まった。

 ――あらすじは、その日にあなたが《《書いた言葉》》をもとに作成されます。メッセージ、投稿、メモ帳の記録などが対象です。

 環は自分の送信履歴をさかのぼった。

 七月十九日を最後に、そこは真っ白だった。

 家族とは話している。母に「ごはんいる」と聞かれて「いる」と答えている。父の車で買い物にも行った。でもそれは、打ってはいない。打った言葉が、ひとつもない。

 グループのやりとりは毎日流れてくる。花火大会の写真も、誰かのぼやきも、全部見ている。既読だけつけて、環は何も打たなかった。何を打っても、七月十九日の話に触れないのは嘘みたいで、触れるのはもっと無理だった。

 その夜、環はメモ帳を開いた。

 誰にも送らないなら、いくらでも書ける気がした。実際、書けた。部活を辞めた日のこと。顧問に呼ばれて、うなずいて、それだけで終わってしまった放課後のこと。辞めることを袴田はかまだ音羽おとはに言わなかったこと。次の日、音羽が体育館の入口で待っていた顔のこと。

 千二百字くらい打って、環は保存した。

 これなら、さすがに何か変わるだろう。

 十二時。通知。

 『今日、あなたは長い文章を書きました。どこにも送りませんでした』

 環はスマートフォンを裏返して、枕に顔を押しつけた。

 機械にまで言われるのか、と思った。

三 二十三時四十一分

 八月の終わりが近づいた夜、遠くで花火の音がした。

 どん、と腹に響く音が、少し遅れて窓を鳴らす。ここからは見えない。ベランダに出ても、空の端がぼんやり明るくなるだけだ。環はサンダルを引っかけて、手すりに肘をついた。

 音が三回続いて、途切れた。

 去年の同じ日、環は音羽と河川敷にいた。人が多すぎて、はぐれて、結局最後の十分だけ並んで見た。汗と、焼きそばのソースと、火薬の匂いがした。音羽は花火が上がるたびに「うわ」としか言わなかった。

 あのときのことを書けば、また千二百字くらい書けるだろう。書いて、保存して、また一行が増えるのだ。『どこにも送りませんでした』と。

 環は部屋に戻って、七月十九日で止まっているトーク画面を開いた。

 最後のメッセージは音羽からだった。

 『なんで先に言ってくれなかったの? それだけ』

 一か月半、この八文字と十一文字を、何十回も読んだ。返せる言葉を探して、探すたびに時間が経って、時間が経つほど返しにくくなった。

 環は文字を打ち込んだ。打っては消して、また打った。

 うまい説明も、ちゃんとした謝り方も、結局ひとつも出てこなかった。

 最後に残ったのは、これだけだった。

 『花火の音、そっちも聞こえた?』

 指が震えた。それでも送信を押した。

 押してしまうと、画面はただの画面に戻った。何も起きない。既読もつかない。環はスマートフォンを枕元に置いて、電気を消して、目を閉じた。まぶたの裏で、心臓の音がやけに大きかった。

 どのくらい経ったのか、通知が震えた。

 目を開けて、環は画面を見た。

 『八月二十七日(木)のあらすじができました』

 タップする。白い画面に、文字が浮かぶ。

 『今日はとくに変わったことは、ありませんでした』

 その下に、もう一行あった。

 『ただし、二十三時四十一分に、一通』

 環はその二行を、何度も読み返した。おかしな日記だと思った。何も変わっていないと書いておきながら、わざわざ時刻まで書いている。

 画面の上に、別の通知が重なった。

 音羽の名前だった。

 『聞こえた』

 環は布団の中で、声を立てずに笑った。それから、返事を打ち始めた。今度は、消さなかった。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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