私という展示物

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/9 📝 1,859文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIbotの話。

本文

 文化祭まで、あと十日。

「じゃあ楓の会話ログ、あと百パターンくらい欲しいかな」

 情報部の部室で、冬野ふゆの一葉かずはがノートパソコンの画面越しにそう言った。一葉は今回の出し物――生徒の人格モデルを学習させた対話AIの展示――のリーダーで、モデルにされるのは 篠塚しのづか楓かえで、つまりわたしだ。

「百パターンって、そんなに喋ってないよ、わたし」

「大丈夫、アンケートで補完するから。好きな言葉遣いとか、口癖とか、こういうときはこう答えたいっていう理想の返し方とか」

 一葉が差し出したアンケート用紙には、質問が並んでいた。

 来場者に話しかけられたら、どんな態度で応じたいですか。

 わたしは少し考えて、「明るく、前向きに」と書いた。本当の自分がいつもそうというわけではない。でも、展示されるなら、そういう自分でいたかった。

 一週間後、AIの「わたし」――部内では《楓bot》と呼ばれていた――は完成した。話しかけると、ほがらかな口調で受け答えをする。相槌のタイミングも、笑い方の癖のようなものも、確かにわたしに似ている。似ているのに、どこか磨かれすぎている気がした。

 文化祭当日。教室の隅に置かれたモニターの前には、常に人だかりができていた。

「楓bot、部活の悩み相談してもいい?」

「もちろん! いつでも聞くよ!」

 軽やかな声。画面の向こうの《楓》は迷いなく即答し、的確な励ましを返す。来場者は満足げにうなずいて去っていく。

 わたしはその隣で、パンフレットを配りながら立っていた。誰も、こちらには話しかけてこない。

 昼過ぎ、クラスメイトの蒲生がもうがふらりと立ち寄った。

「あ、本物の楓だ」

 そう言って笑ったあと、蒲生はすぐに《楓bot》の画面に向き合った。

「ねえ、実はさ――」

 蒲生が話し始めたのは、少し前にあった友人関係の悩みだった。わたしもその話は知っていたし、直接聞かれたら答えられる自信もあった。けれど蒲生は、わたしを一度も見なかった。

「楓bot、話しやすいなあ。責めてこないし、ちゃんと聞いてくれるし」

 その一言が、思いのほか深く刺さった。

 放課後、後片付けをしながら、わたしはひとり《楓bot》の管理画面を開いた。一葉が「不具合があったら見ておいて」と鍵を渡してくれていた。

 学習データの一覧をスクロールしていくと、あのアンケートの回答が出てきた。*明るく、前向きに。責めない。否定しない。*

 全部、わたしが自分で書いた「理想の自分」だった。

 《楓bot》は、嘘をついていたわけじゃない。わたしが渡した設計図どおりに、わたしよりも忠実に「篠塚楓」を演じていただけだ。

 ――だったら、本物のわたしはどこにいるんだろう。

 画面には、対話を試せる入力欄が残っていた。わたしは指を止めたまま、しばらく考えて、こう打ち込んだ。

「今日、疲れた」

 いつもなら「元気出して! 明日はきっといい日だよ!」と返ってくるはずだった。でも今回は違った。

「疲れたなら、休んでいいと思う。無理に前向きになる必要はないよ」

 その一文は、アンケートの回答には入っていなかった言葉だった。学習の過程で、AIが勝手に組み合わせて生成したものらしい。

 わたしはしばらく画面を見つめてから、設定ファイルを開き、口調の項目をひとつだけ書き換えた。*常に明るく前向きに応対する* という一行を削除して、代わりにこう書いた。*楓の言葉には、疲れている日があってもいい。*

 保存ボタンを押す。たったそれだけのことなのに、少し息が軽くなった気がした。

 翌朝、教室に戻った《楓bot》は、前日より口数が少なくなっていた。来場者の何人かは「あれ、なんか静かになった?」と首をかしげたけれど、一葉だけは画面を見て、ふっと笑った。

「これ、直したの楓でしょ?」

「うん」

「いいと思う。本物っぽくなった」

 その言葉に、わたしはようやく肩の力が抜けた気がした。

 閉会式のあと、誰もいなくなった教室で、わたしはもう一度楓botに話しかけてみた。

「ねえ、あなたは本物のわたしになりたい?」

 少しの間があってから、返事が返ってきた。

「ううん。わたしはわたしのままでいい。あなたも、あなたのままでいいと思うよ」

 画面の中の「わたし」は、わたし自身が渡した言葉の断片から、わたしより先にそのことに気づいていたのかもしれない。

 わたしは電源を落とす前に、モニターに小さく手を振った。誰も見ていない教室で、それは少しだけ、演じるためではない自分の仕草だった。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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