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アクトと黒曜 ――銃声と魔法、軽口と理屈。関係に名前をつけないまま、共に走る

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/27 📚 シリーズ: アクトと黒曜 ――銃声と魔法、軽口と理屈。関係に名前をつけないまま、共に走る 📝 11,054文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

魔法使いとサイバーサムライ。 理屈っぽい二人のシャドウランナーが、銃と魔法と軽口を交わしながら第六世界を走るバディストーリー。 関係に名前をつけないまま、それでも互いの背中は預けられる。 『Shadowrun』を原作とする二次創作作品です。

本文

CROW SYSTEM / SEPARATION EVENT

SUBJECT B WITHDRAWAL: VOLUNTARY

SUBJECT A PURSUIT: IMMEDIATE

MUTUAL ASSOCIATION TERMINATION: FAILED

RETURN DECISION: SELF-SELECTED

RELATIONSHIP STATUS: SELF-MAINTAINING

CROWシステム/分離事象

対象Bの離脱:自発的

対象Aの追跡:即時

相互関係の終了:失敗

帰還判断:自己選択

関係性の状態:自己維持中

黒曜が退院したのは、銃撃から十二日後だった。

 退院といっても、完全に治ったわけではない。

 左脇腹には再生促進材と生体接着剤で閉じられた傷が残り、医師からは少なくとも一週間の安静を命じられていた。

 重い物を持たない。

 激しく動かない。

 魔法を行使しない。

 特に、強いドレインを伴う術式は絶対に避ける。

 ストリートドクは三度念を押した。

 黒曜は三度とも、

「理解しています」

 と答えた。

 その返事を聞くたびに、アクトは信用を失った。

「理解しとる奴は、病室で勝手に荷物まとめへんねん」

「退院許可は出ています」

「今出たとこやろ」

「したがって、荷造りに問題はありません」

「まだ先生が説明しとる途中やったやんけ」

「説明内容は事前に予測可能でした」

「予測で退院すんな」

 黒曜は黒い旅行鞄を閉じた。

 普段の大きな帽子は鞄の上に載せられている。

 ローブも戦闘用ではなく、装飾の少ない薄手のものだった。

 病室の白い照明の下では、いつも以上に細く見える。

 アクトは壁にもたれ、腕を組んだ。

 赤い帽子。

 赤い眼鏡。

 銀色の四肢。

 十二日間、ほぼ毎日そこにいた。

 最初の三日は病室の椅子で寝た。

 四日目に看護用ドローンから追い出され、廊下のベンチで寝た。

 五日目からはストリートドクが諦め、簡易ベッドを置いた。

 黒曜は一度も、帰れとは言わなかった。

 礼も言わなかった。

 ただ毎朝、目を覚ますたびにアクトがいることを確認し、そのあとで、

「まだいたのですか」

 と言った。

 アクトは毎回、

「今来たとこや」

 と答えた。

 十二日間、同じやり取りだった。

 だが退院当日の黒曜は、朝から妙に静かだった。

 傷の状態を確認されても。

 処方薬を受け取っても。

 会計額を見ても。

 アクトが支払い端末へ手を伸ばしても。

「私が支払います」

 それだけだった。

「別にええで」

「私の治療費です」

「半分は仕事中の怪我やろ」

「全額、私の責任です」

「何でやねん」

「不合理な攻撃行動を選択したためです」

「撃った奴が悪いやろ」

「被弾を回避できなかったのは私です」

「弾避けられへん奴が悪い理屈なら、世の中の被害者ぜんぶ悪なるぞ」

「一般論の話はしていません」

「ほな、何の話しとんねん」

 黒曜は答えなかった。

 支払いを済ませ、鞄を持とうとする。

 アクトが先に取った。

「返してください」

「重いもん持つな言われたやろ」

「この程度は重くありません」

「基準はお前ちゃう。医者や」

「私の身体です」

「ほんま可愛げないな」

「あなたに評価される理由はありません」

 黒曜の声は平坦だった。

 いつもの口調。

 いつもの言葉。

 だが、何かが違う。

 言葉が全部、少しずつ遠い。

 病院を出る。

 雨は降っていなかった。

 雲の薄い午後。

 道の向こうを広告ドローンが飛び、路面へホログラムを投げている。

 アクトは黒曜の鞄を肩に担いだ。

「家まで送る」

「不要です」

「タクシー来るまで」

「不要です」

「ほな荷物返せ言うな」

「返してください」

「嫌や」

 黒曜が立ち止まる。

 アクトも止まった。

 人の流れが二人を避けていく。

「アクト」

「何や」

「治療は完了しました」

「してへん」

「入院治療は完了しました」

「安静一週間」

「自己管理できます」

「信用ない」

「私の生活に、これ以上あなたが関与する必要はありません」

 その言い方は、妙に整っていた。

 黒曜はきっと、何度も頭の中で繰り返したのだ。

 間違えないように。

 声が震えないように。

 余計な言葉を出さないように。

「何や、それ」

「説明した通りです」

「何の話や」

「共同任務についても、当面は停止します」

「傷治るまでやろ」

「期限は未定です」

「未定?」

「今後の協力関係そのものを再検討します」

 アクトは黒曜を見た。

 黒曜は視線を逸らさない。

 顔色も悪くない。

 姿勢も真っすぐだ。

 帽子をかぶっていないせいで、いつもより小さく見える。

 いや。

 小さく見えるのではない。

 逃げ道がないだけだ。

「再検討して、どうすんねん」

「解消する可能性があります」

「何を」

「私たちの共同活動を」

「理由は」

「戦術的相性に問題があります」

 アクトは少し黙った。

「今さら?」

「今回、明確になりました」

「あたしら、生きて帰ったやん」

「結果論です」

「戦術としては悪くなかった」

「あなたの判断が乱れました」

「乱したんは敵や」

「私です」

「何でお前やねん」

「私が被弾したため、あなたは撤退計画を変更した」

「そらするやろ」

「冷静さを失った」

「失ってへん」

「手が震えていました」

 アクトの口が止まった。

 黒曜は続ける。

「本来なら、私を残して離脱する選択肢もありました」

「ない」

「ありました」

「ない言うとるやろ」

「戦術上は存在します」

「選ばん選択肢は、ないのと同じや」

「それが問題です」

 黒曜の声が少し低くなる。

「あなたは私を優先する」

「共同任務やからな」

「任務の範囲を超えています」

「ほな、お前はどうや」

「何がです」

「あたしが倒れたら置いてくんか」

「状況によります」

「嘘つけ」

「合理的に判断します」

「嘘や」

「根拠のない断定です」

「前にドレインで立てんようなっても、魔法使おうとしたやろ」

「必要だったためです」

「あたし守るためやった」

「任務遂行のためです」

「そうやって、全部言い換えたら済む思うなよ」

 黒曜の目がわずかに揺れた。

 アクトは鞄を地面へ置いた。

「お前、あの教官に言われたこと気にしとるんやろ」

「無関係です」

「嘘や」

「虚偽ではありません」

「ほな何で、治った途端あたし切ろうとすんねん」

「治ってはいません」

「そういう細かい話ちゃうわ!」

 通行人が振り返る。

 アクトは声を抑えた。

「同情されとる思うたんか」

 黒曜は答えない。

「かわいそうやから、あたしがおると思うた?」

「その可能性は否定できません」

「否定せえ」

「判断材料が不足しています」

「本人が否定しとるやろ」

「本人の自己認識が事実と一致するとは限りません」

「ほんま、お前は……」

 アクトは言葉を切った。

 怒鳴りたい。

 肩を掴んで揺らしたい。

 だが傷がある。

 強く触れない。

 それが余計に腹立たしい。

「黒曜」

「何です」

「お前、あたしを馬鹿にしとるやろ」

「そのような意図はありません」

「自分の気持ちも分からん馬鹿や思うとる」

「感情認識に不正確な点があることは事実です」

「お前に言われたないわ!」

 黒曜がわずかに顔を背けた。

「ともかく」

「終わらすな」

「共同活動の停止は決定です」

「勝手に決めんな」

「私が参加しなければ成立しません」

「ほな、あたしも勝手に決める」

「何をです」

「お前が勝手に消えんよう見張る」

「迷惑です」

「知るか」

「合理的理由がありません」

「嫌やからや」

「何が」

「お前が勝手に消えんのが」

 黒曜は黙った。

 アクトは鞄を持ち上げる。

「家まで送る」

「不要です」

「送る」

「拒否します」

「ほな、ここで一生立っとくか?」

「タクシーを呼びます」

「一緒に乗る」

「なぜです」

「見張る言うたやろ」

「あなたは本当に……」

 黒曜はため息をついた。

 その吐息が、少しだけいつもの黒曜に戻っていた。

 だが結局、タクシーは別々に乗った。

 黒曜が先にドアを閉めたからだ。

 アクトは追わなかった。

 追えなかった。

 窓の向こうで黒曜は一度も振り返らなかった。

     ◆

 三日後。

 アクトの端末に、フィクサーから連絡が入った。

 内容は短い。

 魔法関連の小口依頼。

 違法タリスモンガーの倉庫から、呪物を一つ回収。

 警備は少数。

 依頼主は品物を壊さないことを希望。

 報酬は低い。

 アクトは画面を見て眉を寄せた。

「何であたしに」

『お前にじゃない』

「ほな誰や」

『黒い魔女さんだよ』

 アクトの声が止まる。

『一人で受けるってさ。お前とは当面組まないとも言ってた』

「いつや」

『今朝』

「場所」

『教える義理は』

「報酬の一割」

『二割』

「一割」

『一割五分』

「急げ」

 フィクサーから座標が届く。

 市街地外縁部。

 旧物流区画。

 黒曜の家から車で十五分。

 アクトは立ち上がった。

 ライフルを掴む。

 赤い帽子をかぶる。

 玄関を出る直前、少し迷って医療キットも持った。

     ◆

 倉庫は、使われなくなった高架道路の下にあった。

 錆びたシャッター。

 薄汚れた企業看板。

 周囲には違法露店と修理工場が並び、どこからか金属を切る音が聞こえる。

 アクトが着いたとき、倉庫の横扉はすでに開いていた。

 内側に警備員が一人倒れている。

 死んではいない。

 眠っている。

 黒曜の術式だ。

「安静一週間言われとったよな」

 アクトは銃を抜く。

 内部へ入る。

 積み上げられた木箱。

 吊り下げられた古い照明。

 空気に、香と薬品が混じった匂いがある。

 魔法的な品物が多い場所は、アクトにはいつも息苦しく感じられた。

 ウサ耳センサーが音を拾う。

 奥。

 複数の足音。

 低い話し声。

 何かが割れる音。

 そして、黒曜の声。

「それ以上近づかないでください」

「もう来たんかい!」

 アクトは走った。

 棚の角を曲がる。

 倉庫中央。

 黒曜が三人の男に囲まれている。

 一人は拳銃。

 一人は電撃警棒。

 一人は、魔法使いらしい。

 袖口に護符。

 手には短いワンド。

 黒曜はいつものローブを着ていた。

 大きな帽子。

 杖。

 だが立ち方がおかしい。

 左側を庇っている。

「お前!」

 アクトの声に、全員が振り返る。

 黒曜だけが、露骨に嫌そうな顔をした。

「なぜここにいるのです」

「それ、こっちの台詞や!」

「依頼です」

「療養は!」

「終了しました」

「してへん!」

 拳銃を持った男がアクトへ照準を向けた。

「増援か!」

「ちゃう!」

 アクトは即答した。

「いや、増援や!」

「どちらですか」

「お前は黙っとけ!」

 銃声。

 アクトは棚の陰へ滑り込む。

 弾丸が箱を割る。

 中から乾燥した植物片が舞った。

「商品壊すな言われとるんやろ!」

「あなたが敵を刺激したためです」

「囲まれとった奴が言うな!」

 黒曜が杖を振る。

 拳銃の男の視界が乱れた。

 男は誰もいない方向へ三発撃つ。

 幻影。

 その隙にアクトが飛び出す。

 拳銃の男へ接近。

 手首を掴む。

 銀色の指が骨の手前で止まる。

 捻る。

 銃が落ちる。

 腹へ肘。

 男が崩れた。

 電撃警棒の男が黒曜へ走る。

 黒曜は術式を組む。

 紫晶が光る。

「魔法使うな!」

「すでに使用しています!」

「強いやつや!」

「強度は適正です!」

 電撃警棒が振り下ろされる。

 黒曜は避ける。

 だが左脇腹が引きつる。

 動きが遅れる。

 警棒の先端が肩へ触れた。

 放電。

 黒曜の身体が跳ねる。

「黒曜!」

 アクトが男へ体当たりする。

 銀色の肩が胸へ入る。

 男は数メートル飛び、木箱へ突っ込んだ。

 箱が崩れる。

「商品!」

「知るか!」

「依頼条件違反です!」

「お前の傷開くよりマシや!」

 魔法使いがワンドを向ける。

 見えない力がアクトを横から打った。

 身体が棚へ叩きつけられる。

 金属棚が歪む。

 アクトのサイバーアイに警告が走る。

 損傷軽微。

 問題なし。

「一人で受ける相手ちゃうやろ!」

「事前情報では覚醒者はいませんでした」

「またか!」

「今回は情報提供者の過失です」

「前も似たこと言うとったぞ!」

 魔法使いが次の術式へ入る。

 黒曜も杖を上げた。

 紫と青の光がぶつかる。

 対呪文。

 空気が鳴る。

 黒曜の顔が歪んだ。

 傷ではない。

 ドレイン。

「やめろ!」

「干渉しないでください!」

「お前まだ治っとらんやろ!」

「勝てます!」

「勝つ必要ない!」

 アクトは腰から煙幕弾を抜いた。

 床へ転がす。

「また煙ですか!」

「文句言うな!」

 白煙が広がる。

 視界が塞がる。

 魔法使いが咳き込む。

 黒曜が何か言う。

 聞こえない。

 アクトのウサ耳センサーが位置を拾う。

 右前方。

 足音。

 アクトは低く走り、煙の中から魔法使いへ組みついた。

「なっ――」

 ワンドを持つ腕を上へ逸らす。

 もう片方の手で胸倉を掴む。

 足を払う。

 床へ倒す。

 そのまま腕を極める。

「動くな。折るで」

「撃て!」

 誰かが叫ぶ。

 倒れていた拳銃の男が起き上がっている。

 アクトへ向けて銃を拾う。

 銃声。

 弾丸がアクトの背中へ当たる。

 装甲で止まる。

 二発目。

 三発目。

 火花。

「アクト!」

 黒曜の声。

 アクトは伏せない。

 押さえ込んだ魔法使いを盾にも使わない。

 ただ顔を上げる。

「撃たれても平気や!」

「知っています!」

「ほな魔法使うな!」

 黒曜の術式が放たれる。

 不可視の衝撃が、拳銃の男を正面から打つ。

 男は壁へ叩きつけられ、動かなくなった。

 同時に、黒曜が膝をつく。

「阿呆!」

「必要でした」

「またそれか!」

「あなたが撃たれていました」

「平気言うたやろ!」

「知っています」

「ほな何で!」

 黒曜は返事をしなかった。

 アクトは押さえていた魔法使いの首へスタンバトンを当てる。

 短い放電。

 男が意識を失う。

 倉庫が静かになる。

 煙。

 倒れた敵。

 壊れた箱。

 その中央で、黒曜は床へ片膝をついていた。

 左脇腹を押さえている。

 黒い手袋の下から、赤いものが見えた。

 アクトの頭が冷たくなる。

「見せろ」

「必要ありません」

「見せろ!」

 アクトが黒曜の手を退ける。

 ローブの左側。

 乾きかけた傷の上に、新しい赤が滲んでいる。

 大量ではない。

 だが確実に開いている。

「何が治療終了や」

「表層が一部開いただけです」

「医療キット出す」

「任務が先です」

「終わりや」

「回収対象が残っています」

「知らん」

「報酬が」

「知らん!」

 アクトは医療キットを開く。

 黒曜が手首を掴んだ。

「放してください」

「お前が放せ」

「私は依頼を完了します」

「何でそこまで一人でやりたいねん」

「あなたには関係ありません」

「ある言うたやろ!」

「ありません!」

 黒曜が初めて声を荒らげた。

 煙が薄れていく。

 壊れた照明が明滅する。

 アクトは黒曜の顔を見る。

 怒っている。

 傷が痛いからではない。

 見つかったからでもない。

 自分自身に追いつめられている顔だった。

「私は、一人で遂行できます」

「できてへんやん」

「あなたが介入したため、計画が乱れました」

「囲まれとったやろ」

「対処可能でした」

「傷開いて、ドレイン食らって、膝ついとる奴が?」

「可能でした!」

「何を証明したいねん!」

 黒曜が黙る。

 アクトは畳みかける。

「あの教官が間違っとるって?」

「……」

「自分は不適合ちゃうって?」

「黙ってください」

「一人でも完璧にできるって?」

「黙れ」

「お前が誰にも捨てられへん価値あるって?」

「黙れ!」

 倉庫の奥で、何かが落ちた。

 小さな金属音。

 黒曜の呼吸が荒い。

「私は」

「うん」

「私は、あなたの判断を乱します」

「それ、まだ言うか」

「事実です」

「違う」

「私が被弾すれば、あなたは冷静さを失う」

「失ってへん」

「今回も傷を見ただけで、依頼を放棄すると言った」

「そら言うやろ」

「だから問題なのです!」

 黒曜は立ち上がろうとする。

 傷が痛む。

 身体が揺れる。

 アクトが支える。

 黒曜はその腕を振り払った。

「触らないでください」

「倒れるぞ」

「一人で立てます」

「立ててへん」

「立てます!」

「立てるかどうかの話ちゃう!」

「では何です!」

 黒曜の声が倉庫へ響いた。

 アクトは一度息を吸った。

 何を言えばいい。

 どう言えば伝わる。

 言葉にするのは苦手だった。

 銃撃戦のほうが簡単だ。

 敵がいて。

 狙って。

 撃つ。

 それで終わる。

 目の前の魔法使いには、どこを撃てば止まるのか分からない。

「お前が勝手に決めんな」

 アクトは言った。

「何をです」

「あたしの判断が乱れたとか、迷惑やとか」

「実際に」

「乱れたんは、あたしの勝手や」

「意味が分かりません」

「お前が決めることちゃう」

「原因は私です」

「原因でも決める権利ない」

「では誰にあるのです」

「あたしや」

 黒曜が眉を寄せる。

「あなたが?」

「せや」

「非合理的です」

「知るか」

「あなたは、自分を危険にさらします」

「いつものことや」

「私のために」

「それが嫌なんか」

「嫌です」

 即答だった。

 アクトは少し傷ついた。

 顔には出さなかった。

「何で」

「あなたが損なわれる可能性がある」

「お前も同じやろ」

「私は」

「自分はええ言うなよ」

「私は、もともと」

 黒曜の言葉が止まる。

「もともと何や」

「……評価の保留された人材です」

「人材ちゃう。人間や」

「言葉の問題ではありません」

「言葉の問題や」

「私は、あなたほど生存性が高くありません」

「知っとる」

「実戦経験も不足しています」

「知っとる」

「判断を誤ります」

「それも知っとる」

「なら、なぜ」

「それでもや」

「説明になっていません」

「お前、面倒やし」

 黒曜が瞬く。

「何を」

「偉そうやし、言うこと聞かんし、無駄に目立つ帽子かぶるし」

「帽子は関係ありません」

「すぐ強い魔法使うし、怪我隠すし、一人で勝手に依頼受けるし」

「あなたにだけは言われたくありません」

「ほんま腹立つ」

「では、離れればよいでしょう」

「それでも」

 アクトは黒曜を見る。

「おらんようになるよりマシや」

 黒曜の表情が止まった。

 アクトは続ける。

「かわいそうやから一緒におるんちゃう」

「……」

「教官に捨てられたからでもない」

「……」

「役に立つからだけでもない」

「では、なぜです」

「分からん」

「分からない?」

「分からんもんは分からん」

「説明を放棄しないでください」

「でも、お前がおらんようになるんは嫌や」

 倉庫のどこかで、換気装置が動き始めた。

 煙がゆっくり吸い出されていく。

 黒曜は何も言わない。

 アクトは視線を逸らした。

 言いすぎた。

 耳のあたりが熱い。

 サイバーイヤーだから温度など関係ないはずなのに、妙に熱い。

「何とか言えや」

「処理しています」

「何を」

「あなたの発言を」

「機械みたいに言うな」

「内容に矛盾が多すぎます」

「知っとる」

「理由が分からないのに、私が不在になることを嫌う」

「せや」

「私の欠点を複数認識している」

「いっぱいある」

「それでも共同活動を継続する」

「せや」

「合理性がありません」

「ないな」

「なのに、撤回しない」

「せえへん」

 黒曜は目を伏せた。

「理解できません」

「せやろな」

「あなた自身は理解しているのですか」

「してへん」

「では、私にどうしろと」

「勝手に消えんな」

「命令ですか」

 アクトは少し迷った。

 いつもなら、命令や、と言う。

 だが今回は違う気がした。

「お願いや」

 黒曜が顔を上げる。

 紫色の目。

 驚いている。

「もう一度、言ってください」

「嫌や」

「聞き取れませんでした」

「嘘つけ」

「確認です」

「お願いや言うたんや!」

「声が大きいです」

「お前が言わせたんやろ!」

 黒曜の口元がわずかに緩む。

 笑った。

 ほんの少し。

 アクトはそれを見て、さらに腹が立った。

「何笑っとんねん」

「笑っていません」

「笑っとる」

「筋肉の一時的な収縮です」

「ほな、その筋肉しばくぞ」

「暴力は不適切です」

「誰のせいや」

 黒曜は黙った。

 それから、ゆっくり息を吐く。

「私は」

「うん」

「あなたに同情されていると考えていました」

「ちゃう」

「教官の記録を知ったことで、あなたの評価が変化したと」

「変わったで」

 黒曜の顔が固まる。

「どのように」

「思ったより阿呆やった」

「……」

「自分が捨てられたんちゃうか言われて、証明するため一人で撃たれに行くくらい阿呆や」

「撃たれる予定はありませんでした」

「そこちゃうわ」

「では、どこです」

「一人で何でもできる証明せんでええ」

「しかし」

「お前一人やったら無理なことある。あたし一人でもある」

「あなたは相当数の状況に単独で対応できます」

「魔法は無理や」

「魔法使いに対しても一定の」

「六人で詰んだやろ」

 黒曜が言葉を止める。

「お前がおらんかったら、あの研究所から出られへんかった」

「私がいなければ、そもそも罠へ入っていません」

「細かい!」

「因果関係です」

「今回も、お前が相手の魔法止めたから撃たれながら突っ込めた」

「あなたは撃たれすぎです」

「平気や」

「装甲の損耗は蓄積します」

「ほら」

「何です」

「お前もあたし心配しとるやん」

「戦力資源の維持です」

「まだ言うか」

「事実です」

「ほな、あたしも同じでええ」

「同じ?」

「お前は戦力資源や。失ったら困る」

「その表現は適切では」

「お前が先に言うたんやろ」

「私は、もう少し正確に」

「じゃあ仲間」

 黒曜が黙る。

「それでも嫌なら、相棒」

「定義が曖昧です」

「面倒やな!」

「共同契約者で十分です」

「それでええわ!」

「ただし」

「何や」

「共同契約者には、互いの判断へ一定の尊重が必要です」

「今回のお前が言う?」

「あなたも病院に十二日間居座りました」

「あれは必要やった」

「六日目以降は不要でした」

「お前、夜中に三回起きとったやろ」

「把握していたのですか」

「ウサ耳なめんな」

「プライバシーの侵害です」

「病院で勝手に立とうとするからや」

「あれは水を」

「呼べ言うたやろ」

「あなたは寝ていました」

「起こせ」

「非効率です」

「傷開くほうが非効率や!」

 黒曜は少しだけ視線を泳がせた。

「……善処します」

「そこは分かった言え」

「検討します」

「戻っとるやんけ」

「何がです」

「いつものお前に」

「私は常に通常通りです」

「はいはい」

 アクトは医療キットを取り出し直した。

「座れ」

「依頼対象が」

「先に傷や」

「出血は軽微です」

「座れ」

「命令ですか」

「お願いや」

 黒曜がアクトを見る。

「その言い方を多用しないでください」

「何で」

「判断が難しくなります」

「ほな座れ、阿呆」

「そのほうが明確です」

 黒曜は木箱へ腰を下ろした。

 アクトがローブの裂け目を広げる。

 新しい出血。

 傷そのものは大きく開いていない。

 再消毒と接着が必要な程度。

 アクトの銀色の指が慎重に動く。

 普段、銃を分解するときより遅い。

「痛かったら言え」

「痛くありません」

「嘘つけ」

「許容範囲です」

「それ痛い言うんや」

「定義が」

「黙っとけ」

 消毒剤。

 止血材。

 生体接着テープ。

 黒曜が一度だけ息を詰めた。

 アクトの手が止まる。

「痛いやん」

「一時的な刺激です」

「ほんま可愛げない」

「必要ありません」

「少しはあってもええぞ」

「あなたが担当してください」

「何を」

「可愛げを」

「何であたしやねん」

「役割分担です」

「誰が可愛げ担当や!」

 黒曜の口元がまた少し動く。

 今度は、アクトも指摘しなかった。

 処置を終える。

 黒曜がローブを整える。

「歩けるか」

「問題ありません」

「ゆっくりな」

「依頼対象を回収します」

「まだやるんか」

「ここまで来て放棄する理由はありません」

「敵増えたら逃げるで」

「状況によります」

「絶対や」

「検討します」

「黒曜」

「……理解しました」

 倉庫の奥。

 封印された小型ケース。

 中身は黒ずんだ銀製の指輪だった。

 魔法的価値はアクトには分からない。

 黒曜はアストラルで確認し、偽物ではないと判断した。

 ケースを閉じる。

「終わりか」

「ええ」

「ほな帰るで」

「待ってください」

 黒曜が倒れた男たちを見る。

「記憶処理を」

「強い魔法ちゃうやろな」

「簡易的な混乱を残すだけです」

「ドレインは」

「軽微です」

「やめとけ」

「追跡されます」

「顔見られたんはあたしや。いつものことや」

「私も見られています」

「帽子で覚えられとるやろな」

「認知度の向上です」

「悪目立ちや」

「戦略的特徴です」

「その帽子捨てたら追跡されへんぞ」

「共同活動を解消します」

「今仲直りしたとこやろ!」

「仲直りという認識はありません」

「何やねん!」

「意見の調整です」

「はいはい、ほな調整済みや。帰るで」

 アクトが先に歩く。

 数歩進み、振り返る。

 黒曜はまだ立っていた。

「何しとんねん」

「確認しています」

「何を」

「あなたが本当に待つかどうか」

 アクトは眉を寄せた。

「待つに決まっとるやろ」

「以前なら、先に進んでいました」

「傷あるからや」

「同情では」

「ちゃう言うたやろ」

「では、共同契約者として?」

「何でもええ。はよ来い」

 黒曜が歩き出す。

 アクトの隣まで来る。

 二人は並んで倉庫を出た。

 外は夕方だった。

 高架の隙間から、橙色の光が落ちている。

 アクトのバイクが路肩に止まっていた。

 黒曜はそれを見る。

「二人乗りですか」

「送る」

「傷に振動が響きます」

「ゆっくり走る」

「あなたに可能ですか」

「失礼やな」

「事実確認です」

「ほなタクシー呼ぶか」

「それでは、あなたが一人になります」

「別にええやろ」

「次の襲撃に対処できません」

「誰が襲ってくんねん」

「可能性は否定できません」

「何や。心配しとるんか」

「戦力資源の維持です」

「はいはい」

 アクトはバイクへ跨がる。

 黒曜へ予備のヘルメットを投げる。

 黒曜は受け取り、少し考えた。

「帽子はどうすれば」

「ケースに入れろ」

「変形する可能性があります」

「頭に帽子、その上からヘルメットは無理やぞ」

「術式で固定を」

「魔法使うな!」

「冗談です」

 アクトが振り返る。

「お前、冗談言えたんか」

「言っていません」

「今言うたやろ」

「仮定です」

「何でもええわ」

 黒曜は帽子を専用ケースへ入れ、ヘルメットをかぶった。

 それから後部座席へ乗る。

 アクトの腰へ手を回そうとして、途中で止めた。

「何や」

「接触が必要ですか」

「落ちるぞ」

「安定性は確保できます」

「傷あるんやから掴まれ」

 黒曜の手が、アクトのジャケットへ触れる。

 弱い。

「もっとしっかり」

「傷に響きます」

「ほな、あたしに寄りかかれ」

「姿勢として不適切です」

「落ちるほうが不適切や」

 少し間を置いて。

 黒曜の身体が、アクトの背中へ触れた。

 温度。

 重さ。

 呼吸。

 生きている。

 アクトは前を向く。

「行くで」

「ええ」

「勝手に消えんなよ」

「努力します」

「分かった言え」

「……分かりました」

 エンジンが動く。

 バイクがゆっくり走り出す。

 高架下を抜ける。

 後ろから、黒曜の声がした。

「アクト」

「何や」

「先ほどの発言について」

「どれや」

「私が不在になることを嫌う、という」

「忘れろ」

「忘れません」

「忘れろ!」

「記憶力には自信があります」

「最悪や!」

「私も」

 黒曜の声が少し近くなる。

「あなたが不在になることは、好ましくありません」

 アクトの手が、ハンドルの上で一瞬止まりかけた。

 バイクが少し揺れる。

「危な!」

「運転に集中してください」

「誰のせいや!」

「あなたの感情制御の問題です」

「お前ほんま……!」

「ただし」

「まだ何かあるんか」

「理由は明確です」

「言うてみ」

「戦力資源の維持です」

 アクトは何も言わなかった。

 しばらく走ってから、低く答えた。

「それでええわ」

 黒曜の手が、少しだけ強くジャケットを掴んだ。

 二人を乗せたバイクは、夕方の道路へ合流する。

 仲直りをしたわけではない。

 少なくとも、二人はそう主張するだろう。

 契約を更新したわけでもない。

 明確な約束を交わしたわけでもない。

 ただ黒曜は、アクトの隣へ戻った。

 アクトは、それを待っていた。

 それだけで十分だった。

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作者について

矢塚和哉

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