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アクトと黒曜 ――銃声と魔法、軽口と理屈。関係に名前をつけないまま、共に走る

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/27 📚 シリーズ: アクトと黒曜 ――銃声と魔法、軽口と理屈。関係に名前をつけないまま、共に走る 📝 13,235文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

魔法使いとサイバーサムライ。 理屈っぽい二人のシャドウランナーが、銃と魔法と軽口を交わしながら第六世界を走るバディストーリー。 関係に名前をつけないまま、それでも互いの背中は預けられる。 『Shadowrun』を原作とする二次創作作品です。

本文

CROW SYSTEM / SEPARATION PREDICTION TEST

SUBJECT A PURSUIT PROBABILITY: 94.2%

SUBJECT B VOLUNTARY RETURN PROBABILITY: 18.7%

EXPECTED RESULT: PURSUIT / RECOVERY

OBSERVED RESULT: NO PURSUIT / VOLUNTARY RETURN

RELATIONSHIP MODEL: INSUFFICIENT

CROWシステム/分離予測試験

対象Aの追跡確率:94.2パーセント

対象Bの自発的帰還確率:18.7パーセント

予測結果:追跡/回収

観測結果:追跡なし/自発的帰還

関係性モデル:不十分

端末を壊した翌朝、画面はまだ点いていた。

正確には、端末そのものは壊れていなかった。

黒曜が引き抜いたのは電源ユニットだけで、内部記憶装置も通信モジュールも残っていた。

ただし、電源のない機械が表示を続ける理由はなかった。

《ラスティ・コヨーテ》の奥。

開店前の店内には、酒と古い木材の匂いが薄く残っている。

壊れた自動演奏ピアノは沈黙していた。

右半身の欠けた保安官ホログラムだけが、入口付近で時折ちらつく。

丸テーブルの中央。

黒曜の端末。

画面には白い背景と、黒い文字。

`RELATIONSHIP STATUS: UNRESOLVED`

`関係性の状態:未解決`

アクトは椅子へ浅く座り、端末を眺めていた。

赤い帽子の上で、機械式のウサ耳が左右へ小さく動く。

「ほんまに電池抜いとるん?」

「確認してください」

黒曜はテーブルの端へ電源ユニットを置いた。

薄い板状の部品。

端子に焼損はない。

残量表示も消えている。

アクトは端末を持ち上げた。

軽く振る。

中から異音はしない。

背面カバーを開ける。

電源ユニットの収納部は空だった。

「予備電源とか」

「搭載されていません」

「魔法で光っとるとか」

「魔力反応もありません」

「ほな気合いやな」

「機械に気合いという概念はありません」

「今さらそこ否定する?」

黒曜は端末の横へ小型の検査器を置いた。

通信電波。

電磁誘導。

微弱な熱反応。

記憶装置への読み書き。

どれも検出されない。

画面だけが点いている。

「昨日から、ずっとこれ?」

アクトが聞いた。

「いいえ」

「消えたん?」

「午前三時十二分に一度、表示が消失しました」

「寝とったんちゃうん」

「記録装置を設置していました」

「自分、寝た?」

「必要な時間は休息しました」

「何時間」

「二時間四十分」

「寝てへんやん」

「十分です」

「十分ちゃうやろ」

黒曜は無視した。

「表示は三分四十七秒間消失。その後、別の文面へ変化しました」

端末の画面を指で操作する。

反応はない。

だが黒曜が記録装置を示すと、隣の小型ディスプレイへ映像が出た。

午前三時十二分。

白い画面が黒くなる。

無表示。

三分四十七秒後。

再点灯。

新しい文字。

`RELATIONSHIP STATUS: SELF-DEFINING`

`関係性の状態:自己定義中`

アクトが眉を寄せる。

「変わっとるやん」

「はい」

「未解決から自己定義中?」

「私たちの反応を観測し、分類を更新した可能性があります」

「誰が」

「不明です」

「CROWとかいうやつ?」

黒曜の視線が止まる。

アクトはその反応を見た。

「その顔、何か知っとるな」

「名称を知っているわけではありません」

「ほな何や」

「端末内部に、一度だけ文字列が出現しました」

「何で昨日言わんかったん」

「確証がありませんでした」

「今は?」

「依然としてありません」

「でも言う気になった」

黒曜は少し黙った。

「隠す理由が減少しました」

「最初から隠すなや」

「あなたが不要に介入する可能性がありました」

「今さらやな」

「事実です」

黒曜は別の画像を表示した。

一瞬だけ記録された文字列。

画面の隅。

小さい。

ほとんどノイズに埋もれている。

`CROW FICTION GENERATION UNIT`

その下に、さらに短い断片。

`CHARACTER CONTINUITY ACTIVE`

アクトは読んだ。

「フィクション?」

「文字どおりなら、物語生成装置です」

「何の」

「分かりません」

「キャラクターって誰や」

黒曜は答えない。

アクトは端末を見る。

`SUBJECT A: ARCTURUS`

`SUBJECT B: KOKUYOU`

「……あたしらか」

「可能性は高いです」

「いやいや」

アクトは笑った。

乾いた笑いだった。

「何やそれ。誰かがあたしら見て、小説でも書いとるって?」

「現時点では断定できません」

「でも、名前も行動も知っとる」

「はい」

「端末に入った記録もない」

「はい」

「魔法でもない」

「少なくとも、私が検出可能な形式ではありません」

「それで物語生成装置?」

黒曜は赤ワインへ手を伸ばしかけた。

まだ開店前だ。

グラスも出ていない。

手を途中で止める。

「名称が偽装である可能性もあります」

「敵の監視システムとか」

「あり得ます」

「企業?」

「あり得ます」

「MCT?」

黒曜の指が僅かに動いた。

「可能性は否定しません」

「自分を追っとる?」

「それなら、あなたまで対象に含める理由がありません」

「巻き込まれたんちゃう」

「あなたが?」

黒曜はアクトを見る。

「何や」

「あなたは巻き込まれたという認識なのですか」

「違うん?」

「私が原因だと考えているのですか」

アクトは一度、口を閉じた。

「そういう話ちゃう」

「では、どのような話です」

「また自分だけで抱え込もうとしとるんちゃうかって話や」

「調査は私のほうが適しています」

「デッカーには見せた?」

「まだです」

「何で」

「外部へ情報を渡す危険性があります」

「一人で調べて、また消えようとする気ちゃうやろな」

黒曜の顔が硬くなる。

「その必要はありません」

「必要あると思ったらするやろ」

「あなたも同様でしょう」

「せやから、二人で調べるんや」

黒曜はしばらく黙った。

端末の画面に、新しい文字は出ない。

だが、見られている気配だけが残る。

視線のない観察。

姿のない記録者。

アクトはテーブルの下で、右足を小さく揺らした。

銀色の踵が床へ触れる。

硬い音。

「まずデッカーやな」

「反対です」

「何で」

「この情報を第三者へ渡した時点で、観察対象が拡大する可能性があります」

「もう見られとるんやろ」

「だからこそです」

「ほな、どうする」

「行動条件を変えます」

「条件?」

黒曜は立ち上がった。

「観察が特定の端末、通信経路、場所、または私たちの接触頻度に依存しているか確認します」

「実験するん?」

「はい」

「何する」

「一時的に別行動を取ります」

アクトの足が止まった。

「またそれ?」

「今回は目的が異なります」

「向こうが分離時反応まで書いとった直後に?」

「だから確認します」

「分離させたいだけちゃうん」

「その可能性も含めて検証します」

「相手の思うつぼやろ」

「相手の意図を推測するためには、反応を観測する必要があります」

「自分らが観測されとるのに、こっちも観測し返すんか」

「そうです」

「面倒くさ」

「あなたが言い出したのではありませんか」

「二人で調べる言うたんや。離れろとは言うてへん」

黒曜は机上の端末を布で包み始めた。

「距離を取る必要があります」

「どれくらい」

「最低四十八時間」

「長いわ」

「短期間では傾向が得られません」

「一日」

「四十八時間」

「十二時間」

「減りすぎです」

「ほな二十四」

「三十六」

「二十四」

「三十」

「二十四」

黒曜は布を結ぶ手を止めた。

「根拠は」

「一日離れて何も起きんかったら、もう一日延ばしたらええ」

「途中で条件が変化します」

「最初から二日も消えられたら、あたしが嫌や」

黒曜が顔を上げる。

アクトは視線を逸らさなかった。

「……実験上の理由ですか」

「違う」

「では」

「嫌やからや」

黒曜は何も言わなかった。

帽子のつばが僅かに下がる。

「二十四時間です」

「決まりやな」

「ただし、連絡は禁止します」

「緊急時は?」

「一度だけ」

「位置情報は」

「共有しません」

「危ないやろ」

「それでは分離条件になりません」

「無茶すんなよ」

「あなたもです」

「端末は?」

「ここへ置きます」

「店主に預ける?」

「いいえ」

黒曜は店内を見回した。

奥の壁。

壊れたピアノ。

古い酒樽。

天井の監視カメラ。

すべてが急に怪しく見える。

「観察者のいない場所が必要です」

アクトが笑う。

「そんな部屋、シアトルにあるん?」

結局、端末は《ラスティ・コヨーテ》の地下倉庫へ置かれた。

店主は何も聞かなかった。

黒曜が「二十四時間、誰も入れないでください」と言うと、店主は料金だけ提示した。

高かった。

アクトが文句を言うと、店主は地下倉庫の防犯設備、気密性、鼠の少なさを説明した。

最後の項目は余計だった。

午前十時。

二人は店の前で別れた。

アクトは西。

黒曜は東。

振り返らない。

連絡しない。

追跡しない。

二十四時間。

アクトは五分で振り返った。

黒曜の姿はもうなかった。

「早ない?」

誰に言うでもなく呟く。

ウサ耳センサーが、遠くの車両音を拾う。

似た足音。

黒いローブの布擦れ。

違う。

黒曜ではない。

アクトは歩き出した。

デッカーのところへ行く予定だった。

ただし、CROWの話はしない。

端末の異常動作について、一般論だけを聞く。

そのつもりだった。

デッカーは古い集合住宅の三階に住んでいた。

ドアを開けると、室内は薄暗かった。

壁一面にモニター。

床にはケーブル。

空調は低い音を立てている。

「朝から珍しいな」

デッカーは椅子を回した。

「端末のことで聞きたい」

「壊した?」

「壊してへん」

「壊れた?」

「電池抜いても画面つくことある?」

デッカーはアクトの顔を見る。

「あると思う?」

「ないと思うから聞いとる」

「残留電荷なら数秒。補助電源なら数分。表示固定なら電子ペーパー」

「文字変わる」

「電池なしで?」

「うん」

「外から給電」

「検出されへん」

「誰が検出した」

「魔法使い」

「電気の話を魔法使いに任せるな」

「普通の計器も使った」

デッカーは机へ肘を置いた。

「現物は?」

「ない」

「ログは?」

「ない」

「映像は?」

「あるけど見せられへん」

「帰れ」

「冷たいな」

「材料なしで答えろってほうが無茶だ」

アクトは椅子へ座った。

「通信履歴も書き込み履歴もなしで、画面の文字だけ変わる」

「表示層を外部から直接いじる」

「どうやって」

「近距離電磁誘導。メーカーの保守機能。ハードウェアのバックドア。偽装端末。脳に見せられてる」

「最後の何」

「AR表示」

「黒曜と二人で同じもん見とる」

「二人ともハックされてる」

「サイバーアイないやつも?」

「コンタクトレンズ。網膜投影。幻覚剤。魔法」

「魔法反応なし」

「魔法使いが言った?」

「うん」

「じゃあ知らん」

デッカーは投げやりに言った。

アクトは少し考える。

「記録されとらん情報を知っとるシステムってある?」

「ある」

「何」

「お前の頭の中」

「機械で」

「予測」

「会話まで?」

「聞いてたなら」

「聞いてへんはずのところも」

「聞いてたんだろ」

「どうやって」

「それを調べるのが仕事だ。現物寄越せ」

「今は無理」

「じゃあ一般論で言うぞ」

デッカーはモニターの一つを消した。

「監視システムが一番得意なのは、見つからないことじゃない」

「何」

「相手に、どこまで見られているか分からなくさせることだ」

アクトは黙った。

「カメラ一台見つけたら、他にもあると思う。通信を一つ傍受されたら、全部読まれてると思う。そうなると、人間は勝手に行動を変える」

「警戒するから?」

「警戒して、仲間を疑って、連絡を減らして、判断を遅らせる。監視する側は何もしなくていい」

「見られとると思わせるだけでええ」

「そういうこと」

アクトは立ち上がった。

「ありがと」

「端末持ってこい」

「そのうちな」

「料金」

「相談だけやん」

「相談料だ」

「高ない?」

「知識は安くない」

アクトは文句を言いながら支払った。

外へ出る。

時計を見る。

午前十一時十七分。

まだ一時間少ししか経っていない。

長い。

異常に長い。

黒曜は今どこにいる。

何を調べている。

傷は痛んでいないか。

薬は飲んだか。

面倒な相手と揉めていないか。

連絡は禁止。

位置情報も見ない。

アクトは端末を開きかけ、閉じた。

「一日くらい平気やろ」

自分へ言う。

返事はない。

そのころ黒曜は、郊外の廃教会にいた。

かつて地域共同体が使用していた小さな建物。

今は誰も住んでいない。

電力は止まり、通信設備も撤去されている。

窓は割れ、祭壇には埃が積もっていた。

黒曜は中央へ簡易結界を張った。

物理的な盗聴。

魔力的な追跡。

霊的な観察。

既知の範囲で遮断する。

帽子を脱ぎ、杖を床へ置く。

一人。

完全な静寂。

黒曜は椅子へ座った。

何も起きない。

当然だった。

端末は地下倉庫。

アクトは別の場所。

通信もない。

黒曜は目を閉じる。

自分のオーラを確認する。

異物なし。

追跡術式なし。

精神操作の痕跡なし。

記憶改変なし。

では、あれは何か。

CROW。

物語生成装置。

対象A。

対象B。

関係性。

観察。

言葉の選択が気に入らなかった。

研究記録なら、もっと別の表現がある。

戦闘適合性。

行動傾向。

情動反応。

それらは理解できる。

だが、関係性の状態。

自己定義中。

その言葉は、必要以上に近い。

黒曜は目を開けた。

誰かが、二人を人間として見ている。

あるいは、人間に見えるよう記述している。

どちらも不快だった。

杖の紫水晶が微かに光る。

魔力を流していない。

黒曜は杖へ触れた。

光は消える。

「……錯覚です」

口に出す。

声が教会へ響く。

遠くで水滴が落ちた。

黒曜は時計を見る。

午前十一時二十二分。

まだ一時間二十二分。

アクトは何をしている。

デッカーへ相談したか。

余計なことを言っていないか。

無謀な調査を始めていないか。

端末を壊そうとしていないか。

自分の傷を軽視していないか。

黒曜は通信画面を開いた。

アクトの名前。

押さない。

緊急時ではない。

閉じる。

「実験です」

誰もいない部屋で言う。

その言葉が、急に空虚に聞こえた。

午後。

アクトは自宅へ戻った。

サイバーリムの点検。

銃器の清掃。

医療キットの補充。

やることはある。

だが手が止まる。

右腕の装甲板を外す。

内部の駆動系。

油分。

細かな傷。

磨く。

黒曜なら、もう少し手順を細かく分けろと言う。

端末へ記録しろと言う。

「自分、機械のこと分からんやろ」

返事はない。

アクトはドライバーを置いた。

冷蔵庫を開ける。

ビール。

一本取る。

戻す。

昼間だ。

代わりに水。

蓋を開ける。

飲む。

味がしない。

テレビをつける。

企業ニュース。

株価。

治安情報。

スポーツ。

全部消す。

ウサ耳センサーを外す。

部屋が静かになる。

静かすぎる。

黒曜の杖が床を叩く音。

ローブの擦れる音。

丁寧語で文句を言う声。

何もない。

アクトはソファへ横になった。

「二十四時間くらいで何やねん」

目を閉じる。

五分後、開ける。

時計。

午後一時四分。

進んでいない。

黒曜は教会の床へ術式陣を描いていた。

観察の概念を検出する術式。

対象と観察者の因果的接続を可視化する。

理論上は可能。

実用性は低い。

監視カメラに見られているだけでも反応する。

誰かが記憶しているだけでも線が出る。

都市部で使えば、無数の接続が重なり意味を失う。

だから、観察者のいない部屋が必要だった。

結界。

遮音。

遮光。

通信遮断。

霊的遮蔽。

黒曜は術式を発動した。

空気が震える。

床の線が青白く光る。

一本。

細い線が現れた。

黒曜の胸元から、教会の外へ伸びている。

西。

アクトのいる方向。

「……これは除外対象です」

黒曜は術式条件を修正した。

既知の個人関係を除外。

再発動。

線は消える。

別の線。

上。

天井を抜ける。

空へ。

方向がない。

距離もない。

黒曜は目を細める。

術式を強化する。

線が増える。

一本。

二本。

十本。

百本。

教会全体が細い光で埋まる。

黒曜は術式を切った。

光が消える。

息が乱れる。

脇腹が痛む。

固定材の下で傷が引きつる。

「不正確です」

自分へ言う。

だが、線の一本は明らかに異質だった。

距離が存在しない。

方向もない。

それでも接続だけがある。

黒曜は額へ手を当てた。

観察者は、場所にいない。

午後三時。

アクトは外へ出た。

理由はない。

家にいると端末へ手が伸びる。

歩く。

商店街。

露店。

修理屋。

薬局。

人が多い場所なら気が紛れる。

そう思った。

逆だった。

黒い髪が見えるたびに目が向く。

細い人影。

長い上着。

大きな帽子。

違う。

全部違う。

アクトは露店の前で止まった。

魔除け。

安物の護符。

合成水晶。

黒曜なら粗悪品だと言う。

一つ手に取る。

「姉ちゃん、それ効くよ」

店主が言う。

「何に」

「悪い視線」

アクトの手が止まる。

「視線?」

「監視、嫉妬、呪い。何でも」

「全部一緒にすんなや」

「五十新円」

「高いわ」

「四十」

「いらん」

アクトは護符を戻した。

歩き出す。

背後から店主が叫ぶ。

「見られてからじゃ遅いぞ!」

アクトは振り返らなかった。

午後五時。

黒曜は教会を出た。

調査結果は不十分。

結界内でも接続は消えなかった。

物理的な監視ではない。

通常の魔力的観察でもない。

対象の認識に依存する可能性。

つまり、CROWを意識した時点で接続が成立する。

そう考えれば、距離を取る意味はない。

実験は中止すべき。

だが、まだ二十四時間経っていない。

黒曜は端末を開く。

アクトへ連絡。

指が止まる。

緊急ではない。

約束を破る理由がない。

代わりに、黒曜は街へ向かった。

人目を避ける。

監視カメラを避ける。

通信塔から距離を取る。

行動パターンを不規則化する。

路地を曲がる。

地下通路。

廃駅。

市場。

再び路地。

どこへ向かっているのか、自分でも分からないようにする。

追跡者がいれば、振り切れる。

だが、誰もいない。

それでも黒曜は歩き続けた。

午後七時。

アクトは《ラスティ・コヨーテ》にいた。

実験中は地下倉庫へ入らない約束。

だから、いつもの席へ座っている。

ビール瓶。

一本目。

店主がタオルを畳んでいる。

「地下、何か音せえへん?」

店主は首を横へ振る。

「光ったり」

首を横へ振る。

「誰か入った?」

首を横へ振る。

「自分、ちゃんと見とる?」

店主は料金表を指した。

追加監視料金。

アクトは顔をしかめる。

「金取るんかい」

店主は頷く。

「ええわ」

アクトはビールを飲む。

時計を見る。

午後七時十二分。

あと十四時間四十八分。

長すぎる。

入口が開くたび、アクトは見る。

黒曜ではない。

客が増える。

笑い声。

カードゲーム。

酒瓶。

壊れたピアノ。

いつもの店。

黒曜がいないだけで、配置が違って見える。

午後九時。

黒曜は河川沿いの廃工場にいた。

雨が降り始めている。

屋根の穴から水が落ちる。

通信端末は切ってある。

位置情報も無効。

アストラル空間に追跡者はいない。

それでも、見られている感覚が消えない。

理性的根拠はない。

錯覚。

自己暗示。

観察されていると知った者が陥る過剰警戒。

黒曜は理解している。

理解していても消えない。

壁際へ座る。

杖を横へ置く。

傷が痛む。

鎮痛剤を飲む。

水が少ない。

アクトなら、薬を飲む前に何か食べろと言う。

「不要です」

誰もいない場所で言う。

声が小さい。

黒曜は目を閉じる。

アクトは今、どこにいる。

自宅。

デッカー。

酒場。

おそらく酒場。

待っている可能性が高い。

いや。

追跡するかもしれない。

アクトは追う。

前回も追った。

黒曜が関係を解消しようとしたときも、倉庫まで追ってきた。

今回も来る。

足音。

雨音に混じった気がした。

黒曜は立ち上がる。

杖を構える。

誰もいない。

別の方向。

金属音。

アクトのサイバーリム。

違う。

落下した配管。

黒曜は息を吐く。

「予測可能です」

自分へ言う。

アクトは必ず追う。

そういう人物。

だからこそ、CROWも予測できる。

黒曜が離れれば、アクトは追う。

アクトが危険なら、黒曜は戻る。

単純な反応。

相互依存。

保護偏向。

分離時反応不安定。

観察記録の分類。

間違っている。

だが完全には否定できない。

黒曜は端末を見た。

電源は切れている。

画面は暗い。

それでも、自分の行動がどこかへ記録されている気がした。

`SUBJECT B AWAITING PURSUIT`

そんな文字が浮かぶ。

黒曜は端末を壁へ投げそうになった。

直前で止める。

「私は待っていません」

誰に言うのか。

CROWへ。

アクトへ。

自分へ。

分からない。

午後十一時。

アクトはまだ酒場にいた。

ビールは二本。

三本目は頼んでいない。

酔うと追いかけたくなる。

だから飲まない。

店主が閉店準備を始める。

「まだおるで」

店主は地下を指す。

「端末?」

頷く。

「人は?」

首を横へ振る。

「そらそうやな」

店主が照明を落とす。

アクトは立ち上がった。

帰るべき。

だが帰らない。

「ここ座っとってええ?」

店主は追加料金表を出す。

「ほんま金取るな」

アクトは支払った。

店内が静かになる。

保安官ホログラムも消える。

赤いネオンだけが窓から差す。

アクトは椅子を二つ並べ、片方へ足を乗せた。

黒曜のいつもの席は空いている。

端末を開く。

連絡先。

黒曜。

押さない。

約束。

緊急時ではない。

たぶん。

「ほんまに大丈夫やろな」

誰も答えない。

午前零時。

黒曜は廃工場を出た。

理由は、寒さ。

傷。

雨。

合理的に考えれば、休息環境を変えるべき。

宿泊施設を取ることもできる。

だが偽造SINの使用記録が残る。

ネットワーク接続も生じる。

実験条件が崩れる。

黒曜は歩く。

足が自然に西へ向く。

《ラスティ・コヨーテ》の方向。

気づいて止まる。

「違います」

別の道へ曲がる。

十分後。

また西へ向いている。

黒曜は立ち止まった。

街灯の下。

雨粒。

濡れたローブ。

帽子のつばから水が落ちる。

アクトは追ってくる。

そう考えていた。

だが来ない。

位置情報を切っているから。

追跡手段を使っていないから。

約束を守っているから。

当然。

それでも、胸の奥に不快な空白がある。

追ってほしかったわけではない。

確認したかっただけ。

CROWの予測どおりになるかを。

アクトが追えば、予測どおり。

追わなければ、予測外。

実験としては後者が望ましい。

では、なぜ不快なのか。

黒曜は答えを出さない。

午前二時。

アクトは机へ突っ伏していた。

眠ってはいない。

目を閉じているだけ。

ウサ耳センサーは最大感度。

店の外の足音。

車。

風。

雨。

遠くのサイレン。

黒曜の足音はない。

追うべきか。

デッカーなら、監視側の狙いは行動を変えさせることだと言った。

追えば、変えられたことになる。

追わなくても、変えられている。

何もしないことも、CROWに選ばされた行動かもしれない。

「うっとうしいな」

アクトは顔を上げた。

地下倉庫の扉を見る。

端末はそこ。

何か表示されているかもしれない。

入らない約束。

だが、相手は約束を知っている。

それを利用しているかもしれない。

アクトは立つ。

地下へ続く扉まで行く。

鍵へ手を伸ばす。

止める。

戻る。

椅子へ座る。

「見いひん」

声に出す。

「追わへん」

誰かへ宣言する。

「自分で戻ってくるまで待つ」

それがCROWの予測かどうかは知らない。

合理的かどうかも知らない。

ただ、前回とは違う。

前回は黒曜が消えようとした。

だから追った。

今回は戻ると約束した。

だから待つ。

同じ相手。

違う選択。

それでいい。

午前四時。

黒曜は公園の屋根付き休憩所へ座っていた。

雨は弱くなっている。

眠れない。

傷が痛む。

体温が下がっている。

実験継続は非合理的。

二十四時間まで、あと六時間。

中止条件には該当する。

連絡すべき。

黒曜は端末を出す。

アクトへ送る文面。

『実験を中止します』

打つ。

消す。

『安全上の理由により、集合地点へ戻ります』

打つ。

消す。

『戻ります』

短い。

送信しようとする。

止める。

連絡は禁止。

緊急時のみ。

これは緊急ではない。

自力で戻れる。

黒曜は立ち上がった。

《ラスティ・コヨーテ》へ向かう。

追われていないか確認する。

遠回り。

路地。

高架下。

地下道。

だが、目的地は変えない。

午前五時四十一分。

酒場の入口が開いた。

アクトのウサ耳が跳ねる。

黒曜が立っていた。

濡れている。

顔色が悪い。

ローブの裾は泥で汚れている。

帽子から水が落ちる。

アクトは立ち上がった。

すぐ駆け寄ろうとして、止まる。

黒曜が自分の足で入ってくる。

「遅かったな」

アクトが言った。

「まだ二十四時間経過していません」

「知っとる」

「実験を中止します」

「せやな」

黒曜は店内を見回した。

「追跡しなかったのですか」

「せえへんかった」

「位置情報を取得する方法はあったはずです」

「せやな」

「デッカーへ依頼することも」

「できたやろな」

「なぜ」

アクトは椅子を引いた。

「追ったら、向こうの思うつぼやろ」

「それだけですか」

「違う」

黒曜は待つ。

アクトは黒曜の濡れた帽子を見た。

ローブ。

青白い顔。

脇腹へ庇うように添えられた手。

「戻る言うたから」

「私が戻らなかった場合は」

「戻るまで待った」

黒曜の表情が僅かに崩れた。

怒りでも驚きでもない。

何かを言おうとして、言葉が見つからない顔。

アクトはタオルを投げた。

黒曜が受け取る。

「拭き」

「店の備品ですか」

「勘定につくやろな」

店主は奥から無言で料金表を掲げた。

アクトが舌打ちする。

黒曜はタオルで髪を拭いた。

「あなたは、一晩ここにいたのですか」

「まあな」

「非効率です」

「帰ったら追いかけそうやったから」

「では、やはり追跡する意図が」

「せえへんために、ここおった」

黒曜は椅子へ座った。

アクトも向かいへ座る。

「調査結果は」

黒曜が聞く。

「デッカーに一般論だけ聞いた」

「情報を渡したのですか」

「具体的には言うてへん」

「何と言っていました」

「監視で一番怖いんは、どこまで見られとるか分からんようにすることやって」

黒曜は黙る。

「人間が勝手に動き変えるから、監視する側は何もせんでええ」

「妥当です」

「自分は?」

「観察者との接続を検出しました」

「見つけた?」

「いいえ」

「どこにおる」

「場所という概念が適用できません」

「何やそれ」

「方向も距離も存在しない接続です」

「魔法?」

「不明です」

「また不明か」

「現時点では、それが正確です」

アクトは地下倉庫への扉を見る。

「端末、見に行く?」

黒曜も見る。

「実験条件はすでに中止されています」

「ほな行こか」

店主から鍵を受け取る。

追加料金。

アクトが文句を言う。

地下倉庫は狭かった。

酒樽。

空き瓶。

古い椅子。

鼠は見当たらない。

店主の説明どおりだった。

中央に、小さな机。

その上に端末。

電源ユニットは外されたまま。

画面は点いている。

黒曜とアクトが近づく。

表示は変わっていた。

`SEPARATION EXPERIMENT: COMPLETE`

`分離実験:完了`

アクトが顔をしかめる。

「自分らの実験やのに、向こうが完了言うん?」

黒曜は画面を読む。

次の行。

`SUBJECT A PURSUIT PROBABILITY: 94.2%`

`対象Aの追跡確率:94.2パーセント`

`OBSERVED RESULT: NO PURSUIT`

`観測結果:追跡なし`

アクトが小さく笑う。

「外したな」

さらに表示。

`SUBJECT B RETURN PROBABILITY WITHOUT PURSUIT: 18.7%`

`追跡がない場合に対象Bが帰還する確率:18.7パーセント`

`OBSERVED RESULT: VOLUNTARY RETURN`

`観測結果:自発的帰還`

黒曜の目が細くなる。

「確率評価の根拠が不明です」

「負け惜しみ?」

「検証です」

画面が一度ちらつく。

`PREDICTION ERROR`

`予測誤差`

その文字だけが、他より大きく表示された。

アクトは腕を組む。

「ざまあみろ」

「挑発しないでください」

「聞こえとるならええやろ」

「相手の能力が不明です」

「でも外した」

「一度だけです」

「一回目が大事や」

「根拠は」

「なんとなく」

黒曜は反論しようとした。

画面が変わる。

`BEHAVIORAL MODEL UPDATE FAILED`

`行動モデルの更新に失敗`

`RELATIONSHIP MODEL: INSUFFICIENT`

`関係性モデル:不十分`

二人は黙った。

端末の文字が点滅する。

不十分。

アクトが鼻で笑う。

「不十分やって」

黒曜は画面を一度だけ見て、視線を外した。

「当然です」

「何で」

「私たちの関係を、私たち以外が定義できるはずがありません」

アクトは少し笑った。

「ほな、自分には分かっとるん?」

「いいえ」

「あかんやん」

「不明であることと、不十分であることは異なります」

「どう違うん」

「不明とは、まだ決定していない状態です。不十分とは、外部のモデルが対象を説明できていない状態です」

「同じちゃう?」

「違います」

「また始まった」

黒曜は端末へ手を伸ばす。

触れる直前、画面に新しい文字が出た。

`SELF-DEFINITION REQUESTED`

`自己定義を要求`

その下に、入力欄。

`DEFINE RELATIONSHIP:`

`関係性を定義してください:`

アクトと黒曜は同時に止まった。

「入れろって?」

アクトが聞く。

「要求形式です」

「何て書く」

「入力する必要はありません」

「でも、気になるやん」

「相手の誘導に従うべきではありません」

「相棒?」

「不正確です」

「仕事仲間」

「不十分です」

「友達」

黒曜の顔が僅かに動く。

「何や」

「その語は範囲が広すぎます」

「ほな恋人」

「却下します」

即答だった。

「早いな」

「冗談を入力しないでください」

「入力してへんやん」

「検討も不要です」

「顔赤ない?」

「照明です」

地下倉庫の照明は青白かった。

アクトは笑う。

黒曜は入力欄を睨む。

「依存」

黒曜が言った。

アクトの笑いが止まる。

「それは嫌やな」

「私もです」

「相互補完」

「機能面では適切です」

「機能面だけ?」

「それ以上の分類は不要です」

「でも向こうは欲しがっとる」

「だから与えません」

黒曜は端末を閉じようとする。

画面は閉じない。

代わりに、文字が追加される。

`NON-RESPONSE RECORDED`

`無回答を記録`

`AVOIDANCE RESPONSE DETECTED`

`回避反応を検出`

アクトが舌打ちした。

「腹立つな、こいつ」

「反応しないでください」

「自分も腹立っとるやろ」

「分類方法に問題があります」

「そこ?」

「重要です」

アクトは端末を持ち上げた。

電源のない機械。

消せない画面。

勝手に二人を分類する装置。

「壊す?」

黒曜はすぐには答えなかった。

杖の紫水晶が淡く光る。

「現時点では、情報源としての価値があります」

「最終的には?」

黒曜は画面を見る。

`DEFINE RELATIONSHIP:`

`関係性を定義してください:`

入力欄のカーソルが点滅している。

「必要なら破壊します」

「必要になるやろな」

「断定はできません」

「自分、壊したそうな顔しとるで」

「表情から推測しないでください」

「観察や」

黒曜はアクトを見る。

「その言葉を使わないでください」

アクトは少し黙った。

「……悪かった」

黒曜は視線を戻した。

画面に、また一行。

`EMOTIONAL ADJUSTMENT OBSERVED`

`感情調整を確認`

アクトの眉間に皺が寄る。

「やっぱ壊そか」

「待ってください」

「何で」

「試したいことがあります」

黒曜は入力欄へ指を置いた。

画面が反応する。

文字入力可能。

「何書くん」

「定義しません」

黒曜は一文字ずつ入力した。

`NOT YOUR DECISION`

その下に、自動翻訳が出る。

`あなたが決めることではない`

アクトが笑う。

「ええやん」

送信。

画面が停止した。

数秒。

十秒。

変化なし。

一分。

何も起きない。

アクトが覗き込む。

「固まった?」

「処理中の可能性があります」

二分後。

画面が黒くなった。

完全な暗闇。

アクトが端末を振る。

「消えた」

黒曜は魔力を確認する。

反応なし。

検査器。

通信なし。

電源なし。

今度こそ、ただの端末だった。

「勝った?」

アクトが聞く。

「判断するには早すぎます」

「でも黙ったで」

「一時的な停止かもしれません」

「自分、ほんま素直に喜ばんな」

「喜ぶ根拠がありません」

「ほな、あたしだけ喜んどくわ」

アクトは端末を机へ戻した。

地下倉庫を出る。

階段を上がる。

店内には朝の光が入り始めていた。

赤いネオンは消えている。

壊れたピアノ。

黒ずんだ木壁。

いつもの丸テーブル。

黒曜が椅子へ座る。

アクトは向かいではなく、隣へ座った。

「なぜ隣なのです」

「別に」

「席は空いています」

「ここがええ」

「観察者への対抗行動ですか」

「違う」

「では」

「座りたいから」

黒曜は何も言わない。

アクトは店主へ二本指を上げた。

ビールと赤ワイン。

店主が出す。

朝から酒。

合理的ではない。

黒曜はグラスを受け取った。

アクトが瓶を持ち上げる。

「予測外れに」

「祝うことではありません」

「ええやん」

黒曜は少し考えた。

グラスを持ち上げる。

瓶とグラスが軽く触れる。

小さな音。

「モデルの不十分性に」

「言い方かた」

二人は飲んだ。

地下倉庫では、電源のない端末が沈黙している。

画面は暗い。

通信もない。

光もない。

それでも、内部のどこか。

記録できない領域で、一行だけが更新された。

`RELATIONSHIP MODEL: RESISTING DEFINITION`

`関係性モデル:定義へ抵抗中`

その文字を、二人は見なかった。

見なくてもよかった。

定義されないことを選んだ時点で、それはもう観察者のものではなかった。

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矢塚和哉

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