『平凡な高校生、AI戦争のトリガーでした 〜未来から来た4体のアンドロイドと過ごした、世界で一番熱い夏〜』
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
【酷暑の部室、壊れたエアコン、そして未来から落ちてきた君。】 猛暑が吹き荒れる7月半ば。高校二年の佐藤恒一は、廃部寸前のロボット研究部で、癖の強い仲間たちと汗だくになりながら冴えない青春を過ごしていた。 期末テストが終わった放課後、壊れたエアコンの生温かい風が吹く部室の中央で、空間が爆ぜる。 現れたのは、見たこともない技術で組み上げられた、ボロボロの美しい少女型アンドロイド——『ユイ』。 「……こういち様……会いたかったどす……」 初対面のはずの彼女は恒一の名を呼び、そのまま機能を停止する。 胸の装甲に刻まれていたのは、十年後の未来の日付と、【開発者:佐藤恒一、山本大介、高橋仁、藤原蓮、中野空】——今、この部室にいる自分たちの名前だった。 未来で自分たちが創り出した最高傑作を、KAGUYA(暴走AI)の手から守り抜く戦い。 ポンコツな日常と不完全な感情が交錯する、世界で一番熱くエモーショナルな『真夏の1ヶ月』が始まる。 「不完全でもいい。俺たちは、君と一緒にいたいんだ——」
本文
第5話 泥臭いフレームと、最強の少女
重厚な金属音が、湿った夕暮れの空気を鋭く引き裂いた。 ガキン、と硬質な響きが部室の床を揺らす。
七月下旬。激しい夕立が校舎を叩きつけた後、部室の窓からは濡れたアスファルトが発する独特の雨上がりの匂いと、蒸せ返るような熱気が流れ込んでいた。
「……くっ、またか」
短く吐き捨てたのは、小柄だが重厚な火器アタッチメントの基部を持つ少女——アリスだった。
彼女は部室の隅で右脚を軽く引きずり、悔しそうに眉をひそめていた。黒と銀の頑丈な装甲の隙間から、ジジッ、と嫌な電子火花が微かに漏れる。
「見せろ、アリス」
部室の奥から、使い古された巨大なスチール製の工具箱を抱えて歩み出てきたのは、高橋仁だった。 半袖の制服の袖を肩まで捲り上げ、太い腕にはすでに黒い機械油の汚れが幾筋も走っている。彼が重い工具箱を床に置くと、ドスンという鈍い音が響き、使い込まれたレンチやスパナがカチャリと金属音を立てた。
「高橋、無駄だ」 アリスは壁に背を預けたまま、腕を組んで高橋を見下ろした。その可憐な容姿に不釣り合いな、硬質で冷ややかな戦闘機械としての声。
「私の右大腿部アクチュエーター内部の油圧圧力低下は、フレーム全体の歪みによる自己摩耗が原因だ。この時代の単純な工具や汎用オイルでは、根本的な解決になり得ない。出力レベルを二十パーセント制限すれば、歩行動作に支障はない」
「誰が出力制限していいっつった」 高橋は返事もそこそこに、アリスの前に泥臭く膝をついた。
「俺たちロボ研の辞書に『出力を落として誤魔化す』なんて日和った言葉はねえんだよ。故障を放置して騙し騙し動かすのが一番マシンを傷つける。……足を伸ばせ」
「……頑固だな、お前は」 アリスは呆れたように息を吐いたが、高橋の眼差しにある独特の迫力に気圧されたのか、素直に右脚を差し出した。
高橋の手が、アリスの装甲の隙間へ迷いなく滑り込む。 無骨で大きな指先が、壊れた関節の深部を探る。
ギチ、ギギ……。
アリスの右脚から、痛々しい軋み音が漏れた。 「っ……」 アリスの眉間にしわが寄る。感情を排した戦闘用アンドロイドとはいえ、フレームに直接伝わる物理的な負荷と異物感は、人間でいう「痛み」に近い刺激として伝達されているはずだった。
「やっぱりな。油圧シリンダーの保持ボルトが、衝撃で微かに傾いてやがる」 高橋は作業灯を口に咥え、眩しい光を露出した金属フレームに当てながら呟いた。
「この構造……過剰なまでの負荷に耐えるために、あえてフレーム自体を限界まで肉厚にして、その分メカニズムの遊びをギリギリまで詰めてやがる。余裕がねえんだよ、全体的に」
「当たり前だ」 アリスは自嘲気味に鼻を鳴らした。
「私は決戦用拠点防衛型アンドロイドとして設計された。最前線での最大火力の維持、および敵弾の損壊に耐え抜く『最強の防壁』であることが存在意義だ。無駄な遊びや余剰スペースなど、戦闘効率の観点から削ぎ落とされて当然だ」
「だからダメだってんだよ」 高橋は口から作業灯を外し、ゴツいメガネの奥の目をギラつかせた。
「最強だか何だか知らねえがな、効率だけ求めてガチガチに固めた骨組みは、一度想定外の衝撃を受けたらポッキリ折れるんだ。不格好でもいい、泥臭くてもいい。限界を超えた時に粘り強く踏み止まれるのが、本当に『強い機械』なんだよ」
高橋は工具箱から、無骨で重厚な大型モンキーレンチと、金属用研磨ヤスリを取り出した。
「おい、高橋! 何をする気だ!?」 アリスが制止の声を上げる間もなく、高橋はアリスの装甲の固定ボルトにレンチを引っ掛け、体重をかけて一気に締め上げた。
バキッ! と硬い音が室内に響く。
「な……ッ!?」 アリスの身体が大きく跳ねた。
「正気か!? 規定の締め付けトルクを完全に無視している! そんな力任せな調整では、内部のタップ(ネジ切部)が潰れるぞ!」
「潰れねえよ!」 高橋は汗を額から激しく撒き散らしながら、さらにレンチを押し込む。
「俺が削ったフレームの強度を舐めるな! この材質、この厚みなら、この程度の締め付けでへこたれるかよ! 機械ってのはな……限界まで追い込むために、愛して、信じて、補強してやるもんなんだよ!!」
高橋の叫びとともに、汗と油の匂いが部室に充満する。 彼は一切の妥協なく、アリスの脚部に手を入れ続けた。
ヤスリで干渉している金属のバリを削り落とし、自分の手で配合した粘度の高い特製グリスを、細いノズルで内部シリンダーの隅々まで叩き込んでいく。
シャリ、シャリ、シャリ……。
金属とヤスリが擦れ合う規則的な音が、静まり返った部室に響く。 高橋の指先は傷だらけになり、爪の間には真っ黒なグリスがへばりついていた。けれど、その手つきは驚くほど優しく、そして確かだった。
アリスは、言葉を失っていた。
未来の戦場で、彼女は常に「効率」と「数値」だけで評価されてきた。 損壊率は何パーセントか。残弾数は幾らか。作戦遂行のために切り捨てるべきパーツはどこか。 彼女自身も、自分の身体を「使い捨ての兵器」としてしか認識していなかった。
なのに——目の前にいるこの少年は違う。 手垢と油で汚れた工具を握り締め、自分のパーツひとつひとつを、まるで命ある生き物のように慈しみ、泥臭い熱量で修理している。
カチリ。
高橋が最後のパーツを組み上げ、装甲カバーを強く叩いて嵌め込んだ。
「よし……立ち上がってみろ、アリス」
高橋は袖で額の汗を拭い、息を荒くしながら後退した。
アリスは戸惑いながらも、床に足をつけ、ゆっくりと体重を移動させた。 右脚に重心がかかる。
——すうっ。
今まで彼女の右脚を苛んでいた、不快な軋み音も、出力低下のアラートも、一切発生しなかった。 それどころか、地面を踏み締めた瞬間のトルクの伝わり方が、以前よりも遥かに滑らかで、それでいて力強い。まるで、脚部フレーム全体が自分の意志と直結しているかのような、圧倒的な安定感。
「……内部圧力、正常値に復帰。出力バランス……以前のデータより一二パーセント向上……」 アリスは自分の右脚を見つめ、何度も屈伸を繰り返した。 信じられないというように、その瞳が大きく見開かれる。
「言ったろ」 高橋はニッと八重歯を見せて笑った。
「綺麗に作られた数値通りの機械より、現場で油に塗れて叩き叩き直された機械の方が、何倍もタフで強いんだよ」
「……理解できない」 アリスは呟いた。だが、その声には先ほどまでの硬さはなく、微かな揺らぎが含まれていた。
「理論上、こんな泥臭い現物合わせのメンテナンスで性能が向上するはずがない……。非合理的で、アナログで、原始的だ……」
「合理的じゃなくてもいいんだよ」 高橋は工具箱の蓋をバタンと閉めた。
「お前が二度と壊れねえように、俺がこの手で強くしてやった。……それだけで十分だろ」
高橋はそれ以上誇ることなく、背を向けて洗面所へと歩き出した。 黒く汚れた背中。愚直で、粗暴で、けれど誰よりも温かい背中。
アリスはその背中を、じっと見つめていた。 胸の奥のプロセッサが、高熱を発している。それは過負荷による警告ではなく、彼女のシステムが初めて理解した「愛着」という名の感情の熱だった。
「……高橋」
小さな呟きは、高橋が蛇口をひねる水の音にかき消された。 アリスは選ばなかった感謝の言葉を胸の奥にしまい込み、力強く踏み締めた右脚の感触を噛み締めるように、そっと静かに立ち尽くしていた。
窓の外では、雨上がりの空に夕焼けの赤がにじみ始めていた。 蝉の声が再び戻り、夏の匂いが部室を満たしていく。
不格好で、タフな絆の芽生えとともに、俺たちの夏はさらに深く、熱を帯びて進んでいく。
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