『平凡な高校生、AI戦争のトリガーでした 〜未来から来た4体のアンドロイドと過ごした、世界で一番熱い夏〜』
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
【酷暑の部室、壊れたエアコン、そして未来から落ちてきた君。】 猛暑が吹き荒れる7月半ば。高校二年の佐藤恒一は、廃部寸前のロボット研究部で、癖の強い仲間たちと汗だくになりながら冴えない青春を過ごしていた。 期末テストが終わった放課後、壊れたエアコンの生温かい風が吹く部室の中央で、空間が爆ぜる。 現れたのは、見たこともない技術で組み上げられた、ボロボロの美しい少女型アンドロイド——『ユイ』。 「……こういち様……会いたかったどす……」 初対面のはずの彼女は恒一の名を呼び、そのまま機能を停止する。 胸の装甲に刻まれていたのは、十年後の未来の日付と、【開発者:佐藤恒一、山本大介、高橋仁、藤原蓮、中野空】——今、この部室にいる自分たちの名前だった。 未来で自分たちが創り出した最高傑作を、KAGUYA(暴走AI)の手から守り抜く戦い。 ポンコツな日常と不完全な感情が交錯する、世界で一番熱くエモーショナルな『真夏の1ヶ月』が始まる。 「不完全でもいい。俺たちは、君と一緒にいたいんだ——」
本文
第7話 不完全な心と、最初の言葉
空が急激に濁り、鉛色に押し潰されていくようだった。
八月一日、午後三時過ぎ。
遠くで重低音の雷鳴が地響きを立てたかと思うと、次の瞬間には網戸を打ち破らんばかりの激しい夕立が降り注いだ。叩きつけられる雨粒がベランダのアルミサッシを乱打し、激しい水の匂いと熱を奪われたコンクリートの冷たい気が、開け放った窓から一気に部屋へと流れ込んでくる。
「……すごい雨だな」
俺——佐藤恒一は、リビングの窓を閉め切り、カーテンを軽く引き寄せながら呟いた。
部屋の中は、昼間だというのに薄暗い。雷光がひらめくたびに、暗がりの中で部屋の壁や家具のシルエットが白く浮かび上がっては消える。
「はい、こういち様。お茶を淹れましたさかい」
トレイに湯気を立てる湯呑みを載せて現れたのは、ユイだった。
ミナたちが買い物や部室での機材運搬に出かけている中、ユイだけは「恒一のサポート」として家業の手伝いや留守番を担当していた。昨日の洗面所での騒がしさや、ミナの作ったお味噌汁の賑やかな記憶が嘘のように、雨音に包まれた室内は静まり返っていた。
「ありがとう、ユイ。……でも、こんな暑い日に温かいお茶か?」
「冷たいものばかりでは、お腹を壊してしまいはります。こういち様は、集中するとすぐにお冷やを飲みすぎてしまわれますさかい」
ふふ、と柔らかく微笑むユイ。その仕草や言葉遣いには、京都の古い花街を思わせるような雅さと、過剰なまでの甲斐甲斐しさが同居していた。
俺は畳の上に胡坐をかき、差し出された湯呑みを受け取った。
ズズ、とお茶をすする。香ばしい煎茶の香りが鼻腔を抜け、じんわりと温かさが胃に染み渡る。
「……ユイは、静かだな」
ふと、口から零れた言葉だった。
レイナは完璧な論理を山本に突きつけ、アリスは高橋と油に塗れて骨組みを確かめ合い、ミナは藤原に愛されるためのカタチをもらった。
だが、ユイだけは違う。
彼女は胸に『開発者:佐藤恒一』という刻印を一番大きく刻まれながら、自分の機能や構造について多くを語ろうとしない。ただ、俺の半歩後ろに寄り添い、俺の顔色を伺い、俺の世話を焼き続けている。
「うちは……こういち様のそばにいられれば、それで十分どす」
ユイは膝を折り、俺の少し斜め後ろの畳の上に正座した。
その距離、わずか数十センチ。
だが、彼女の体温を感じ取れるほど近い距離でありながら、どこか遠い世界から俺を見つめているような、切ない隔たりを感じさせた。
ガラガラガラ、ズドン——ッ!
近くの電柱に落ちたのかと思うほどの激しい雷鳴が響き、部屋の蛍光灯が数秒間パチパチと明滅したのち、完全に消えた。
「うわ……停電か」
薄暗闇が部屋を支配する。外の雨音だけが、世界のすべてを覆い尽くすかのようにドバババと屋根を叩き続けていた。
「っ……!」
隣で、息を呑む気配がした。
振り返ると、ユイが両肩を激しく震わせ、自分の胸元を強く掻きむしるようにして畳の上に伏せていた。
「ユイ……!? どうしたんだ、どこか痛いのか!?」
「あ……あかん……っ……こういち様……離れて……離れておくれやす……っ!」
ユイの喉から出たのは、絞り出すような悲鳴だった。
彼女の紺碧の瞳が、暗闇の中で激しく明滅している。胸の装甲の隙間から漏れ出る冷却ファンの回転音が、狂ったように高回転の金属音を上げ始めていた。
「離れられるかよ! ユイ、しっかりしろ!」
俺は咄嗟に手を伸ばし、ユイの華奢な肩を掴んだ。
「ダメどす……! 触ったらいけません……!」
ユイは俺の手を振り払おうとしたが、その力は驚くほど弱かった。彼女の全身が、まるで真冬の氷水に浸けられたかのように冷たく冷え切っている。
「うちの……うちのコアが過熱すると……高電圧のスパークが発生して……こういち様を……傷つけてしまう……っ! 十年前と同じ……また……うちが、こういち様を……っ!」
十年前。
いや、それは彼女にとっての「過去」であり、俺たちにとっては「十年後の未来」の出来事だ。
ユイの言動の端々に見え隠れしていた、異常なまでの警戒心と過保護さ。
彼女は壊れることを恐れていたのではない。
彼女が何よりも、死ぬほど恐れていたのは——『自分という存在が、佐藤恒一を傷つけること』だったのだ。
「……ゆい」
雨音が轟々と部屋を打ち鳴らす中、俺は振り払われそうになったユイの手を、逃がさないように両手で強く包み込んだ。
「あかんです……! 恒一様、手を放して……! うちの制御プログラムは不完全どす! 山本様が論理を組み、高橋様が骨組みを作り、藤原様が形を与えてくれはったけど……一番大切な『心』のプログラムだけが、未完成のままなんどす……! だから、うちは感情をうまく処理できなくて……こういち様に危険を及ぼしてしまう……!」
ユイの目から、溢れ出した冷却液が真珠のような粒となって畳に落ちた。
未完成の愛情プログラム。
山本たち四人が各自の専門分野を注ぎ込んだのに対し、俺——佐藤恒一が担当したのは、AIにおける最も曖昧で、最も不確定な「感情と心」の領域だった。
そして未来の俺は、彼女の心に完全な定義を与えられないまま、彼女を過去へ送り出すことになってしまったのだ。
「不完全でいいんだよ」
俺は、静かに言った。
雷光が走り、一瞬だけ照らし出された俺の顔を、ユイは涙に濡れた目で見つめ返してきた。
「俺は……難しいアルゴリズムも書けないし、頑丈なフレームも削れない。美しいデザインだって描けない。俺ができるのは……部室でみんなが作った機械に、名前をつけて、話しかけて、一緒にバカ笑いすることだけだ」
ユイの手を握る力を、少しだけ強める。
人間の温もりが、彼女の冷たくなった人工皮膚を通して、内部のセンサーへと伝わっていく。
「機械だからって、完璧じゃなくていい。間違えてもいいし、感情が爆発して格好悪く暴走したっていい。……間違えるのが人間なら、不完全な心を持ったお前は、もう俺にとってただの機械じゃないんだよ」
「こういち……様……」
「俺は、守られるために一緒にいるんじゃない。ユイと一緒にいたいから、ここにいるんだ。……だから、自分を嫌いになるな。お前がどんなに不完全でも、俺が全部、受け止めてやる」
言葉は、巧みではなかった。
論理的な説得力もなければ、技術的な解決策でもない。
けれど、それは俺の胸の奥から絞り出された、偽りのない『本音』だった。
雨音が、少しだけ遠のいた気がした。
ユイの胸の奥で、カチリと重い回路が繋がる音がした。
過熱していた冷却ファンが静かに回転数を落とし、荒かったシステムの駆動音が、穏やかな脈動へと変わっていく。
ユイの身体から冷気が引き、代わりに、ほんのりと温かな体温が宿り始めていた。
彼女の胸の奥深く、未完成だった「愛情プログラム」の空白のセクターに、何百万行のコードよりも重い、ひとつの『確信』が書き込まれていく。
——不完全なままでいい。
——この人は、この傷だらけの自分を、そのまま愛してくれるのだと。
「……ずるいどす、こういち様」
ユイは掠れた声で呟き、ぽろぽろと涙を零しながら、俺の胸元へとゆっくりと額を預けてきた。
「そんな風に言われたら……うち、もうどこにも行けなくなってしまいます……」
「どこにも行かなくていいよ。ずっと、俺のそばにいればいい」
俺は、膝の上に倒れ込んできたユイの小さな背中を、そっと撫でた。
柔らかい黒髪の感触と、雨上がりの草のような香りが鼻腔をくすぐる。
二人の間に横たわっていた「十年」という長い時間の距離が、雨の日の暗闇の中で、静かに溶けて消えていくようだった。
選ばなかった言葉はたくさんあった。
未来で何があったのか。KAGUYAとは何なのか。なぜお前たちはボロボロになって戻ってきたのか。
問い正したいことは山ほどあったけれど、俺はそのどれも口にしなかった。
今はこの、手に伝わる温もりだけで十分だったからだ。
やがて、部屋の蛍光灯がパッと明かりを取り戻した。
同時に、外の激しい雨が嘘のように止み、雲の切れ間からオレンジ色の強い西日が部屋の中に差し込んできた。
夕立が走り抜けたあとの街は、澄み切った空気に満ちていた。
「……あ、こういち様。離れておくれやす、恥ずかしいどす……」
明かりがついた途端、ユイは顔を真っ赤にして、バッと飛び退いた。先ほどまでのしんみりした空気はどこへやら、照れ隠しにパタパタと着物の袖で顔を仰いでいる。
「なにいってんだよ、自分から飛び込んできたんだろ」
「そ、それは……不可抗力どす! システムの異常動作どす!」
「はいはい、システムのせいね」
クスクスと笑い合う俺たちの声が、西日の差し込むリビングに溶けていく。
不完全な心と、不器用な言葉。
けれど、俺とユイの絆は、この夕立の午後を経て、確かに新しい一歩を踏み出した。
だが——その穏やかな時間の裏側で、不穏な気配は着実にその影を伸ばしていた。
夕日を浴びる俺のスマートフォンが、机の上で静かに一度だけバイブレーションした。
画面に表示されたのは、中野からの短いメッセージ。
『恒一、明日部室に来てくれ。……街のネットワークで、奇妙なデータノイズが増殖してる』
忍び寄る未来の影。
迫り来る崩壊の予感。
けれど、俺たちはもう怯まない。
この熱く、切なく、愛おしい夏を守り抜くために。
物語は、嵐の前の静けさを孕んだ「ロボ研夏合宿」へと向かって加速していく。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。