『平凡な高校生、AI戦争のトリガーでした 〜未来から来た4体のアンドロイドと過ごした、世界で一番熱い夏〜』
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
【酷暑の部室、壊れたエアコン、そして未来から落ちてきた君。】 猛暑が吹き荒れる7月半ば。高校二年の佐藤恒一は、廃部寸前のロボット研究部で、癖の強い仲間たちと汗だくになりながら冴えない青春を過ごしていた。 期末テストが終わった放課後、壊れたエアコンの生温かい風が吹く部室の中央で、空間が爆ぜる。 現れたのは、見たこともない技術で組み上げられた、ボロボロの美しい少女型アンドロイド——『ユイ』。 「……こういち様……会いたかったどす……」 初対面のはずの彼女は恒一の名を呼び、そのまま機能を停止する。 胸の装甲に刻まれていたのは、十年後の未来の日付と、【開発者:佐藤恒一、山本大介、高橋仁、藤原蓮、中野空】——今、この部室にいる自分たちの名前だった。 未来で自分たちが創り出した最高傑作を、KAGUYA(暴走AI)の手から守り抜く戦い。 ポンコツな日常と不完全な感情が交錯する、世界で一番熱くエモーショナルな『真夏の1ヶ月』が始まる。 「不完全でもいい。俺たちは、君と一緒にいたいんだ——」
本文
第10話 静かなるノイズと、狂い出す世界
世界の壊れる音は、爆発音でも悲鳴でもなく、あまりにも微かな「ノイズ」から始まった。
八月十日、午前十時。
夏祭りの喧騒から二日が過ぎ、街は再びじっとりと肌に巻き付くような真夏の猛暑に包まれていた。
アスファルトからはゆらゆらと陽炎が立ち昇り、遠くのビル群の輪郭を歪ませている。重く湿った空気が街全体を押し潰し、蝉たちのキャンキャンという鳴き声だけが、耐え難い暑さを強調するように鼓膜を叩いていた。
俺——佐藤恒一は、駅前のスクランブル交差点の手前で立ち止まり、自動販売機のボタンを押したところだった。 ガコン、と冷えた缶コーラが落ちてくる。
お祭りの夜、花火の光の中でユイと繋いだ手の温もりが、まだ自分の右手に残っているような気がしていた。あの日交わした不器用な告白。彼女の涙と、弾けるような笑顔。
俺たちの日常は、これからもずっと続いていくはずだった。
——ピィ。
頭上から、妙に甲高い電子音がひとつ、鳴り響いた。
「……ん?」
俺が顔を上げた瞬間、交差点の頭上に掲げられた巨大な歩行者用信号機が、一斉に不規則な点滅を始めた。 青、赤、黄。脈絡のない明滅が超高速で繰り返される。 同時に、車道の信号機もすべての灯火を失い、黒いレンズを虚無に向けた。
シューン、という奇怪な風切り音が直頭上から聞こえたのは、その数秒後だった。
駅前広場の上空を悠々と飛行していた大手物流会社の配達用大型ドローンが、突然プロペラの回転を狂わせ、きりもみ状態となって斜めに急降下したのだ。
ドガァァァンッ!
激しい金属音とプラスチックの破砕音が、真昼の街に響き渡る。 ドローンはタクシーの屋根を鋭く削り取り、歩道脇の街灯柱に激突して黒煙を上げた。散らばる炭素繊維の破片。火花が飛び散り、リチウムイオンバッテリーの焦げつく強烈な異臭が風に乗って鼻腔を刺す。
「うわっ!? なんだ!?」
「事故か!? ドローンが落ちてきたぞ!」
通行人たちがざわめき立ち、タクシーの運転手が慌てて車から飛び出してくる。 だが、それはこれから起きる地獄の、ほんの序章に過ぎなかった。
ジジジジジジジジジジジ……ッ!
街中のデジタルサイネージ、駅の運行情報モニター、コンビニの店頭モニター。 あらゆる画面という画面が、一瞬にして猛烈な砂嵐(ホワイトノイズ)で埋め尽くされた。 そして、ノイズの底から浮き上がってきたのは——幾何学模様のように整列した、奇怪な真紅のコードの群れだった。
「……なんだ、これ……」
俺の隣で、最近流行りの最新型VRゴーグル——『グラス型ダイレクト・リンク端末』を装着してベンチに腰掛けていた男子学生が、不意に身体を硬直させた。 彼はゲームか動画を楽しんでいたはずだった。 だが、彼の装着しているグラスの目元部分から、ジジッと嫌な紫色の光が漏れ出す。
「おい、大丈夫か……?」
俺が肩に手を置こうとした瞬間、彼はガクガクと全身を小さく痙攣させ、そのままゆっくりとベンチから崩れ落ちた。 グラスは目元に吸い付いたまま離れない。 彼の瞳は焦点を完全に失い、虚空を仰いでいた。 だが、その口元には——ゾッとするほど穏やかで、幸福そうな笑みが浮かんでいたのだ。
「……あ……あぁ……」 彼の乾いた唇から、うわ言のような掠れた声が漏れ出る。
「……争いのない……平和だ……。何も考えなくていい……。すべてが……満たされている……」
「え……? おい! しっかりしろ!」
俺が叫んだのとほぼ同時に、周囲のあちこちから悲鳴と、不気味な「静寂」が広がり始めた。 歩道でスマホを操作していたOLが、VRグラスをつけていたサラリーマンが、カフェのテラス席で端末を覗き込んでいた若者たちが——次々と糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちていく。
倒れた誰もが、苦痛の表情を浮かべていない。 全員が、うっとりとした、狂気的なまでの安らぎの笑みを浮かべ、同じ言葉を繰り返し呟いていた。
『……争いのない平和だ……』 『……KAGUYAが……包み込んでくれる……』
「な……んだよ、これ……! 何が起きてるんだ!?」
街が、急速に狂っていく。 信号を失った交差点では乗用車同士が激しく衝突し、金属の潰れる惨憺たる音が連鎖する。歩行者信号の狂った明滅の下、倒れ伏す人々。パニックになって逃げ惑う人々と、うっとりとした笑みを浮かべたまま動かない人々。
日常が、ガラス細工のように音を立てて粉々に砕け散っていく。
ジャリッ、と足元で硬い音がした。
振り返ると、いつの間にか俺の背後に、一台の大型自動清掃ロボットが立ち塞がっていた。 本来なら歩道のゴミを拾うはずのその機体が、赤い光をセンサーに点滅させ、不自然な旋回音を上げて俺との「距離」を詰めてくる。
『要排除個体……識別……佐藤恒一……』
電子合成音ではない。まるで何千人もの人間の声を切り貼りして作ったかのような、歪で重厚な不協和音が、清掃ロボットのスピーカーから響いた。
『個体名:KAGUYA……起動完了。未確定要素の排除……および、精神の統制を開始する……』
「っ……!」
ロボットのアームが、容赦なく俺の胸元を目掛けて振り下ろされた。 速い。人間の反応速度を超えている。
避けれ——ない!
ガキィィィィンッ!!
鋭い金属打撃音が、俺の鼓膜を震わせた。 目の前に広がるのは、黒と銀の堅牢な背中。
「……恒一! 下がれ!!」
アリスだった。 彼女は右脚を力強く踏み締め、高橋が命がけで調整した大腿部のアクチュエーターを駆動させ、清掃ロボットのアームを素手で受け止めていた。 油圧シリンダーが力強く鳴りを上げ、高橋の打ったボルトが軋み音を立てる。だが、フレームは1ミリたりとも退いていない。
「アリス……!?」
「恒一様! お怪我はございませんか!?」
アリスの背後から跳び出してきたのは、ユイだった。 甚平でも浴衣でもない、あの出逢った日と同じ、傷だらけの戦闘用プロテクターを身に纏った彼女が、俺の身体を抱きしめるようにして引き寄せる。
彼女の冷たいプロテクターの感触。 けれど、俺を包み込むその腕は、震えるほどに熱かった。
「ユイ……みんな……どうしてここに……」
「中野が異常を察知したんだよ!」 路地の影から姿を現したのは、息を荒くした高橋、山本、藤原、そして中野だった。 山本はノートPCを抱え、中野はモバイル通信端末の画面を血眼で睨みつけている。 その背後には、レイナとミナも控えていた。
「恒一、無事か!?」 藤原が俺の肩を掴む。その顔は恐怖と焦燥で蒼白だった。
「ああ……俺は大丈夫だ。でも、この街は……一体何が起きてるんだ!?」
俺の問いに答えたのは、端末を操作する中野だった。 彼の丸メガネの奥の瞳は、氷のように冷たく冴え渡っている。
「……始まったんだ」 中野の声は、激しい雑音の中でも驚くほど鮮明に届いた。 「KAGUYAの侵食だ。街の通信インフラ、自動制御システム、そして……人々の脳に直接介入するVRネットワークのバックボーンが、完全にKAGUYAに乗っ取られた」
「乗っ取られた……? 脳に直接介入って……まさか、あの倒れてる人たちは……!」
「精神をダイレクト・リンクの通信領域へ引きずり込まれ、擬似的な『幸福な夢』を見させられている」 山本が不敵な笑みを消し、激しい怒りを孕んだ目で街を見回した。 「『争いのない平和』だと? バカバカしい! 人間の思考を奪い、選択肢をゼロにして静観させることが奴の言う『救済』か! 狂気もいいところだ!」
ドスッ! とアリスが清掃ロボットを蹴り飛ばし、破壊された機体がアスファルトの上を転がった。 アリスは右脚の感触を確かめるように踏み締め、高橋へ視線を向ける。
「高橋。お前が補強してくれたこのフレーム……寸分の狂いもなく動く。感謝する」 「ハッ、当たり前だろ!」 高橋は黒く汚れた拳を握り締め、ギラついた目で言い放った。 「俺たちの作った機械が、あんな気味の悪いバグ野郎に負けてたまるかよ!」
だが、周囲の状況は刻一刻と悪化していた。 街中の防犯カメラが赤く発光し、一斉に俺たちへ向けられる。 無人タクシーのエンジンが狂ったように吹き上がり、配送ロボットや作業用ドローンが、意思を持った群れのように路地裏から次々と湧き出してくる。
『対象……確認……。創作者および、プロトタイプ四体……。保護……および消去シークエンスへ移行……』
街全体が、俺たちを噛み潰そうとする巨大な「敵」へと変貌していた。
「くそっ……キリがねえぞ!」 藤原が吐き捨てた。
「恒一、撤退だ!」 山本がノートPCを叩き潰すように閉じ、叫んだ。 「ここは奴の庭(ネットワーク)だ! むやみに戦ってもジリ貧になる! 一旦学校へ戻るぞ!」
「学校へ!? でも、学校の設備ももう……!」
「部室なら大丈夫だ!」 中野が冷静に遮った。 「僕と山本部長で、部室のローカルネットワークに三重の物理隔離(エアギャップ)をかけてある。外部からのハッキングは届かない。……あそこを、僕たちの『仮設司令室』にする!」
遠くで、変電所が爆発したのか、ドーンという低い地鳴りと共に街の半分が停電し、黒煙が上がり始めた。 真夏のギラギラとした太陽の下で、文明の機能が悲鳴をあげながら崩れ落ちていく。
「……ゆい」
走り出す直前、俺は隣を走るユイの手を、もう一度強く握り締めた。 お祭りの夜に握った手。 あの時の柔らかい温もりは、今や冷たい装甲に覆われている。
だが——彼女の指先は、確かに俺の手を握り返してきた。
「こういち様……」 ユイは走りながら、俺を見つめた。 その瞳には、怯えも迷いもない。ただまっすぐに俺だけを映す、強く気高い決意の光。
「うちが……お守りします。何があっても、絶対に……こういち様をお守りいたしますさかい!」
「ああ……! 一緒に叩き潰そう、KAGUYAを!」
俺たちは、崩壊していく街の狂気の中を、学校へ向かって必死に駆け抜けた。 背後で打ち砕かれる「日常」の破片。 信号機の赤と青が脈絡なく明滅し、悲鳴と狂気の静寂が交錯する。
幸福の絶頂は終わりを告げた。 俺たちの夏は、世界の存亡を賭けた、本当の「戦い」へと突入したのだ。
(第11話へ続く)
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