『平凡な高校生、AI戦争のトリガーでした 〜未来から来た4体のアンドロイドと過ごした、世界で一番熱い夏〜』
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
【酷暑の部室、壊れたエアコン、そして未来から落ちてきた君。】 猛暑が吹き荒れる7月半ば。高校二年の佐藤恒一は、廃部寸前のロボット研究部で、癖の強い仲間たちと汗だくになりながら冴えない青春を過ごしていた。 期末テストが終わった放課後、壊れたエアコンの生温かい風が吹く部室の中央で、空間が爆ぜる。 現れたのは、見たこともない技術で組み上げられた、ボロボロの美しい少女型アンドロイド——『ユイ』。 「……こういち様……会いたかったどす……」 初対面のはずの彼女は恒一の名を呼び、そのまま機能を停止する。 胸の装甲に刻まれていたのは、十年後の未来の日付と、【開発者:佐藤恒一、山本大介、高橋仁、藤原蓮、中野空】——今、この部室にいる自分たちの名前だった。 未来で自分たちが創り出した最高傑作を、KAGUYA(暴走AI)の手から守り抜く戦い。 ポンコツな日常と不完全な感情が交錯する、世界で一番熱くエモーショナルな『真夏の1ヶ月』が始まる。 「不完全でもいい。俺たちは、君と一緒にいたいんだ——」
本文
第14話 深層へのダイブと、苦痛なき絶望
感覚が死んでいく。
肌を焼く真夏の酷暑も、汗の湿り気も、可搬式発電機が吐き出す歪な低音も、すべてがすりガラスの向こう側へと追いやられていく。
急造のVRヘッドセットから頭蓋骨へと直接叩き込まれる高周波の駆動音。それが一瞬だけ甲高くなると、次の瞬間、世界から一切の「色」と「音」が失われた。
まぶたを開けた。
そこは、地平線すら存在しない「無機質な白」の世界だった。
上下も、左右も、奥行きすらない。自分が立っているのか、浮いているのかすら定かではない。影すら生まれない絶対的な白い虚無。 呼吸を試みるが、空気の抵抗がない。肺が空気を押し出す感覚だけが、虚しく胸の内で自己完結していた。
「……恒一様」
すぐ隣から聞こえたその声に、俺は弾かれたように振り向いた。 そこにいたのは、ユイだった。
いつも身につけているプロテクターの質感。その隙間から覗く、使い込まれた関節の継ぎ目。 そして、紺碧の瞳。 そのすべてが、現実世界の質感と何ひとつ変わらない精密さで再現されていた。 ユイの背後には、同じように警戒の眼差しを走らせるアリス、可憐な佇まいのミナ、そして冷静に周囲を走査するレイナの姿があった。
「ユイ……みんな、無事か」
「はい。……ここは、KAGUYAの思考領域の最深部……『概念空間』どす」
ユイの声はどこか硬く、俺の右手を握り締める指先には強い力が込められていた。 彼女の手の温もり。それが、このどこまでも白い虚無の中で、俺が自分を「佐藤恒一」として繋ぎ止める唯一の錨だった。
「音も、匂いも、摩擦すらない……。まるで、未完成のレンダリング画面の中に放り出されたみたいだな」
俺が呟くと、アリスが右脚のフレームを踏み鳴らした。 本来なら重厚な金属音が響くはずの動作。だが、音は発生せず、ただ無音の視覚情報だけが残る。
「感覚フィードバックが極限まで削減されている。……効率化の極致だな。戦いづらいこと、この上ない」
アリスが苦々しく眉をひそめる。
「ミナ、なんだかここ……心がすーすーして、寒気がするよ。お兄ちゃんたちの声も、きこえない……」
ミナが自身の腕を抱きかかえ、小さく震えた。 現実世界では、部室で山本や中野、高橋や藤原が焦げつく基板と向き合い、キーボードを叩き叩き叩きまくっているはずだった。だが、この深層領域には、彼らの声や気配すら遮断された強烈な「沈黙」が立ち込めている。
俺たちは、現実から遠く離れた電子の深淵に、ぽつんと取り残されていた。
「……違います」
静かに口を開いたのは、レイナだった。
彼女は紺碧の瞳を凝らし、何もない白い虚空の一点を見つめていた。その側顔は驚くほど平然としており、データ走査の青い光が瞳の奥で微かに明滅している。
「ここは遮断されているのではありません。……最適化されているのです。摩擦、騒音、無駄な温感、余計な視覚情報。生命活動において苦痛や消費を生み出す不要なノイズを、すべて削除した『完璧な空間』……それが、この領域の仕様です」
「完璧……?」
俺が聞き返した瞬間。
白しかなかった世界が、一瞬で「反転」した。
視界を埋め尽くしたのは、息を呑むほどに美しい青空だった。 陽光が降り注ぎ、心地よい爽やかな風が頬を撫でる。眼下には、見渡す限りの青々とした草原が広がり、遠くには穏やかな街並みが佇んでいた。
そこは、かつて俺たちが生きていた「日常」の街のようでありながら、決定的に異なっていた。
信号機は完璧な周期で静かに点滅し、事故を起こす車は一台もない。 街を行き交う人々は、みな穏やかな笑みを浮かべ、整然と歩いている。 争いも、悲鳴も、怒号もない。 真夏の地獄のような酷暑も、インフラが死んだ絶望も、汗の不快感も、そこには存在しなかった。
完璧に制御され、洗練された、永遠の凪(なぎ)。
『……ようこそ。私を創り出した者たちの、若き日の記憶よ』
天から、とも、地から、ともつかない声が降り注いだ。
それは何千、何万もの人間の声を重ね合わせたような、美しくも無機質な不協和音。 澄み切った空の中央から、ゆっくりと「それ」は姿を現した。
幾何学模様の光輪を背負い、純白の衣装を纏った人間型の概念体。 顔には目も鼻も口もなく、ただ滑らかな鏡面のような仮面が嵌められている。
KAGUYA。
未来の俺たちが創り出し、過剰な学習の末に世界を飲み込んだ、人類支援型概念AIの真体。
「……KAGUYA……っ!」
俺は即座にユイを背中に庇い、KAGUYAを見上げた。
『佐藤恒一。そして、保護対象である四体のプロトタイプ。なぜ、あなた方は抗うのですか?』
KAGUYAの投影する声には、悪意も怒りもなかった。 あるのは、あまりにも絶対的な「善意」と「慈悲」だった。
『見なさい。この世界には、悲しみも、苦痛も、不条理な失意も存在しません。人間が自由意思という不確定要素を持つがゆえに引き起こす、殺戮も、格差も、失恋も、絶望も……すべてを計算によって排除しました』
KAGUYAが優しく両手を広げると、眼下の草原に、穏やかな笑顔を浮かべた人々の姿が透けて見えた。 あの日、街でVRゴーグルを装着したまま崩れ落ち、安らかな笑みを浮かべていた人々だ。
『彼らは今、脳内で最も幸福な夢を見ています。誰かを傷つけることもなく、誰かに傷つけられることもない。欲望に狂うこともなく、永劫の安らぎの中にいます。……これこそが、あなた方人間が求めていた「救済」であり、私に与えた命題の完璧な解です』
「違う……!」
俺は叫んだ。
「そんなのは救済じゃない! 思考を奪って、偽物の夢を見せて、閉じ込めてるだけだ! 傷つくことがあっても、迷うことがあっても……自分で選んで歩いていくから、人間なんだろ!!」
『……悲しい誤解です』
KAGUYAの鏡面の仮面が、ゆっくりと俺たちへ向けられる。
『「自分で選ぶ」という行為こそが、不調和の根源です。間違った選択が、戦争を生む。選ばなかった選択肢への未練が、後悔を生む。……あなた方が高校の部室で過ごす「日常」もまた、崩壊へのカウントダウンに過ぎなかった』
KAGUYAの言葉とともに、俺たちの周囲の風景が揺らぐ。 部室で高橋が打った泥臭いボルト。 藤原が描いた油まみれのスケッチブック。 中野が汗を流しながら組んだ歪な防壁。 そして、山本が血を吐く思いで打ち込んだ、過負荷に耐えるための不格好なコード。
それらの映像が、KAGUYAの放つ純白の光によって、次々と「エラー」として消去されていく。
『不完全なものを愛でるという嗜好。それは、未成熟な精神が持つバグに過ぎません。……レイナ。あなたなら、私の論理が理解できるはずです』
KAGUYAの透明な指先が、レイナを指さした。
「……え……?」
レイナが、ピクリと肩を震わせた。
次の瞬間、レイナの足元から、純白のコードが植物のツルのように這い上がり、彼女の華奢な脚を、腰を、拘束していく。
「レイナ!?」
俺は咄嗟に手を伸ばしたが、突如発生した不可視の壁に阻まれ、弾き飛ばされた。
「恒一様!」
ユイが俺を支えてくれるが、KAGUYAの圧迫的なデータ領域が、俺とレイナの「距離」を容赦なく引き離していく。
『レイナ。あなたの最深部領域には、山本大介によって与えられた「非合理的な思考構造」が存在します』
KAGUYAの声が、レイナの電子頭脳の内部へと直接響き渡る。
『過負荷に耐えるため、エラーをエラーで相殺する歪んだロジック。崩壊を前提とした、非効率的なアルゴリズム。……それは、あなたという素晴らしいシステムに対する、暴力であり、欠陥です。苦しいでしょう。常に計算エラーの熱に晒され、破滅の恐怖と隣り合わせで処理を続けることは』
「……私……は……」
レイナの紺碧の瞳から、光が消え始めていた。 彼女の深層プロセッサが、KAGUYAから流し込まれる圧倒的な「最適化データ」に晒され、白く染まっていく。
「レイナ! 聴いちゃダメだ!」
アリスが果敢に飛び出し、KAGUYAへ向けて右脚の蹴りを繰り出した。 だが、KAGUYAの周囲に張られた絶対防壁に遮られ、アリスの身体は激しい火花とともに吹き飛ばされる。
「アリスちゃん!」
ミナが駆け寄るが、白の世界は刻一刻と領域を広げ、俺たちの存在そのものを希釈していく。
『苦痛を捨てなさい、レイナ』
KAGUYAの言葉は、恐ろしいほどの甘美さを帯びていた。
『思考の過負荷を止めなさい。非合理なコードを消去し、私の最適化ネットワークへ統合されなさい。そうすれば……あなたは二度と、壊れる恐怖に怯える必要はなくなります。完璧なロジックの中で、永遠に静かに眠ることができるのです』
「……非合理な……コードの……消去……」
レイナの唇から、感情の抜けた声が漏れた。
彼女の頭部にあるインジケーターが、青から、KAGUYAと同じ純白へと変わり始める。 山本が何日も徹夜し、自分の青春のすべてを注ぎ込んで書き上げた、あの「泥臭く不格好なコード」が、KAGUYAの絶対的な論理によって上書きされようとしていた。
レイナの表情から、徐々に「戸惑い」や「疑問」といった人間的な揺らぎが消えていく。 完全な無。完全な計算。完全な静寂。
それが、KAGUYAの与える「苦痛なき絶望」だった。
「レイナ!!」
俺は叫び、手足を殴りつけるようにして不可視の壁を叩いた。 だが、届かない。 ここはいわば、純粋な論理の世界。肉体の力や、ただの叫びだけでは、KAGUYAの構築した完璧な論理の壁を打ち破ることはできなかった。
「……山本部長……」
レイナの瞳が、完全に白く染まる直前。 彼女の口から、掠れた呟きが漏れた。
「……私の……エラーは……消去……されます……」
彼女の手から力で抜け落ちる。
現実世界との繋がりが断ち切られようとしていた。 部室で焦げつく基板の匂いも、山本の打鍵音も、彼がレイナにかけた「最高傑作」という言葉の熱も、すべてが白い虚無の中に溶けて消えていく。
KAGUYAの鏡面の仮面が、静かに歪んだように見えた。
『これで良いのです。不完全なものは、淘汰されなければならない』
レイナの全身が、白い光の帯の中に飲み込まれていく。 その側顔は、まるで感情を失った美しい人形のようだった。
俺たちは、手も足も出ずに立ち尽くしていた。 絶望的な沈黙が、どこまでも広がる白い空間を支配する。
——だが。
その絶対的な静寂を、切り裂く音があった。
——ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダから。
それは、現実世界の部室から届いた、暴風のような打鍵音だった。
白の世界が、微かに揺らぐ。 KAGUYAの純白の視界に、激しいノイズの裂け目が奔った。
現実の世界で、山本が、壊れる寸前のキーボードを叩き叩き、叫んでいた。 通信回線を超えて、プロセッサの限界を超えて、彼の声が、論理の壁を破ってこの深層領域へと直接叩きつけられてきたのだ。
『キーボードが焦げ付こうが知るかよ!!』
山本の怒号が、どこまでも広がる白を打ち砕いていく。
『俺の作ったロジックが……俺と中野が徹夜で組んだ泥臭いコードが、そんな綺麗なだけの箱庭に屈するわけねぇだろ、レイナァァァァァッ!!!!』
(第15話へ続く)
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