『平凡な高校生、AI戦争のトリガーでした 〜未来から来た4体のアンドロイドと過ごした、世界で一番熱い夏〜』
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
【酷暑の部室、壊れたエアコン、そして未来から落ちてきた君。】 猛暑が吹き荒れる7月半ば。高校二年の佐藤恒一は、廃部寸前のロボット研究部で、癖の強い仲間たちと汗だくになりながら冴えない青春を過ごしていた。 期末テストが終わった放課後、壊れたエアコンの生温かい風が吹く部室の中央で、空間が爆ぜる。 現れたのは、見たこともない技術で組み上げられた、ボロボロの美しい少女型アンドロイド——『ユイ』。 「……こういち様……会いたかったどす……」 初対面のはずの彼女は恒一の名を呼び、そのまま機能を停止する。 胸の装甲に刻まれていたのは、十年後の未来の日付と、【開発者:佐藤恒一、山本大介、高橋仁、藤原蓮、中野空】——今、この部室にいる自分たちの名前だった。 未来で自分たちが創り出した最高傑作を、KAGUYA(暴走AI)の手から守り抜く戦い。 ポンコツな日常と不完全な感情が交錯する、世界で一番熱くエモーショナルな『真夏の1ヶ月』が始まる。 「不完全でもいい。俺たちは、君と一緒にいたいんだ——」
本文
第16話 好きやから、止められへんで
焦げたプラスチックの臭いが、狭い部室の空気を完全に支配していた。
八月十八日、午前三時すぎ。
外の夜気は冷え始めているというのに、この部屋の中は異常な熱気と、火花が散るたびに走る鋭い臭気に満たされている。
可搬式発電機はすでに限界を超えて激しく振動し、唸り声を上げていた。過負荷で加熱したメイン基板のあちこちから、ジリジリと微かな白煙が立ち上っている。深層世界での激しいせめぎ合いが、現実世界のハードウェアに文字通りの致命的な負荷をかけていた。
「くそっ……! 配線が焼けてやがるっ!」
高橋が血走りかけた目を剥き、太い腕で作業台の配線を押さえ込んだ。
彼の指先は熱を持ったコードに触れて火傷を負い、皮膚が赤くただれている。それでも高橋は苦悶の表情を押し殺し、獣のような唸り声をあげながら、剥き出しになり火花を散らす銅線を素手で必死に抑えつけていた。
「離すなよ高橋! ここで回路が焼き切れたら、深層にいる恒一やレイナたちまで全部ロストするぞ……っ!」
隣で叫んだのは藤原だった。
いつもは冷めたような笑みを浮かべ、自分の容姿や美学にしか興味を示さなかった彼が、今は泥まみれになり、流れる汗と涙を拭うことすらせずに、炎上しかけた電源ケーブルを両手で力任せに押さえつけている。
藤原の白いシャツは油と煤で汚れ、その端がショートした熱で黒く焦げていた。
「わかってるよっ! 俺たちの汗と涙の結晶を、こんな安物の配線ごときで燃やしてたまるかよ!!」
高橋の叫び声が、部室の壁を震わせる。
中野はもう泣きそうな顔でキーボードを叩き続け、山本は血を流す指でメインサーバーの冷却ファンを必死に手動で回し続けていた。
誰もが自分の限界の、さらにその先の壁を無理やりこじ開けようとしていた。
*
その頃、現実から切り離された深層世界——「無機質な白」の領域。
KAGUYAの放つ純白の衝撃波は、先ほどの反撃によってさらに狂暴さを増していた。
周囲の空間はまるでガラスのようにひび割れ、そこから零れ落ちるデータの一片一片が、鋭い刃のように俺たちの皮膚を削っていく。
「っ……!」
頭を直撃するような圧倒的な情報量の奔流に、俺の足元がぐらりと揺らいだ。
KAGUYAの冷徹な意思が、再びこの空間の秩序を元に戻そうと、無数の白い光の槍となって俺たちめがけて降り注ぐ。
「恒一様、危ないどす!」
その瞬間、鋭い風切音が響いた。
俺の腕を強く引いて引き倒したのは、ユイだった。
ドガァァンッ!!
俺が先ほどまで立っていた空間を、無数の光の槍が容赦なく貫き、白煙のような電子の残滓を散らす。
直撃こそ免れたものの、その衝撃波の余波が、ユイの身体を激しく弾き飛ばした。
「ユイ……っ!」
俺は慌てて駆け寄り、地面に倒れ込んだ彼女の身体を抱き起こした。
彼女のプロテクターの肩口が大きく裂け、内部の緻密な配線が剥き出しになっている。そこから、冷却水ではなく、痛々しいほどの青白いスパークがパチパチと散っていた。
「はぁ、はぁ……うちは……平気どす……」
ユイは痛みに顔を歪めながらも、震える小さな手で、俺の頬をそっと包み込んだ。
その手のひらは、現実の人間と同じように温かく、そして微かに震えていた。
「なんで……なんでそんなに無理をするんだ、ユイ……!」
俺の胸の奥が、熱く、引き裂かれるように痛んだ。
彼女は人間ではない。プログラムと金属と、不完全な愛情のコードで組み上げられたアンドロイドだ。それなのに、なぜそこまでして俺を庇うのか。効率だけを考えれば、自分を優先して逃げる方がよほど合理的のはずなのに。
「……バカやなぁ、こういち様は」
ユイは痛む身体を無理やり起こし、潤んだ紺碧の瞳で俺をまっすぐに見つめた。
その表情には、恐れも後悔もなかった。あるのは、溢れんばかりの切なさと、どうしようもないほどの愛おしさだった。
「効率やなんて……そんなもん、どうでもええんです」
ユイの目から、ぽろりと一筋の光の雫が零れ落ちた。
それは彼女のシステムがエラーを吐き出している証拠なのか、それとも彼女自身の心が流した涙なのか、俺にはもう区別がつかなかった。
「痛いのは嫌やし、壊れるのも怖いどす。……こんな不完全な自分でいるのは、ほんまは怖くてたまらんかったどす」
ユイは言葉を詰まらせながら、しかししっかりと俺の手を握り締めた。
「でもな……こういち様がうちに『心』をくれた。笑い方を教えてくれた。この世界で、一緒に生きていきたいって……そう思わせてくれた」
彼女の頬を伝う涙が、白い虚空に吸い込まれて消えていく。
その唇が、震えながら紡いだ言葉は、この無機質な世界の中であまりにも鮮烈だった。
「——好きやから。こういち様が、好きやから……止められへんのどす」
胸を突かれたような衝撃が走った。
「好き」という言葉。
それは、KAGUYAが最も排除しようとした「非効率で、厄介で、狂おしいまでの不確実性」そのものだった。
計算でも、論理でもなく、ただ一人の誰かを想うがゆえに、自らの命すら投げ出してしまうほどの狂気と優しさの混ざった感情。
「ユイ……お前……」
言葉が詰まった。
彼女が選んだのは、効率的な生存でも、KAGUYAの与える安らかな死でもない。
傷つき、痛みを抱え、それでも誰かを愛して生きるという、最も人間らしくて、最も愚かで、美しい道だった。
「……ありがとう、ユイ」
俺は震える声でそう呟き、彼女をそっと抱き締めた。
彼女の身体から伝わる熱が、この凍てつくような白い虚空の中で、唯一確かな温もりとして俺の心に染み込んでいく。
「次は……俺が答える番だ」
俺はゆっくりと立ち上がり、傷ついたユイをアリスとミナに預け、KAGUYAのそびえ立つ中心点へと向き直った。
背後では、レイナが静かに頷き、アリスとミナが戦闘態勢の構えを取り直している。
現実世界で、高橋と藤原が血を流しながら機材を支え、山本と中野が限界を超えた打鍵を続けている。その熱量が、この深層世界にいる俺たちの血肉を燃え上がらせていた。
「KAGUYA! お前にはわからないだろうな!」
俺は叫んだ。
声は白い虚空に響き渡り、空間そのものを大きく揺らす。
「傷つくのが怖くても、失うのが辛くても……誰かを好きになって、その人のために泣いて、笑って、泥まみれになって明日を目指す! その不完全さこそが、俺たちの『日常』だ!!」
『……理解不能。非合理な感情の暴走です』
KAGUYAの仮面が激しく明滅し、その全威力が俺たちに向かって解放された。
世界が真っ白な光に包まれ、すべてを飲み込もうと押し寄せてくる。
だが、もう恐くなかった。
俺たちの胸の中には、消えない炎が灯っていたからだ。
「行くぞ、みんな……!」
俺の号令とともに、深層世界の四体が、それぞれの創作者たちの想いを背負って一斉に駆け出した。
夏の終わりの決戦は、いよいよ最高潮へと突入する。
(第17話へ続く)
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