第一話 この家の中心人物がいちばん騒がしい。
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あらすじ
黒崎稜という人がどういう人か、こっそり日常をのぞかせていただきました。 この家が騒がしいのは、どうやら稜さんが中心に騒がしいようですね。
本文
「ない」
机の引き出しを開ける。
「ない」
ベッドの横を見る。
「ない!!」
そして私は勢い良く立ち上がった。
「私のグミがない!!!」
朝。
縁十四番館に、私の声が響き渡った。
「朝っぱらからうるせぇ」
リビングのソファでコーヒーを飲んでいた龍が、ものすごく嫌そうな顔でこちらを見る。
「龍!!」
「嫌だ」
「まだ何も言ってない!」
「どうせグミだろ」
「なんで分かった!?」
「さっき自分で叫んでただろうが」
なるほど。
名探偵かと思った。
「昨日ここに置いたんだよ。めちゃくちゃ硬いやつ。楽しみにしてたのに!」
「知らねぇよ」
「絶対?」
「絶対」
「本当に?」
「しつけぇ」
私は龍をじっと見る。
龍も私を見る。
「……龍、口開けて」
「なんでだよ」
「証拠確認」
「食ってねぇっつってんだろ」
怪しい。
非常に怪しい。
しかし龍は甘いものを積極的に食べるタイプではない。
となれば——。
「亜優ー!!」
「朝から叫ばないの」
後ろから声がした。
振り返ると、うずめが呆れた顔で立っていた。
「だって私のグミが消えた!」
「また?」
「またって何!?」
「この前も言ってたでしょ」
「この家には怪盗がいる」
「ちゃんとしまってないだけじゃない?」
「しまったもん!」
「どこに?」
「机の上」
「それはしまったって言わない」
正論で殴られた。
私は黙った。
「とにかく犯人を捜す!」
「朝ごはん食べてからにしなさい」
「犯人が証拠隠滅するかもしれない!」
「たかがグミだろ」
龍が呟く。
私は勢いよく振り返った。
「たかが!?」
「あ」
「龍さん、今なんと!?」
「めんどくせぇ……」
「グミを侮辱しましたね!?」
「してねぇよ」
「私にとって硬いグミは執筆のお供なの! パソコン! コーヒー! 煙草! そしてグミ! この四つが揃って初めて完全体黒崎稜が——」
「朝飯食え」
「はい」
怒られた。
この家には、たくさんの住人がいる。
性格も違う、好きなものも違う、生活リズムも違う。
当然、毎日何かが起きる。
そして私は、その中心にいることが多い。
私としては大変不本意である。
「稜ー!」
「なにー!?」
「司がなんかやってる!」
「嫌な予感しかしない!!」
ほら。
今日もそうだ。
声をした方へ向かうと、司がリビングの真ん中で何やら怪しいことをしていた。
「何してんの?」
「見て分かんない?」
「分からないから聞いてる」
「実験」
「何の?」
「これとこれ混ぜたらどうなるかなって」
「小学生かお前は」
龍のツッコミが飛んでくる。
私は司の手元を覗き込んだ。
「……でもちょっと面白そう」
「だろ!?」
「お前は乗るな」
即座に止められた。
「いや待って龍。これは知的好奇心というものが——」
「昨日まで別のことやってただろ」
「……」
「この前始めたやつどうした」
「……」
「おい」
私は司の持っているものへ視線を戻した。
「今はこっちが楽しい!」
「知ってた」
龍が頭を抱える。
その横で司が私の肩を組んできた。
「さすが稜! 話が分かる!」
「だろ!?」
「二人が馬鹿になった……」
「誰が馬鹿だ!!」
「お前ら」
「司だけにして!」
「裏切った!?」
そんなことをしていると。
「あの……」
小さな声が聞こえた。
見ると、少し離れたところに優子が立っていた。
いつもの顔と少し違う。
「あれ、優子?」
「……」
私は司の腕をどけた。
「どうした?」
「いや……なんでもない」
なんでもない。
そう言う人ほど、なんでもなくない。
少なくとも私はそうだ。
「そっか」
だから無理には聞かない。
「じゃあさ」
「うん?」
「コーヒー飲む?」
「……飲む」
「よし」
キッチンへ向かう。
後ろから龍の声が飛んできた。
「お前の実験は?」
「あ」
司も言った。
「稜!?」
「あとで!」
「裏切り者ー!」
知らん。
今はこっちだ。
優子と話していたら昼になった。
昼ご飯を食べてたら拓海に捕まった。
遊んでと言われたので遊んだ。
その途中で亜優も参戦した。
気づけば翡翠までいた。
なぜか司もいた。
そして最終的に龍に怒られた。
「なんで!?」
「うるせぇからだよ!!」
「私だけじゃない!」
「一番うるせぇのがお前だ!」
「横暴だ!!」
「稜ー!」
「今度は何!?」
咲良に呼ばれた。
今日は忙しい。
非常に忙しい。
小説を書こうと思ってたはずなのに、パソコンを開いてすらいない。
……まあいいか。
夜書けば。
そんなことを考えながら咲良のところへ向かう途中、声が聞こえた。
「——だから、あの時あいつがさ」
足が止まった。
……ん?
今の会話……使える!
めちゃくちゃ使える!!
私は黙ってスマホを取り出した。
メモを開く。
「……稜?」
咲良がこちらを見る。
「ちょっと待って」
「何?」
「今の会話めっちゃ使える」
龍がこちらを見た。
「お前まさか」
「いただきます」
「出演料!」
いつの間にいたのか司が叫ぶ。
「ねぇよ!」
「じゃあ印税!」
「もっとねぇよ!」
亜梨子がにこやかに首を傾げる。
「肖像権はいかがなさいます?」
「小説だから顔出ない!」
「私、美人に書いてね!」
「翡翠は出演する気満々じゃん!」
「俺は?」
「司はちょっと馬鹿にする」
「なんで!?」
「事実だから」
「稜!?」
うるさい。
非常にうるさい。
……いや。
私も人のこと言えないか。
夜。
ようやく私はパソコンの前に座った。
コーヒーを置く、グミを置く、煙草もある。
よし。
完全体黒崎稜。
「書くぞ」
キーボードに手を置いた。
カタカタ。
カタカタカタ。
一度物語の中に入ってしまえば、周りの音はあまり聞こえなくなる。
頭の中にいる登場人物が喋る。
動く、笑う、泣く。
それを文字にしていく。
カタカタ。
カタカタカタ。
気づけば時間なんて簡単に消える。
「……静かだな」
司が言った。
「確かに」
翡翠が頷く。
「稜が三時間喋ってない」
「大丈夫!?」
「死んでねぇよ」
龍が呆れたように言う。
「執筆してんだろ。ほっとけ」
「三時間だよ!?」
「むしろ今行ったらキレるぞ」
「稜って集中できるんだ……」
「失礼だなお前」
その会話ですら、私の耳には届いていなかった。
カタカタ。
カタ。
「……」
最後の一文。
句点を打つ。
私は画面を見つめた。
読み返す。
一行目、二行目、三行目……そして最後まで。
「……」
よし。
椅子から立ち上がる。
「できたああああああああ!!!!」
「うるせぇ!!!」
龍の怒鳴り声が飛んできた。
私は笑いながらリビングへ向かう。
「ねえ聞いて! めっちゃいいのできた!」
「今何時だと思ってんだ!」
「知らん!」
「時計見ろ!!」
「龍読んで!」
「嫌だ」
「なんで!?」
「長ぇ」
「まだ文字数言ってない!」
「お前の顔見ればわかる」
「読んでよぉ!」
「明日な」
「今!」
「寝ろ!!!」
また怒られた。
その時。
「あ」
ふと思い出した。
「そういえば私のグミ」
朝から探していたグミ。
結局、どこへ行ったんだ?
すると。
「たーちゃん食べた!」
元気な声が聞こえた。
「……」
リビングが静かになった。
拓海を見る。
拓海は笑っている。
その隣で亜優が目を見開いた。
「たーちゃん!!」
「……拓海」
「なに?」
「私の……硬いやつ?」
「うん!」
「全部?」
「うん!」
「……」
私は天井を見上げた。
深呼吸。
そして。
「お前らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「きゃー!」
拓海が逃げる。
亜優もなぜか逃げる。
「亜優は関係ないでしょ!?」
「なんとなく!」
「待てえええええ!!」
「夜だっつってんだろうが!!!」
龍の怒鳴り声。
笑う司。
逃げる子供組。
それを止めようとするうずめ。
呆れている廉。
楽しそうな翡翠。
遠くから眺めている久遠。
笑っている咲良。
そして。
その真ん中を走っている私。
——この家には、たくさんの住人がいる。
性格も違う、好きなものも違う、考え方だって違う。
喧嘩もする、泣く日もある、一人になりたい時だってある。
それでも。
「返せ私のグミー!!」
「もう食べたー!」
「じゃあ買ってこーい!!」
「稜! 近所迷惑!!」
「龍が一番うるさい!」
「誰のせいだと思ってんだ!!」
今日もこの家は騒がしい。
そしてどうやら、その原因の一部は——
「……私?」
「今気づいたのかよ」
龍が呆れた。
私は少し考えて……笑った。
「まあ、楽しいからいっか!」
「よくねぇ」
今日も住人たちは騒がしい。
たぶん、明日も、明後日も、この先もずっと。
——少なくとも私は、そんな毎日が結構好きだ。
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