青い神様と僕の三日間
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
嵐が去った夏の翌朝、港町で一人暮らす青年・レンは、砂浜で倒れていた透き通るような青い髪の少女・ルチアを保護する。 自分の正体を隠し、初めての「人間の暮らし」に目を輝かせるルチア。 温かいスープ、静かな同居生活、そして夏の祭りの夜——。 身寄りがないという小さな少女と過ごす三日間のなかで、レンは彼女が隠していた秘められた正体を知ることになる。 人間に憧れた小さな神様と、世話焼きな青年の、甘くて少し切ない夏の物語。
本文
「うわっ……! おい、大丈夫か!?」
嵐が去った夏の翌朝。日課の浜辺の散歩をしていたレンは、濡れた砂浜に倒れ込んでいる一人の少女を見つけて駆け寄った。
腰まで伸びた透き通るような青い髪。波に揺れるその姿はまるで、絵本に出てくる人魚のようだ。
「う……ん……」
レンが抱き起こすと、少女はゆっくりと瞼を開いた。その瞳もまた、吸い込まれそうなほど深い蒼色をしている。
「あ……にんげん……? ほんものの、にんげんさん……?」
「人間って……お前も人間だろ? 一体どこから流されてきたんだ? 怪我は?」
レンが尋ねると、少女——ルチアは、自分の青い髪をキュッと握りしめながら、どこかぎこちない手つきでレンの服の裾を摘んだ。
「わたし、ルチア。うみから……うみのむこうから、きたの。にんげんさんの暮らしが、ずっと見たくて……」
「海の向こうって……まあいい、とにかく服も濡れてるし、俺の家に来い。温かいスープでも飲ませてやる」
(ただの迷子か、家出少女だろう)
そう思い込んだレンは、彼女が実はこの海を守る『神様』であることなど、知る由もなかった。
こうして、俺と小さな神様の、不思議で少し甘い三日間の夏が始まった——。
書いてもらった。
***
「おっと、海の向こうって言ったってここは島だぜ? 海の向こうには違う国しかないぞ」
ルチアはふるふると首を振り、また桜貝みたいな指先でレンの袖とその向こうにある家々を交互に指す。
「でも、ここには人間さんがたくさん。おいしそうなにおいもたのしそうなおとも、いっぱい」
「……世間知らずのお嬢様って感じだな」
レンはため息をひとつついて、ぐったりと力の抜けた彼女の体を横抱きに抱え上げた。驚いたことにその体はひどく軽い。長く伸びた青い髪から、潮の香りがふわりと立ちのぼる。
「きゃっ。あの、わたし、あるける」
「足元濡れてるし怪我してるかもしれない。おとなしくしてろ」
「……にんげんさんは、みんなやさしいの?」
「さあな。俺はどっちかって言うと、放っておけないだけの損な性分だ」
ルチアはこてんと首をかしげ、レンの言葉の意味を探るようにまばたきした。それからおそるおそるレンの胸に頬を寄せる。
「あったかい。うみとちがって、ここはとってもあたたかいね」
「……熱でもあるんじゃないか」
そう言ってレンは歩く速度を少しだけ早めた。朝焼けの海は昨日の嵐が嘘のように凪いでいて、二人の影を波打ち際に長く落としている。
だがレンは気づいていなかった。ルチアの通った後、砂の上に小さな青い花が一つ音もなく咲いたことに。彼女の素足から滴る白い雫が、陽の光を浴びて虹のようにきらめいたことに。
港町の外れにある古い木造の家に着くと、レンは彼女を居間のソファに下ろし古びた青い毛布を肩にかけてやった。
「待ってろ。今温かいスープを温める。あと、着替えも適当に見繕ってくる」
「スープ……」
「飲んだことないのか」
「うみの料理は、だいたい生のままかしおかぜでかわかすの。あたたかいのははじめて」
ルチアは興味津々にレンが火にかける鍋を、大きな蒼い瞳のままじっと見つめている。子供のような無防備な横顔にレンは何だかくすぐったい気分になった。
(この子、本当に何も知らないんだな)
「ほら、熱いから気をつけろよ。ふうふうして少し冷ましてから飲むんだ」
レンが差し出した皿を受け取ってルチアはふんふんと湯気の匂いを嗅ぐ。じゃがいもとにんじん、玉ねぎが入ったシンプルな野菜スープ。最後の一滴まで飲み干した。
「おいしい……これが、あたたかいスープ……」
「良かったな。で、ルチア、お前これからどうするんだ? 家はどこだ。親の連絡先は?」
「……ない」
「ないって何が」
「いえも、きょうだいもおかあさんも。わたしのいばしょは、ずっとうみのそこ。でもわたし……にんげんさんと暮らしてみたい」
レンの胸が小さく軋む。彼女の口調は我儘というより、諦めと憧れが溶け合ったようなひどく静かな響きだった。
「……しょうがない。しばらく様子をみる。ただし家の中の決まりは守れよ。俺が世話してやる」
「ありがとう。レン、あなたのやさしさをわたし一生わすれない」
「大げさだな」
それから訪れる三日間がレンにとってどれほど鮮烈で、特別な時間になるか彼はまだ知らない。
「寝る場所を準備するから、勝手に窓から海に帰るなよ」
「うみにかえる……?」
「いや、言ってみただけだ」
夕暮れの台所で、ルチアは初めて覚えたてのありがとうを何度も口に出していた。
そのたびに古い家のあちこちに青い小さな花が咲く。レンは明日まで、それに気づかないまま——。
***
翌朝。
レンが目を覚ますと、部屋の中に甘い空気が満ちていた。まるで雨の後の森と焼きたてのパウンドケーキが混ざったような、懐かしくて穏やかな香り。
「……なんだ、この匂い」
寝ぼけ眼を擦りながら寝室を出ると、リビングの真ん中でルチアが両手を広げ、目を閉じて立っていた。窓から差し込む朝日を浴びて、青い髪が淡く輝いている。
「……ん? ルチア? 何やってるんだ」
「……あ、おはよう、レン。へんな夢を見てて……すごく、幸せな夢」
彼女はふわっと微笑んで、まるで大切な宝物でも抱きしめるように自分の胸に手を当てた。
「どんな夢だ?」
「……秘密。だって、言ったら壊れちゃいそうで」
(変なこと言う奴だな)
レンはそう思いながらも、昨夜までの警戒心が、もうすっかり薄れている自分に気づいて少し驚いた。
「……お前、どこか具合悪いのか? 昨日もフラフラしてたし」
「大丈夫。……ちょっと眠くて、頭がフワフワするだけ」
「だからまだ休んでろ。今日一日は絶対安静だ。まずは朝飯にしよう」
レンがそう言ってキッチンに向かうと、ルチアはゆっくりと後をついてくる。昨日よりも少しだけ距離が近い気がするのは、気のせいだろうか。
「レン」
「ん?」
「今日も……一緒にいてくれる? ずっと」
「そりゃ、お前がここにいる限りはそうなるだろ。困った時はお互い様だ」
「……うれしい」
ルチアは、レンの背中にそっと額を押しつける。触れた部分から、ほのかに海のような冷たさと、春のような温かさが伝わってきた。
「わっ、急にどうした!」
「あ、ごめんなさい。嬉しくて……つい、触れちゃった」
「あ、ごめんなさい。嬉しくて……つい、触れちゃった」
「ったく、子供か」
呆れたような声で言いながらも、レンは彼女を振り払ったりしない。ただ、照れ隠しのようにフライパンを強く火にかけ直した。
「今日の朝はオムレツだ。卵の焼き加減はどうだ? 俺は半熟派だけど」
「……?」
「……そうだよな。知らないよな。だったら勝手に作る」
「うん。全部レンにお任せする」
その会話の最中も、窓の外では時折、波音が優しく響く。まるで彼らを祝福しているかのように。
そしてレンはまだ知らない。この瞬間、ルチアの指先がほんの少しだけ青白く光り、レンの胸元で小さく弾けたことを。
それは契約の証——神である彼女が、人の世界で生きるために必要とした、最初の“縁”だった。
「いただきます」
「……いただきます」
向かい合って座り、同じ時間を分け合う。
それがどれほど尊いものか、互いが自覚するまでには、あと一日と少しの時間が必要だった。
*** 三日目の夕方。
港町は祭りの最終日を迎えていた。
「すごい。人がこんなにたくさん……」
町外れの高台から見下ろす宵闇の海岸通り。提灯に彩られた道は、まさに光の川となって人々の笑い声と太鼓の音を乗せてゆるやかに流れている。
「今年は豊漁祈願と海上安全の感謝祭らしいな。毎年この時期にある」
「……ねえレン。あれが、人間さんの“たからもの”?」
「ん?」
ルチアはポツンと呟く。細い指が、遠くの灯りを掴もうとするように微かに動く。
「みんなが笑ってる。歌ってる。ごはんを食べたり、踊ったり。あれが……あなたたちの“しあわせ”の形?」
「ああ……まあ、そうだな。そんなところだ」
「そっか」
瞬間ーー
「え?」
浜辺の海面が、唐突に大きく盛り上がった。
ゴウッと唸るような水柱が高く吹き上がり、人々の歓声が一瞬にして悲鳴に変わる。
「ルチア! 下がれ!」
レンは咄嗟に彼女を抱き寄せ、岩陰に身を伏せた。けれど次の瞬間、レンは自分の腕の中で固まっているルチアを見て目を見開く。
彼女の青い髪が風もないのに激しく揺れ、瞳は深く透き通る海の色へと変貌していた。肌の表面を、星屑のような光が走る。
「……まずい」
「ルチア、落ち着け! 落ち着くんだ!」
レンが叫ぶより早く、彼女の体が宙に浮いた。重力から解き放たれたように、ふわりと岸壁の上へ。
「やだ……レン……離して」
「離さない!」
二人の指が絡み合う。途端、ルチアの全身を包んでいた光が爆ぜるように砕け散った。
「ぁ……!」
彼女の爪がレンの手首を抉る。血が滲む。それでもレンは手を離さなかった。
「離すもんか! 迷子だか神様だか知らないが……お前は俺の家に来たんだ! 俺が、お前の居場所になってやる!」
ルチアの目から、溢れた涙が青い光の粒となって夜空へ舞い上がっていく。
それは星となり、嵐を鎮める静謐な歌声となる——。
「ごめん、レン……痛かった?」
「バカ。俺がどれだけお前のこと心配したと思ってる」
ようやく足が地面につき、ルチアは崩れるように座り込む。その傍らでレンは傷ついた手首を気にせず、震える彼女の肩をしっかりと抱き寄せた。
「言ったよな。俺が世話してやるって」
「……わたし、怖かった」
「大丈夫だ。もう二度とひとりになんかさせない」
風が止み、海が静まり返る。
人々は呆然とその一部始終を見つめていたが、誰も声を上げる者はいなかった。あまりにも美しく、儚い出来事だったから。
「ごめん、レン……痛かった?」
「バカ。俺がどれだけお前のこと心配したと思ってる」
ようやく足が地面につき、ルチアは崩れるように座り込む。その傍らでレンは傷ついた手首を気にせず、震える彼女の肩をしっかりと抱き寄せた。
「ルチア」
「うん」
「帰ろう。うちの晩飯はまだなんだから」
ルチアは涙の痕が残る顔で小さく微笑んだ。
そして立ち上がる。まだ少しふらつく足取りを、レンは当然のように支えた。
「今夜はお祝いだ。祭りの屋台で買った物もあるし、特製シチューを仕込んである」
「うん。たくさん食べる」
暗い階段をのぼりながら、ルチアはそっと囁いた。
「ねえ、レン。わたし……ずっと一緒にいていい?」
「当たり前だ。お前がここにいたいなら、ずっといていい」
月明かりの下、二人は手を繋いで古い木造の家へと帰っていく。
ルチアが歩く足元には、今度は消えることのない小さな青い花が、ぽつりぽつりと咲き誇っていた。
神様と僕の、甘くて少し不思議な夏は、こうしてずっと続いていくーー。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。