第6話 北の解体場——SAME SERIAL NUMBER

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/7 📚 シリーズ: その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 📝 4,453文字 ✅ 全年齢

あらすじ

その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 - 第6話 北の解体場——SAME SERIAL NUMBER

本文

貼り紙を剥がしたのは、翌朝いちばんだった。

『駄目よ』

「昨日も聞いた」

『百回でも言うわよ』

受付の女は紙を裏返して、判の欄を見てから、俺の顔を見た。

「9級の下請け枠だよ。元請けの8級が三人いて、あんたはその下につく四人目だ」

「俺は何をやるんだ」

「役割は寄せ役と回収役。走る係ってことだね」

「元請けはハリムと、千里組せんりぐみの二人組だ。腕は確かだよ」

『本来なら都市圏の治安部隊の仕事よ。でもこの西側は、どの行政体の縄張りにも入っていないの』

「……そもそも治安部隊って、どこの兵隊なんだ。見たことがない」

『税金じゃなくて、企業の出資で回ってるの。天山てんざんの工場がある圏には、天山てんざんの金で部隊が立つわ。守ってるのは住民じゃなくて商圏よ』

「じゃあ、ここは」

『塔が死んだ日に、この西側の出資は引き上げられたわ。企業が出て行った区画からは、部隊も一緒に消えるの』

『壊れた人間はギルドが引き受けるわ。暴走機化きか者はね。危険物であると同時に、まだ売れる部品の山なのよ』

9級の依頼は、月に一件取れれば良いほうだ。身体は、待っているだけでも金を食う。

これは、十倍儲かる。しかも現物回収可。解体場に落ちているものは、全部パーツだ。見逃すことはできなかった。

きづいたら、足は先に動いていた。

『あんた、暴走機化者を見たことある?』

「無い」

『痛みを返す神経が切れてるのよ。抑えが無いまま全力で暴れる機械が、恐れも逃げもせずに来るわ』

「分かってる」

『分かってないわ。……でも、行くんでしょう』

「行く」

『なら、条件をこっちで足すわよ。現場指揮は私。身体の組み立ても調整も私。——引き金だけは、あんたのものよ。私は最後まで撃てないんだから』

俺は頷いた。押し切ったのか、乗せられたのか、よく分からないまま。

問題は、弾が誰持ちかだった。

前貸しの窓口で、受付が帳面を指で叩いていた。

討伐は日当ではなく歩合で、歩合の仕事に道具は貸さない決まりらしい。

だから残りは一発のみ。五十鈴いすずの再装弾が、右腕の四〇口径の中に昨日から入ったままだ。

『抜いて、雷管を見せなさい』

「見て分かるのか」

『ちゃんと嵌ってるわ。あとは運よ』

「運かよ」

『準備でできるのは、ここまでなの。あとは、外さないこと』

なにはともあれ現場へ向う。

※

北の解体場は、街の鉄骨地帯のいちばん外側にある。

昔は塔の資材ヤードで、海から揚げた鋼材をここで仕分けていたそうだ。

いまその敷地では、船とガラクタの身体を同じ場所で剥いている。

圧縮ブロックが壁のように積み上がっていて、その谷底に油の池ができていた。

空気に錆びた香りがする。

集合は、朝のうちだった。

肩の広い男が、俺の認識票を見て、笑わずに笑った。ハリムだ。

「ようフリーの小僧。えらいのが来たな」

「……どうも」

「うちの若いのが、廃線区で肘をやられてね。まだ添え木だ。それで下請けの枠を出した」

その後ろに、二人いた。

ひとりは背が高く、長い銃を斜めに背負っていた。五十鈴いすずの長銃で、台の木の部分だけが銃より新しい。自分で削ったものらしい。目が合ったが、何も言わなかった。

もうひとりは小柄で、声を掛けてきた。

「ほんとにフリーなんだ。ねえ、その肩、自分で繋いだでしょ。筋は悪くないけど、接続がいまいちね、できれば専門家に見てもらった方が良いわよ。……あ、あたしは鈴余すずよ。こっちの無口なのが忌那いな。二人で千里組せんりぐみって呼ばれてるの。よろしくね。」

忌那いなと呼ばれている女の額の上に、眼が三つ並んでいた。ココノテクノの観測眼だ。三つとも別々の方向を向いて、勝手に動いている。

地図を見せながらハリムは言った。

「お前は北の斜路から入って、ドラム缶を鳴らして敵を寄せる係だ。敵をこっちの筋へ寄せる。筋に入れば、忌那いなの一発で終わる」

「一発で?」

「あいつは一発しか撃たない。それで今まで足りてきた」

「取り分は」

「当てたやつと、止めたやつで割る。寄せ役に歩合は無い」

ドクはハリムの真横に立って、地図を覗き込んでいた。

『……いい度胸ね、あの男』

ドクの声が、頭の中で低くなった。

「わかった」

何も言い返せなかった。

散る前に、鈴余すずよが手を上げた。

「待って。——聞こえるわ」

全員が止まった。俺には、風の音しか聞こえない。

「北北東、遠く。あれは野良のらだね。今日はこっちまで来ない」

「野良って、あの機械の?」

「そ。戦争の生き残り。廃品を漁りに来るの。あたしらと同業ってわけ」

三つの眼が、別々の方向を向いたまま止まっていた。彼女は自分の耳たぶを引っ張った。

「で、近いほうのこれが、お目当てさん。ブロック二列向こう。……野良は澄んだ音で鳴るの。人が入ってる身体は、どこかしら軋む。これは軋んでる音よ。」

ハリムが顎で斜路を指した。

「聞いたな。行け」

斜路を降りて、ドラム缶に石を投げた。

正確にヒットし思いのほか音がなり響き、あたりに音が反響した。

返ってきたのは、音だけじゃなかった。

ブロックの壁の向こうで、鉄が動いた。

船の腹を吊っていたワイヤーが、鞭の音を立てて切れた。

吊られていた鋼板が落ちて、地面に跳ねる。

何かがワイヤーを掴んで、引いて切ったのだ。

視界に写るHUDの、心拍の数字が跳ねた。112。

『来るわ』

とドク。

出てきたのは、男だった。

胸に、どこかの解体屋の縫い取りが残っている。作業ベストの切れ端が、腰にまだ引っかかっていた。

腕も脚も、俺と同じ灰色だ。八洲やしまの型落ち。継ぎ目の位置まで見覚えがある。

顔の左半分だけが、生身のまま残っていた。

そこだけが、怯えて表情をして、俺を見つめていた。

「完全に見つかったか」

ヤツの口が動いた。

あー、と言おうとして、声にならない声になっている。

どこか同情してしまった。俺もああなっていたかもしれないと思うと。

『可哀想は後にしなさい』

瞬間、男が走ってきた。

筋へは行かず、見つけた俺の方へ一直線に。

完全に失敗している。

上のほうで、待機していた鈴余の声が跳ねた。

「筋から外れた! 忌那、射線は!」

「——無理」

ブロックの谷の底だ。上からの弾は、壁に阻まれてしまっている。

射線が取れない。

一歩目で地面が爆ぜた。

避けたつもりだったが、右腕が肩を掠めて、俺の八洲やしまの疑似皮膚が縦に裂けた。

剥がれた縁から金属が除いている。凄い威力だ。

数センチ。数センチずれていたら、俺の頭は無かった。

俺の指が引き金にかかっていた。

『まだ』とドク。

分かっていた。

貴重な一発を、致命傷にならない位置で使うわけにいかない。

ドクは男とのあいだに立っていた。今日は白衣で、髪を下ろしている。

『描くわよ』

視界の中で、男の左肩に赤い線が走った。

『左肩、駆動が焼けてるわ。左は振れない。振ってるように見えるのは、胴で回してるだけよ』

男が左を振った。

胴ごと回った。なるほど遅い。半拍、遅いか。

赤い線が、右膝へ滑った。

『右膝、ダンパーが抜けてる。右へ回りなさい。あの膝じゃ追い切れないわ』

すぐさま右へ回った。

男の身体が斜めに流れて、ブロックの角に肩を当てた。

『そう。もう一周』

『撃つなら鎖骨の下。そこにスパインバスの点検口があるの。外装の継ぎ目が縦に走ってるところ、そこだけ薄いわ』

鎖骨の下に、赤い縁取りがひとつ灯った。

「一発しかない」

『知ってる。だから、二歩まで待ちなさい』

二歩。胴を潰せる腕の、内側だ。

男がもう一度、右へ流れた。

体勢を戻すために、両腕が上がる。

継ぎ目が、開いた。チャンスだ。

壊れた膝が身体を流す。流れた身体が腕を上げ、上がった腕が急所を晒している。

静かに引き金を引いた。

一拍。

——それから、四〇口径が火を吹いた。

音が谷にぶつかって、二回反射した。

男の右手が、なにかを掴もうとした形のまま止まっている。

当たった。

そしてゆっくり、ヤツの膝が折れ倒れていった。

倒れてからも、右手だけが床を撫でていた。手は何かを探しているようで。

口は、まだ声なき声を発していた。

『……よく通ったわね、あの装薬で』

ドクの声は、感心していた。

※

最初に降りてきたのは、鈴余だった。

「いまの、三手はお見事。肩、膝、鎖骨の下、とてもなめらかだったわ。その身体でよくやるわね。ねえ、どこで習ったの」

「……勘だ」

「勘ね。そうなら、あなたの勘はそうとう冴えてるわね。誇っていいわ。」

そう言いながら笑っていた。

忌那は長銃を背負い直して、通りすがりに俺を一度だけ見て声を掛けてきた。

「あなた、凄い。」

それだけだった。

ハリムが走ってきたのは、そのあとだ。

「大丈夫か?誰が当てた」

「……俺だ」

「へえ。やるじゃねぇか。」

男は俺を見ずに、止まった機体の胸の継ぎ目を見ていた。取り分の計算だ。

寄せ役の分は無し。止めを刺した分だけが俺に来て、それでも端仕事の十日ぶんになった。

現物は好きに持っていけと言われた。売れる腕も脚も、元請けたちがもう抱えている。

残っていたのは、感覚器まわりの小物だけだ。俺はその中から、埃を被った箱をひとつ拾った。

「あ、それレーダーだ。骨董だけどね」

鈴余が横から覗き込んでくる。

『型は古いけど、こういうものは古いほうが枯れてるわ』

「……こういうのは、古いほうが良いんだろ」

受け売りをそのまま口にした。三つの眼が、いっせいにこっちを向いた。

「わかってるじゃん」

薬莢を抜こうとして、抜けなかった。

指が言うことを聞かない。右腕は機械なのに、その手が震えていた。

反動を食った肘の軸が、おかしくなっている。

また金が消えていきそうだ。

ハリムたちは、その場で機体を外装からばらしていった。外装、腕、脚、動力炉。売れるものから順に外していく。

胸の耐殻には、誰も手を付けない。中の生身はまだ生きていて、ギルドの回収が引き取る決まりだからだ。

売れないものが、最後に残る。中枢——CPUだ。

『刻印を見なさい』

ドクに言われて覗き込んだ。

型番。世代。ロット。

俺は自分の右肩の裏に刻んである列を、暗記している。

同じだった。

『……そう。同じ工場の、同じ年の子ね』

ドクは静かだった。

『それと、これ』

最終更新の日付が並んでいた。

『四年、止まってるわ』

「止まると、どうなるんだ」

『ユニオンウェアの統合OSは、月ごとに金を払って借りるものなの。身体は買い切りでも、動かすほうは借り物よ』

『支払いをやめた日から、駆動と感覚のずれが蓄積されていくわ。最後に切れるのが、痛みを返す神経』

彼は壊れたんじゃない。金が切れて、更新が切れて、それからおかしくなっていったのだ。

※

引き上げの間際、鈴余が追いついてきた。

「ねえ。今度、うちと直接組もうよ。引きつけ役が居ないんだ、うち。あなたなら上手くやれそう。」

「……考えとく」

「そう、じゃあ、考えといて。」

帰り道は、一人で帰った。

視界の端が、一瞬、妙にきれいに光る。

振り向いたが、ブロックの壁と、油の池しかない。

「気のせいか」

聞こうと思えば、その場でドクに聞けた。でも、聞かなかった。

俺の右肩の裏には、あの男と同じ刻印が刻まれている。

ヤツは止まったが、俺はまだ動いている。

同じ工場から、同じ年に。もちろん、他にもいるのだろう。

そいつらは、いまどこで動いているのか。

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