第6話 北の解体場——SAME SERIAL NUMBER
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あらすじ
その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 - 第6話 北の解体場——SAME SERIAL NUMBER
本文
貼り紙を剥がしたのは、翌朝いちばんだった。
『駄目よ』
「昨日も聞いた」
『百回でも言うわよ』
受付の女は紙を裏返して、判の欄を見てから、俺の顔を見た。
「9級の下請け枠だよ。元請けの8級が三人いて、あんたはその下につく四人目だ」
「俺は何をやるんだ」
「役割は寄せ役と回収役。走る係ってことだね」
「元請けはハリムと、千里組せんりぐみの二人組だ。腕は確かだよ」
『本来なら都市圏の治安部隊の仕事よ。でもこの西側は、どの行政体の縄張りにも入っていないの』
「……そもそも治安部隊って、どこの兵隊なんだ。見たことがない」
『税金じゃなくて、企業の出資で回ってるの。天山てんざんの工場がある圏には、天山てんざんの金で部隊が立つわ。守ってるのは住民じゃなくて商圏よ』
「じゃあ、ここは」
『塔が死んだ日に、この西側の出資は引き上げられたわ。企業が出て行った区画からは、部隊も一緒に消えるの』
『壊れた人間はギルドが引き受けるわ。暴走機化きか者はね。危険物であると同時に、まだ売れる部品の山なのよ』
9級の依頼は、月に一件取れれば良いほうだ。身体は、待っているだけでも金を食う。
これは、十倍儲かる。しかも現物回収可。解体場に落ちているものは、全部パーツだ。見逃すことはできなかった。
きづいたら、足は先に動いていた。
『あんた、暴走機化者を見たことある?』
「無い」
『痛みを返す神経が切れてるのよ。抑えが無いまま全力で暴れる機械が、恐れも逃げもせずに来るわ』
「分かってる」
『分かってないわ。……でも、行くんでしょう』
「行く」
『なら、条件をこっちで足すわよ。現場指揮は私。身体の組み立ても調整も私。——引き金だけは、あんたのものよ。私は最後まで撃てないんだから』
俺は頷いた。押し切ったのか、乗せられたのか、よく分からないまま。
問題は、弾が誰持ちかだった。
前貸しの窓口で、受付が帳面を指で叩いていた。
討伐は日当ではなく歩合で、歩合の仕事に道具は貸さない決まりらしい。
だから残りは一発のみ。五十鈴いすずの再装弾が、右腕の四〇口径の中に昨日から入ったままだ。
『抜いて、雷管を見せなさい』
「見て分かるのか」
『ちゃんと嵌ってるわ。あとは運よ』
「運かよ」
『準備でできるのは、ここまでなの。あとは、外さないこと』
なにはともあれ現場へ向う。
※
北の解体場は、街の鉄骨地帯のいちばん外側にある。
昔は塔の資材ヤードで、海から揚げた鋼材をここで仕分けていたそうだ。
いまその敷地では、船とガラクタの身体を同じ場所で剥いている。
圧縮ブロックが壁のように積み上がっていて、その谷底に油の池ができていた。
空気に錆びた香りがする。
集合は、朝のうちだった。
肩の広い男が、俺の認識票を見て、笑わずに笑った。ハリムだ。
「ようフリーの小僧。えらいのが来たな」
「……どうも」
「うちの若いのが、廃線区で肘をやられてね。まだ添え木だ。それで下請けの枠を出した」
その後ろに、二人いた。
ひとりは背が高く、長い銃を斜めに背負っていた。五十鈴いすずの長銃で、台の木の部分だけが銃より新しい。自分で削ったものらしい。目が合ったが、何も言わなかった。
もうひとりは小柄で、声を掛けてきた。
「ほんとにフリーなんだ。ねえ、その肩、自分で繋いだでしょ。筋は悪くないけど、接続がいまいちね、できれば専門家に見てもらった方が良いわよ。……あ、あたしは鈴余すずよ。こっちの無口なのが忌那いな。二人で千里組せんりぐみって呼ばれてるの。よろしくね。」
忌那いなと呼ばれている女の額の上に、眼が三つ並んでいた。ココノテクノの観測眼だ。三つとも別々の方向を向いて、勝手に動いている。
地図を見せながらハリムは言った。
「お前は北の斜路から入って、ドラム缶を鳴らして敵を寄せる係だ。敵をこっちの筋へ寄せる。筋に入れば、忌那いなの一発で終わる」
「一発で?」
「あいつは一発しか撃たない。それで今まで足りてきた」
「取り分は」
「当てたやつと、止めたやつで割る。寄せ役に歩合は無い」
ドクはハリムの真横に立って、地図を覗き込んでいた。
『……いい度胸ね、あの男』
ドクの声が、頭の中で低くなった。
「わかった」
何も言い返せなかった。
散る前に、鈴余すずよが手を上げた。
「待って。——聞こえるわ」
全員が止まった。俺には、風の音しか聞こえない。
「北北東、遠く。あれは野良のらだね。今日はこっちまで来ない」
「野良って、あの機械の?」
「そ。戦争の生き残り。廃品を漁りに来るの。あたしらと同業ってわけ」
三つの眼が、別々の方向を向いたまま止まっていた。彼女は自分の耳たぶを引っ張った。
「で、近いほうのこれが、お目当てさん。ブロック二列向こう。……野良は澄んだ音で鳴るの。人が入ってる身体は、どこかしら軋む。これは軋んでる音よ。」
ハリムが顎で斜路を指した。
「聞いたな。行け」
斜路を降りて、ドラム缶に石を投げた。
正確にヒットし思いのほか音がなり響き、あたりに音が反響した。
返ってきたのは、音だけじゃなかった。
ブロックの壁の向こうで、鉄が動いた。
船の腹を吊っていたワイヤーが、鞭の音を立てて切れた。
吊られていた鋼板が落ちて、地面に跳ねる。
何かがワイヤーを掴んで、引いて切ったのだ。
視界に写るHUDの、心拍の数字が跳ねた。112。
『来るわ』
とドク。
出てきたのは、男だった。
胸に、どこかの解体屋の縫い取りが残っている。作業ベストの切れ端が、腰にまだ引っかかっていた。
腕も脚も、俺と同じ灰色だ。八洲やしまの型落ち。継ぎ目の位置まで見覚えがある。
顔の左半分だけが、生身のまま残っていた。
そこだけが、怯えて表情をして、俺を見つめていた。
「完全に見つかったか」
ヤツの口が動いた。
あー、と言おうとして、声にならない声になっている。
どこか同情してしまった。俺もああなっていたかもしれないと思うと。
『可哀想は後にしなさい』
瞬間、男が走ってきた。
筋へは行かず、見つけた俺の方へ一直線に。
完全に失敗している。
上のほうで、待機していた鈴余の声が跳ねた。
「筋から外れた! 忌那、射線は!」
「——無理」
ブロックの谷の底だ。上からの弾は、壁に阻まれてしまっている。
射線が取れない。
一歩目で地面が爆ぜた。
避けたつもりだったが、右腕が肩を掠めて、俺の八洲やしまの疑似皮膚が縦に裂けた。
剥がれた縁から金属が除いている。凄い威力だ。
数センチ。数センチずれていたら、俺の頭は無かった。
俺の指が引き金にかかっていた。
『まだ』とドク。
分かっていた。
貴重な一発を、致命傷にならない位置で使うわけにいかない。
ドクは男とのあいだに立っていた。今日は白衣で、髪を下ろしている。
『描くわよ』
視界の中で、男の左肩に赤い線が走った。
『左肩、駆動が焼けてるわ。左は振れない。振ってるように見えるのは、胴で回してるだけよ』
男が左を振った。
胴ごと回った。なるほど遅い。半拍、遅いか。
赤い線が、右膝へ滑った。
『右膝、ダンパーが抜けてる。右へ回りなさい。あの膝じゃ追い切れないわ』
すぐさま右へ回った。
男の身体が斜めに流れて、ブロックの角に肩を当てた。
『そう。もう一周』
『撃つなら鎖骨の下。そこにスパインバスの点検口があるの。外装の継ぎ目が縦に走ってるところ、そこだけ薄いわ』
鎖骨の下に、赤い縁取りがひとつ灯った。
「一発しかない」
『知ってる。だから、二歩まで待ちなさい』
二歩。胴を潰せる腕の、内側だ。
男がもう一度、右へ流れた。
体勢を戻すために、両腕が上がる。
継ぎ目が、開いた。チャンスだ。
壊れた膝が身体を流す。流れた身体が腕を上げ、上がった腕が急所を晒している。
静かに引き金を引いた。
一拍。
——それから、四〇口径が火を吹いた。
音が谷にぶつかって、二回反射した。
男の右手が、なにかを掴もうとした形のまま止まっている。
当たった。
そしてゆっくり、ヤツの膝が折れ倒れていった。
倒れてからも、右手だけが床を撫でていた。手は何かを探しているようで。
口は、まだ声なき声を発していた。
『……よく通ったわね、あの装薬で』
ドクの声は、感心していた。
※
最初に降りてきたのは、鈴余だった。
「いまの、三手はお見事。肩、膝、鎖骨の下、とてもなめらかだったわ。その身体でよくやるわね。ねえ、どこで習ったの」
「……勘だ」
「勘ね。そうなら、あなたの勘はそうとう冴えてるわね。誇っていいわ。」
そう言いながら笑っていた。
忌那は長銃を背負い直して、通りすがりに俺を一度だけ見て声を掛けてきた。
「あなた、凄い。」
それだけだった。
ハリムが走ってきたのは、そのあとだ。
「大丈夫か?誰が当てた」
「……俺だ」
「へえ。やるじゃねぇか。」
男は俺を見ずに、止まった機体の胸の継ぎ目を見ていた。取り分の計算だ。
寄せ役の分は無し。止めを刺した分だけが俺に来て、それでも端仕事の十日ぶんになった。
現物は好きに持っていけと言われた。売れる腕も脚も、元請けたちがもう抱えている。
残っていたのは、感覚器まわりの小物だけだ。俺はその中から、埃を被った箱をひとつ拾った。
「あ、それレーダーだ。骨董だけどね」
鈴余が横から覗き込んでくる。
『型は古いけど、こういうものは古いほうが枯れてるわ』
「……こういうのは、古いほうが良いんだろ」
受け売りをそのまま口にした。三つの眼が、いっせいにこっちを向いた。
「わかってるじゃん」
薬莢を抜こうとして、抜けなかった。
指が言うことを聞かない。右腕は機械なのに、その手が震えていた。
反動を食った肘の軸が、おかしくなっている。
また金が消えていきそうだ。
ハリムたちは、その場で機体を外装からばらしていった。外装、腕、脚、動力炉。売れるものから順に外していく。
胸の耐殻には、誰も手を付けない。中の生身はまだ生きていて、ギルドの回収が引き取る決まりだからだ。
売れないものが、最後に残る。中枢——CPUだ。
『刻印を見なさい』
ドクに言われて覗き込んだ。
型番。世代。ロット。
俺は自分の右肩の裏に刻んである列を、暗記している。
同じだった。
『……そう。同じ工場の、同じ年の子ね』
ドクは静かだった。
『それと、これ』
最終更新の日付が並んでいた。
『四年、止まってるわ』
「止まると、どうなるんだ」
『ユニオンウェアの統合OSは、月ごとに金を払って借りるものなの。身体は買い切りでも、動かすほうは借り物よ』
『支払いをやめた日から、駆動と感覚のずれが蓄積されていくわ。最後に切れるのが、痛みを返す神経』
彼は壊れたんじゃない。金が切れて、更新が切れて、それからおかしくなっていったのだ。
※
引き上げの間際、鈴余が追いついてきた。
「ねえ。今度、うちと直接組もうよ。引きつけ役が居ないんだ、うち。あなたなら上手くやれそう。」
「……考えとく」
「そう、じゃあ、考えといて。」
帰り道は、一人で帰った。
視界の端が、一瞬、妙にきれいに光る。
振り向いたが、ブロックの壁と、油の池しかない。
「気のせいか」
聞こうと思えば、その場でドクに聞けた。でも、聞かなかった。
俺の右肩の裏には、あの男と同じ刻印が刻まれている。
ヤツは止まったが、俺はまだ動いている。
同じ工場から、同じ年に。もちろん、他にもいるのだろう。
そいつらは、いまどこで動いているのか。
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