第8話 作戦会議——WAR ROOM
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 - 第8話 作戦会議——WAR ROOM
本文
8話 大幅に書き直しました
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工房で目覚める朝は、廃墟で目覚める朝と匂いが違う。
埃と錆の代わりに、機械油と、通電した基板の焼けるような甘い匂いがする。
整備台の上で身体を起こすと、天井の多腕が畳まれたまま、寝ぼけたように一度だけ揺れた。
〈起床を確認。六時十二分〉
琥珀こはくの合成音声が、部屋のどこからともなく降ってくる。
〈身体、三十三ユニット中、稼働三十三。濾過の負荷、正常域。外気温、六度。廃線区の電圧、安定〉
「……毎朝これをやるのか」
〈定時報告は整備記録の一部です〉
「そうかよ」
悪い気はしなかった。
俺の身体の数字を、俺より先に数えてくれる誰かがいる。二年間、一度も無かったことだ。
『起きたわね』
ドクは工房の奥にいた。
今日は作業着だった。袖をまくって、髪を高いところで結んでいる。死んだモニタの列の前に立って、腕を組んでいた。映像だが。
『朝ごはんを食べなさい。今日は長くなるわよ』
「仕事か」
『会議よ』
※
会議、という言葉の意味を、俺は一時間後に知った。
『琥珀、点けて』
ドクが指を鳴らす真似をした。音は出ない。触れないからだ。それでも琥珀は拾った。
〈主電源、系統二を投入。表示系、起動します〉
死んでいたモニタの列に、順番に灯が入った。
九枚。壁一面。二年ぶんの埃の下で、画面はまだ生きていた。
真ん中の一番大きい画面に、メナラの地図が浮かんだ。
五つの区。海。北の縁。そして西の端に、折れた塔。
「……街って、こんな形してたのか」
『あんたが知ってるのは、この端っこの数キロだけよ』
ドクの指が、地図の西の隅をなぞった。スクラップの谷。廃線区。俺の二年間が、画面の隅の親指ほどの範囲に収まっていた。
『いい? カイ。今日から計画的にやるわよ』
『行き当たりばったりの拾い暮らしは、昨日で終わり』
ドクは俺に向き直った。
診るときの目でも、からかうときの目でもなかった。初めて見る目だった。
『まず、あんたに言っておくことが三つあるわ』
※
『一つ。私は生前、機体の研究者だったの』
モニタの一枚に、図面が開いた。
腕の図面だ。俺の左腕と同じ形をしている。ただし線の数が、市場で見るどんな図面より多い。
『専門は接続。身体と機械の境目。……この工房は、私の部屋だったのよ』
「知ってた」
『あら』
「琥珀が『お帰りなさい』って言うんだ。初日に」
〈記録にあります〉
『……あんたたち、あとで話し合いましょうね』
ドクが咳払いをした。肺は無いはずなのに。
『二つ。お金の心配は、しなくていいわ』
「は?」
『私の隠し財産があるの。この廃線の、もっと奥。生前の材料と道具を、まとめて置いた場所がある』
「なんで今まで黙ってた」
『9級の子供が大金を持って歩いたら、三日で身ぐるみ剥がされて終わりよ』
『金は、使える身体と信用ができてから。この街の決まりみたいなものだわ』
言い返せなかった。
二年この街で暮らした俺より、この女のほうが街の歩き方を知っている。
『三つ。これが本題』
地図が切り替わった。
画面の中で、赤い点がいくつも灯る。中央に一つ。南に一つ。東に一つ。
『目標を言うわ。まず装備。何はともあれ装備よ』
『あんたの身体は、土台はもう詰めてある。でも部品が全部、拾い物と型落ちなの。器の性能で頭打ちになってるわ』
「金があっても、この街には型落ちしか売ってないんだろ」
『よく覚えてたわね。だから選び方で勝つの。型落ちにも当たりと外れがある。当たりだけを、私の目で拾い集める』
『装備が揃ったら、8級を取る。試験は中央の本部前の広場。……見世物よ。街中が賭けるの』
「賭け?」
『あんたは大穴。稼ぎどきね』
ドクの声が、少しだけ弾んでいた。この人は、こういう計画を立てているときが一番楽しそうだ。
『8級になれば中央に部屋を借りられる。そこからが本番——』
ドクの指が、地図の上をすっと滑って、止まった。
西の端。折れた塔の、根元。
『——ここに、潜る』
※
「塔の地下?」
『そう』
「この前入った。研究区画の、あれだろ」
『あれは入口の、そのまた手前よ』
ドクは画面を見たまま、しばらく黙った。
『あの塔の下にはね、まだ誰も開けていない層があるの』
「何があるんだ」
『…………』
「ドク?」
『まだ言わない』
振り向いたドクは、いつもの顔に戻っていた。からかうときの顔だ。
『言ったら、あんた明日にでも潜るでしょう』
「潜らねえよ」
『嘘おっしゃい。試験の前の日に櫓で遊んでた男が』
それを言われると弱い。
『順番よ、カイ。金、装備、級、部屋。それが全部揃ってから、塔』
『焦らなくていいの。あそこは二十年、誰にも開けられなかった。あと少し待っても逃げないわ』
二十年、誰にも。
その言い方が引っかかった。開けられなかった、ということは——開けようとした奴が、いたということだ。
※
会議が終わったのは昼過ぎだった。
モニタを落とす前に、琥珀が言った。
〈本日の決定事項を記録します。一、資材庫の回収。二、装備の調達。三、昇級試験。四——〉
『四は記録しなくていいわ』
〈了解しました。……未記録の予定が、また一件増えました〉
「また?」
『琥珀』
〈発言を撤回します〉
撤回しても、俺は聞いてしまった。
この女が琥珀に記録させない予定は、一件じゃないらしい。
工房を出ると、外は雨だった。
谷の底の雨は、油の膜を張って七色に光る。遠く、中央のほうの空だけが、雲の裏からぼんやり明るい。ネオンの照り返しだ。電気の生きている街は、夜が来ても暗くならない。
こっちの空は暗い。
その暗さの中を、口笛が一つ、長く鳴って消えた。谷の見張りの合図だ。ハズレの夜は、ギャングの時間になる。
『明日の朝、廃線の奥へ行くわよ』
「ああ」
『長靴を探しておきなさい。水が出てるかもしれないわ』
寝床に戻りながら、俺は考えていた。
金。装備。級。部屋。塔。
指を折って数えて、五本目で止まる。
五本目のその先を、ドクはまだ、誰にも——琥珀にさえ——言っていない。
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