過去
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あらすじ
蘇った夏の記憶はやさしく歪み、真実だけが取り残された ある新聞記事が、私の遠い記憶を呼び覚ました。 小学生時代の夏休みのある日、こっそり忍び込んだ学校の校舎内で体験した恐怖。 はたしてあれは現実だったのだろうか。 それとも夏の強い日差しが見せた幻だったのだろうか。
本文
「帰れ! 黒カビ!」
「さっさと出て行け!」
「お前、なんで生きてるの!?」
「ここから消えろ!」
今朝も授業開始前の教室では、女子数人の声が鳴り響いていた。
ほかの生徒は皆、見て見ぬふりをしている。このクラスではすでに、当たり前の光景として定着していた。
聞くに耐えない、数々の罵詈雑言を浴びせ掛けられているひとりの女子生徒は、自分の席で俯きながら、教室に教師が現れるのを、じっと待っていた。
――先生さえ来てくれれば、やめてくれるはず。
さすがに教師のいる前では、物を投げつけられたり、罵倒されることはないから。
――こんな風に生まれてこなければ。
妙子は、浅黒い肌の色に生まれた自身を恨む。
ただ、ほかの女子よりもほんの少し色黒というだけで、彼女は『イジメ』の標的にされていた。
小学五年生に進級した当初、小麦色の肌が健康的な印象を醸し出す妙子は、クラスの男子たちの関心を一身に集め、当人の知らないところで人気を博していた。
だが、それを快く思わない女子数人のグループ――いや、派閥と呼ぶべきか――に目を付けられ、目の敵にされ、気づけば妙子は攻撃の対象となっていた。
最初はちょっとした嫌がらせや、無視される程度だった。
――これは一時的なもの。そのうちきっと、皆飽きて収まるに違いない。
そう思いながら、妙子は騒ぎ立てることなく、ただひたすら耐えた。
しかし、そんな淡い期待を裏切るように、彼女への仕打ちは日に日にエスカレートしていく。
机に落書きされたり、下駄箱の靴を隠されたりは日常茶飯事。
そのうち、彼女を強引に掃除用具入れのロッカーへ閉じ込め、数人がかりで外からモップの柄などを使い、その金属製ロッカーを叩くような行為にまで激しさを増した。
「黒カビは出て行け!」
「黒カビは消えろ!」
「黒カビは死ね!」
スコールのように浴びせられる言葉の暴力と共に、大音量の不快な金属音が妙子の耳を襲う。
そんな、過酷な学校生活が、二か月以上も続いた。
もちろん、親や教師に何度も相談したが、まともに取り合ってくれない。誰も彼女の味方をしてくれなかった。
妙子へのイジメが始まる前は、彼女へ好意を寄せる男子も少なからずいた。だが、イジメが本格化して以降、彼女を庇う行為は自身もクラス内で孤立し、居場所をなくすことに繋がる。彼らも妙子に手を差し伸べる勇気はなかった。見ないふりをして、自分を守るしかなかった。
――もう、ムリ。耐えられない!
日々のストレスは、次第に妙子の心を蝕んでいく。破綻しかけていた精神は、すでに限界に達していた。ほんの僅かな希望も、小さな幸せも見出せない毎日が続く中で、彼女はこの世の全てに絶望する。
――誰も、誰もわたしを救ってくれない。それなら……もう、いい! 誰にも頼らない!
そして妙子は決意する。自身の手で、この地獄のような毎日に、終止符を打つことを。
七月も半ばに差し掛かり、もうじき訪れる夏休みへの期待に、生徒たちは連日心を躍らせていた。
その日も、早朝から雲ひとつない快晴だった。気温は早くも、三十度に届こうとしている。
まだ、ほかの生徒が誰も登校していない、無人の教室。
妙子は独り、窓辺に佇んでいた。
空を見上げ、物思いに耽っている。
虚ろな、夢見心地のような目で。
ブツブツと、なにかを口ずさみながら。
「死ね。死ね。みんな死んじゃえ。このクラス全員呪ってやる」
夏の強い日差しは、あまりにも目に眩しかった。
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