快眠スコア
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと睡眠のスコアの話。
本文
起床時刻、午前六時十七分。手首の端末が振動する前に、柊蘭はすでに目を開けていた。
「――今日もアラームより早いね」
寝室の天井に向かって呟くと、枕元の睡眠管理端末が淡く光る。〈スリープナビ〉。全校生徒の腕に装着が義務づけられている、あの箱型のセンサーだ。深部体温、心拍、寝返りの回数まで拾い上げ、毎朝「快眠スコア」という一つの数字にまとめて教師に送る。
スコアが低ければ補習。
これは分かる。寝不足で授業に出ても意味がないからだ。
だが蘭には、もう一つ分からないことがあった。
スコアが高すぎても、呼び出される。
先週、七日連続で九十点を超えたときも、生活指導室に呼ばれた。
「柊さん、最近の生活、少し……乱れていない?」
教師の言葉に蘭は面食らった。乱れていない。むしろ完璧に眠れている。それなのに「乱れ」と言われる理由が分からなかった。
この日、蘭は放課後の教室で友人の深町渚に相談した。
「高得点で怒られるとか、意味分からなくない?」
渚は肩をすくめる。
「意味はあるんじゃない。数字そのものより、《《ばらつき》》が見られてるって聞いたことある」
「ばらつき?」
「毎日同じようにきれいな波形だと、逆に『不自然』判定されるらしいよ。人間の眠りって、本来ちょっとガタガタしてるものだから」
蘭は昼寝の常習犯だった。授業中、上履きの中で指を動かして眠気と戦いながら、放課後にこっそり保健室で仮眠を取る。そうすれば夜のスコアだけは整えられる――そう思っていた。だが、渚の言葉が引っかかった。
その夜、蘭は端末の設定画面を開き、めったに見ない「詳細ログ」に触れてみた。数値の奥、小さな注釈欄に、今まで気づかなかった一文があった。
〈本スコアは睡眠の質に加え、生活リズムの再現性を評価対象とする〉
再現性。
良くても悪くても、同じパターンを続けている生徒は「安定」ではなく「硬直」と判定され、逆に呼び出される。つまりこの制度が本当に見ているのは、眠りの質ではない。
――従っているかどうか、だ。
補習に呼ばれれば「改善しよう」とし、高得点で呼ばれれば「乱そう」とする。どちらに転んでも、生徒は制度の指示に反応して自分の生活を書き換える。健康のためではなく、揺さぶられ続けること自体が目的だったのだと、蘭は気づいた。
翌朝、蘭は保健室に向かわなかった。授業中の眠気も我慢しなかった。堂々と机に突っ伏し、涎を垂らして眠った。
放課後、生活指導室に呼ばれる。
「柊さん、今日の記録、かなり乱れているけど……」
「知ってます」
蘭は正面から教師を見た。
「わざとです。ちゃんと乱れてる方が、《《人間》》らしいんですよね?」
教師は一瞬言葉に詰まり、それから小さく笑った。
「――そうだね。今日は指導、なしにしよう」
教室に戻る廊下で、渚が待っていた。
「どうだった?」
「スコアなんてもう気にしない。ちゃんと、下手に眠ることにした」
蘭は伸びをして、窓の外を見る。まだ午後の陽が高い。今夜もきっと、きれいな数字にはならないだろう。それでいい、と思った。
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