第1話:招待
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
スマホに映るデスゲーム配信。 そこに映る参加者は、自分と寸分違わない顔をしていた。 配信終了と同時に自室は密室と化し、制限時間1時間の脱出ゲームが始まる。 唯一のヒントは「鏡は嘘をつかない。 だが、その向こう側は——」。 天井裏で見つけたもう一つの鏡。 その向こう側へ手を伸ばしたとき、自分自身の存在そのものが揺らぎ始める——。
本文
薄暗い部屋の中で、スマホの画面だけが淡い光を放っている。
ベッドに寝転んだまま、何の気なしに親指を滑らせる。今日も特にやることはない。バイトも休みだし、外に出る理由もない。動画でも見て時間を潰そう——そんな、いつも通りの夜だった。
画面に映し出されたのは、デスゲームの生配信だった。サムネイルには血まみれの参加者と、視聴者数を煽る派手な文字が並んでいる。またか、と思いながらも、特に感情は動かない。こういう配信は最近増えている。本当に人が死んでいるのか、それとも高度な演出なのか、どちらでもよかった。ただの暇つぶしだ。
廃工場のような薄暗い空間。瓦礫が散乱し、天井からは裸電球が一つだけぶら下がっている。五人の参加者が互いに距離を保ちながら、それぞれ武器を構えている。一人は鉄パイプ、もう一人は壊れた椅子の脚。その中の一人が、カメラの方を向いた。
その顔を見て、指が止まった。
自分と同じ顔だった。
思わず体を起こし、スマホを両手で持ち直す。画面を凝視する。似ている、というレベルではない。輪郭、目の位置、鼻の高さ、口元のほくろの位置まで——すべてが自分と寸分違わなかった。
「……は?」
声が漏れた。喉の奥が乾いている。
しかし、すぐに首を振る。冷静になれ、と自分に言い聞かせる。自分に似ているだけで、自分ではない。世の中にはそっくりな人間が三人いるという話もある。それだけのことだ。たまたま、ものすごく似ている人間がデスゲームに参加していただけだ。
画面の中の自分——いや、自分に似た男は、何かに怯えながら後ずさりしている。他の参加者たちも緊張した面持ちで、互いを警戒している。誰かが叫んだ。声は届かないが、口の動きで罵声を浴びせているのがわかる。
突然、画面が真っ暗になった。
「……え?」
数秒の間。何も映らない。配信が切れたのかと思ったその時、白い文字が浮かび上がった。
『あなたもゲームに招待されました』
その文字を見た瞬間、背中に冷たい汗が流れた。
冗談だろう、と思った。だが、同時に部屋のドアが重い音を立てて閉まった。普段はあんな音はしない。まるで外の世界から完全に遮断されるような、分厚い金属の扉が閉まるような音だった。
立ち上がり、ドアノブに手を伸ばす。金属の感触が冷たい。引いてみる。開かない。もう一度、今度は両手で力を込めて引く。びくともしない。ドアノブを回そうとしても、まるで溶接されたように固まっている。
「おい、待てよ……」
声が震えているのが自分でもわかる。
窓の方に目をやる。カーテンを開けると、そこにはいつもの街並みがあるはずだ。アパートの二階から見える、コンビニの灯りや、向かいのマンションの明かり——。
カーテンを勢いよく開けた。
真っ暗だった。
何も見えない。街灯も、車のヘッドライトも、どこかの部屋の明かりも。ただ、底の見えない闇だけが広がっている。窓ガラスに手を触れると、冷たい。外の気温が伝わってくる。だが、そこにあるのは虚空だけだ。この部屋だけが、ぽつんと浮かんでいるような感覚に襲われる。
スマホが震えた。
画面を見る。そこには、さっきまで見ていたデスゲームの配信画面——ではなく、自分の部屋の天井が映っている。アングルは、まるで天井にカメラが設置されているかのようだ。見覚えのある天井のシミ、蛍光灯のカバー、そして——自分が映っている。
生配信が、この部屋から始まっている。
「何だよ、これ……」
画面の中の自分が、呆然と立ち尽くしている。口元が引きつり、目は見開かれている。あれが、自分だ。今、この瞬間、自分の姿がどこかの誰かに見られている。
コメントが流れ始めた。
『また新しい参加者か』
『顔色悪いな』
『すぐ死にそう』
『楽しみだ』
視聴者の文字が、画面の端を流れていく。その数はみるみるうちに増え、百、千、五千——止まらない。
『今日のゲームは何?』
『早く始めろよ』
『逃げるなよ』
指が震える。スマホを握りしめている手のひらに、汗が滲む。呼吸が浅くなっているのがわかる。心臓の音が耳の奥で響いている。
「ちょっと待て。これは——」
自分に言い聞かせるように呟く。だが、その声は部屋の静けさに吸い込まれて消えた。
ドアが閉まっている。窓の外は闇。スマホには自分の部屋が映っていて、見知らぬ誰かがそれを見ている。
現実が、静かに、しかし確実に崩れ始めている。
もう一度ドアに向かう。体当たりしてみる。肩に鈍い痛みが走る。ドアはびくともしない。拳で叩く。何度も叩く。手のひらが赤くなり、痛みが走る。
「開けろ! 誰か!」
叫ぶ。声が枯れるまで叫ぶ。返事はない。外の物音は一切聞こえない。まるでこの部屋だけが宇宙に浮かぶ箱のように、隔絶されている。
スマホの画面が再び切り替わった。
白い文字が浮かぶ。
『ゲームのルールを説明します』
文字がゆっくりと流れていく。
『あなたはこの部屋から脱出しなければなりません』
『制限時間は一時間』
『失敗した場合——』
そこで文字が止まる。数秒の間。そして、次の文字が表示された。
『あなたの存在は消去されます』
消去。その言葉の意味を考える余裕すら与えず、画面が切り替わる。今度は、部屋の間取り図のようなものが表示された。この部屋の天井——いや、天井裏に空間があることが示されている。天井の点検口から、そこに登れるようだ。
「天井裏……?」
顔を上げる。部屋の隅にある点検口。四角い板がはめ込まれている。普段は全く気にしたこともなかった場所だ。
スマホの画面が暗転する。そして、再び先ほどの配信画面に戻った。コメントが絶え間なく流れている。その中に、一つだけ目を引く文字があった。
『あんた、さっきの配信で映ってた奴だろ』
はっとする。そうだ。あの配信で、自分と同じ顔の参加者がいた。あれは——。
画面を遡ろうとして、指が止まる。配信のアーカイブは残っていない。生配信は終了したのか、履歴から消えていた。
「あれは、何だったんだ……」
答えは出ない。代わりに、天井の点検口が目に入る。あの中に、何かがある。ゲームの仕掛けなのか、それとも脱出の鍵なのか。
足音を立てないように、慎重に机の上に上がる。手を伸ばす。点検口の板に触れる。冷たい。板を押し上げると、軋む音がして、上から埃が落ちてきた。
暗い穴が口を開けている。
そこに、何があるのか——。
スマホの画面が再び光る。新しいメッセージだ。
『最初のヒント: 鏡は嘘をつかない。だが、その向こう側は——』
そこでメッセージは途切れた。
鏡。部屋の中を見渡す。姿見の鏡が、壁に立てかけられている。普段は使わない。だが、今、その鏡に映る自分の姿を見て、背筋が凍った。
鏡の中の自分が、笑っていた。
自分は笑っていない。口元は引きつり、目は恐怖に見開かれている。なのに、鏡の中の自分だけが、不気味な笑みを浮かべている。
「……なんで」
声が掠れる。鏡に近づく。手を伸ばす。指先が鏡の表面に触れる——その瞬間、鏡の中の自分が口を開いた。
声は聞こえない。だが、口の動きでわかる。
『こっちにおいで』
その言葉に、全身の毛が逆立った。
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