第3話:鏡の向こう側
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
スマホに映るデスゲーム配信。 そこに映る参加者は、自分と寸分違わない顔をしていた。 配信終了と同時に自室は密室と化し、制限時間1時間の脱出ゲームが始まる。 唯一のヒントは「鏡は嘘をつかない。 だが、その向こう側は——」。天井裏で見つけたもう一つの鏡。 その向こう側へ手を伸ばしたとき、自分自身の存在そのものが揺らぎ始める——。 ※AIに本文を作成してもらうとどうなるか知りたくて考えた作品です
本文
指先が鏡面に触れた瞬間、ふわっと、めまいのような感覚が全身を包んだ。
平衡感覚が消えた。上下も左右も、自分が立っているのか倒れているのかすら分からなくなる。冷たい——いや、温度すら感じない。ただ、自分がどこかへ引き込まれていく感覚だけが確かだった。
視界が白く反転する。眼球の裏側が焼けるように熱くなり、一瞬、自分が溶けてなくなるのではないかという恐怖が脊髄を駆け抜けた。呼吸をしようとしても、肺に空気が入ってこない。無重力の中を漂うように、ただ落下し続ける。
そして——。
ばん、という鈍い衝撃とともに、両足が何か硬いものに着地した。膝が抜けそうになるのを必死にこらえ、手を前に突き出す。指先が触れたのは、見覚えのある壁紙の質感だった。
自分の部屋だ。
いや、違う。本棚の位置が逆だ。机の向きが反対だ。ドアの取っ手が右側ではなく左側についている。すべてが、鏡に映したように左右逆転している。画面酔いした後のような不快な吐き気が胃のあたりから這い上がってきて、こめかみに冷や汗が滲んだ。
「よく来た」
声がした。聞き覚えのある声だ。いや、聞き覚えがあるというレベルではない。毎日、自分が発している声そのものだ。
振り返ると、そこに立っていたのは——自分だった。
いや、厳密には、さっきまで鏡越しに話していた、もう一人の自分だ。彼は薄く笑みを浮かべていたが、その目はどこか虚ろで、焦点が合っていないように見えた。目の下に濃い隈ができている。さっきまで会話していた時には気づかなかったが、彼の顔色は青白く、唇の色が悪い。
「ここが……鏡の向こう側、なのか?」
声が上擦った。喉の奥が乾いて、うまく言葉にならない。
彼は頷いた。動作がぎこちない。まるで人形のように、首だけがカクンと動く。
「そうだ。ここが、俺たちの本当の場所だ」
俺たちの、本当の場所——。
その言葉に違和感を覚えながらも、部屋の中を見回す。壁一面に、無数の写真が貼られている。セロハンテープで雑に留められたそれらは、すべて——俺と、彼の姿を捉えたものだった。
写真の中の俺たちは、同じ場所に立っている。廃工場のような場所。見覚えのない路地裏。薄暗い森の中。どこも初めて見る場所ばかりだ。しかし、どの写真にも俺と彼が二人で写っている。肩を並べて、あるいは向かい合って。
「これは……」
一枚の写真を手に取る。裏返すと、そこには日付とタイムスタンプが記されていた——『存在の証明』という文字とともに。
「これが、俺たちの記録だ」
彼が背後から声をかけてくる。その声が耳元で響くのに、振り返ることができない。写真に釘付けになっている。なぜなら、そのタイムスタンプが——まだ来ていない未来の日付を示していたからだ。
「どういうことだよ、これ……」
「このゲームは、ただ脱出するだけじゃ終わらないんだ」
彼の声が、急に近くなる。振り返ると、すぐ背後に彼が立っていた。距離が三十センチもない。彼の瞳に、自分の顔が映っている。その顔は——恐怖に歪んでいた。
「存在を消去されるってルール、覚えてるか? あれはな、『なかったことにする』って意味なんだよ。俺たちが今まで生きてきたこと、誰かと出会ったこと、思い出——すべてが、最初からなかったことになる」
彼の指が、壁の写真の一枚を指す。そこには、幼い頃の俺と——同じ顔の少年が写っていた。見覚えのない光景だ。俺の記憶にない。しかし、写真の中の俺は笑っている。楽しそうに、無邪気に。
「覚えてないだろ? 当然だ。だって、それは俺の記憶だから」
彼の声が、急に湿り気を帯びる。泣いているのかと思ったが、彼の目は乾いていた。ただ、その奥で何かが燃えているように見えた。
「俺たちは、同じ存在なんだ。別の場所に分かれてしまっただけで——元はひとつだったんだ」
壁の写真をすべて見渡す。何百枚、いや、千枚近くあるかもしれない。すべての写真に、俺と同じ顔の男が写っている。そして、そのすべての写真に、俺も写っている。
「この写真は、誰が撮ったんだ?」
「このゲームの運営だよ。あるいは——俺たち自身かもな」
彼は肩をすくめ、部屋の隅に置かれた工具箱を指さした。
「あれの中に、もっと面白いものがある」
工具箱は、天井裏にあったものとまったく同じものだった。錆びた金具とドライバーが並ぶ中に、一冊の古びた日記が挟まれている。表紙は革製で、擦り切れて角が丸くなっていた。ページを開くと、インクの匂いが鼻を突く。誰かの走り書きが、びっしりと詰まっていた。
日記の内容は断片的だった。誰かがこの世界に閉じ込められ、鏡を通じて別の自分と出会い、協力して脱出を試みた記録。しかし、そのほとんどは意味不明な呪文のような文字列で埋め尽くされ、ところどころに血のような染みが広がっている。
最終ページまでめくると、そこには一際大きな文字で走り書きがあった。
『鏡を壊せ。そうすれば、どちらかが救われる』
その文字を見た瞬間、背後から彼の気配が変わったのを感じた。振り返ると、彼の顔から表情が消えていた。虚ろだった目が、急に鋭くなる。
「どちらかって……どういう意味だ?」
彼の声が震えている。初めて見せた、本当の感情だった。
「知らない……俺も今、見たばかりだ」
「まさか、俺を——」
彼が半歩後退する。その目に、警戒の色が浮かんだ。いや、それ以上の何か——恐怖にも似た、敵意が滲んでいる。
「待てよ、俺たちは協力するって——」
「ああ、そうだな。そうだったな」
彼は笑った。しかし、その笑顔は引き攣っていた。目の縁が赤く染まっている。彼は壁の写真を一枚、引き剥がした。そこには、俺と彼が向かい合って立っている写真だった。背景は、この部屋だ。タイムスタンプは——今この瞬間だった。
「これは……さっき、撮られたのか?」
「違う。これは、未来だ」
彼が写真を指で押さえ、裏返す。そこには『選択の時』という文字と、一分後のタイムスタンプが記されていた。
スマホが震えた。ポケットから取り出すと、配信画面が表示されている。視聴者コメントが次々と流れていく。
『ついに来たか』
『面白くなってきたな』
『どっちが生き残るんだ?』
『鏡を壊せって、そういうことか』
コメントが活発になる。その中に、一つだけ異質なものが混じっていた。
『本当に行くべきじゃなかったのに』
そのコメントを見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。まるで、誰かがこの状況を最初から知っていて、俺を警告しているかのようだった。
「このコメント、見えるか?」
彼にスマホを向ける。彼は画面を覗き込み、眉をひそめた。
「見える。でも、これは——」
彼の声が途中で止まる。彼の視線は、スマホの画面ではなく、俺の背後に固定されていた。
振り返る。そこには——もう一人の自分が立っていた。
いや、違う。鏡の中の存在だ。あの不気味な笑みを浮かべた、もう一人の自分が、壁に貼られた写真の中から——いや、写真そのものから、こちらを見つめていた。写真の中の彼が、ゆっくりと口を開く。
『こっちにおいで』
声が聞こえた。耳ではなく、頭の中に直接響く声だった。冷たく、湿った、底冷えするような声。
「逃げろ——!」
彼が叫ぶ。その声で我に返り、俺は工具箱を掴んで後退した。背中が壁に当たる。工具箱の中から、ドライバーが一本、床に落ちて金属音を立てた。
写真の中の存在が、笑った。その笑顔が、写真の枠を超えて広がっていく。壁一面の写真が、同じ笑顔に染まっていく。すべての写真の中の俺たちが、同じように笑っていた。
「これは、罠だ——」
彼の声が遠くなる。視界が歪む。めまいが再び襲ってくる。あの鏡を触った時の、ふわっとした感覚が、今度はもっと強く、全身を包み込もうとしていた。
「待てよ、まだ——」
手を伸ばす。しかし、彼の姿はすでにぼやけていた。代わりに、壁の写真の笑顔だけが、鮮明に浮かび上がる。
スマホの画面が、最後のコメントを表示していた。
『選択の時です』
その文字が、頭の中で反響する。
鏡を壊せ。そうすれば、どちらかが救われる。
どちらか——。
俺か、彼か。
どちらか一人だけが——。
視界が完全に白く染まった。
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