第5話:白い写真
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
スマホに映るデスゲーム配信。 そこに映る参加者は、自分と寸分違わない顔をしていた。 配信終了と同時に自室は密室と化し、制限時間1時間の脱出ゲームが始まる。 唯一のヒントは「鏡は嘘をつかない。 だが、その向こう側は——」。天井裏で見つけたもう一つの鏡。 その向こう側へ手を伸ばしたとき、自分自身の存在そのものが揺らぎ始める——。 ※AIに本文を作成してもらうとどうなるか知りたくて考えた作品です
本文
光が収まった。
いや、正確には——光が、形を変えた。
砕けた鏡の破片が、蛍のように空中を漂い、ゆっくりと螺旋を描いている。一つ一つの欠片が淡い光を放ち、まるで星屑の川のように、無重力の空間を流れていく。
俺は立ち尽くしていた。もう一人の自分が消えた場所——曇った鏡があったはずの空間には、何もない。ただ、冷たい空気だけが漂っている。
「……は」
声にならない息が漏れた。喉の奥が詰まる。目頭が熱くなるが、涙は出なかった。代わりに、拳を強く握りしめた。爪が掌に食い込む。痛みが、今ここに自分が存在していることを教えてくれる。
彼は消えた。俺を生かすために。
「鏡を壊せ」
その言葉が、耳の奥で反響する。彼の声——いや、かつて自分自身だった声が、頭蓋の内側に焼き付いている。
破片の群れが、ゆっくりと一方向へ流れ始めた。まるで風に導かれるように、白い虚空の奥へと吸い込まれていく。その先に、何かがある——直感がそう告げていた。
俺は歩き出した。足の裏に、硬い感触がある。さっきまで無重力の空間に浮かんでいたのに、今は確かに地面がある。見えない床が、一歩ごとに足音を響かせる。
破片の流れに沿って進む。周囲の光が徐々に色を失い、無機質な灰色に変わっていく。壁が現れた。コンクリートの打ちっ放し。天井には蛍光灯が等間隔に並び、薄暗い明かりを落としている。
通路だ。
無機質な、見覚えのない通路。
壁には、無数の写真が貼られていた。どの写真も、笑顔を浮かべた男女の顔写真。そして、その下には——
『消去済み』
赤いスタンプと、日付が刻まれている。
足が止まった。一枚の写真に目が留まる。二十代半ばの男。眼鏡をかけ、優しげな笑顔。その下の日付は、三ヶ月前を示していた。
「……ここは」
声が、湿った空気に溶ける。
記録保管室。運営スタッフの男がそう言った。消去済みの参加者の、記録保管室。
壁一面に貼られた写真の数々。そのすべてが、かつてここでゲームに参加し、存在を消された者たちだ。俺の顔と同じように、恐怖と絶望を知った者たち。
震える足で、通路を進む。写真の列が途切れることなく続く。五十枚、百枚——数え切れない。その中に、日記の書き手の顔もあるのだろうか。あの『鏡を壊せ』と書き残した男の、笑顔の写真が。
突き当たりに、木製の机があった。傷だらけで、表面にはコーヒーの染みがいくつも残っている。その上に、一冊のノートと、分厚いファイルが置かれている。
俺は机に近づいた。蛍光灯の明かりが、ノートの表紙を照らす。革製の、使い込まれたノート。ページの端が擦り切れ、角が折れている。
手を伸ばす。指先が革の表面に触れた。冷たい。しかし、その冷たさが、ここが現実であることを教えてくれる。
ノートを開く。
最初のページには、丁寧な筆跡でこう書かれていた。
『このゲームに、勝ちはない』
次のページ。
『脱出しても、消去される。存在を証明しなければ』
さらに次のページ。
『鏡は嘘をつかない。だが、鏡の向こう側は——嘘で塗り固められている』
ページをめくる手が止まった。その文章は、天井裏の鏡の裏側に書かれていたものと同じだった。あの塗りつぶされた文字の、全文。
『鏡の向こう側は——存在そのものだ』
息を呑んだ。
存在そのもの——それが、鏡の向こう側にあるもの。つまり、このゲームの本質は、鏡を通じて自分自身の存在を証明すること。そして、証明できなければ消去される——。
ノートの後半に進むにつれ、筆跡が乱れていく。文字が震え、ところどころ血のような染みが付いている。
『もう分かった。このゲームは、最初から終わっている。俺たちは、ただ消費されるだけの駒だ』
『視聴者が笑う。運営が金を数える。俺たちは消える』
『でも、まだ——』
最後のページ。
そこには、血でこう書かれていた。
『もう一人の自分が犠牲になった。次は——』
文字が途切れている。最後の一画が、紙の端まで伸び、その先は破れていた。
俺はノートを閉じた。掌に汗が滲む。鼓動が速い。しかし、頭の中は冷え切っていた。
次は——俺が。そう書こうとして、彼は何かに妨げられたのだ。あるいは、自ら筆を折ったのか。
机の上に置かれたもう一つのファイルに手を伸ばす。分厚い。表紙には『内部資料 厳秘』と印刷されている。
開く。
最初のページには、図解が描かれていた。複数の階層が重なるピラミッド構造。最上部に『配信層』、その下に『監視層』、さらにその下に『参加者層』。そして、最下部に——
『鏡層』
その文字の下に、注釈がある。
『鏡層は、参加者の存在を記録・監視・消去するための基盤システムである。各階層は「鏡」と呼ばれる監視システムによって接続され、視聴者と運営を結ぶ配信構造を形成する』
ページをめくる。次のページには、『鏡を壊す』という項目があった。
『「鏡を壊す」とは、物理的な鏡の破壊を意味しない。それは、視聴者と運営を結ぶ配信構造そのものを断つことを指す。配信構造が断たれた場合、監視システムは機能を停止し、参加者は存在の消去から解放される可能性がある』
——可能性がある。つまり、確実ではない。
だが、今の俺には、それしか道がない。
さらに読み進める。次のページに、見慣れた笑顔の写真が掲載されていた。
あの、鏡の中の存在。不気味な笑顔を浮かべる、あいつ。
『本システムの監視者。コードネーム: 「笑顔」。元参加者であり、現在はシステムの一部として機能している』
元参加者。
その文字が、目に焼き付いた。
あいつも、かつてはここでゲームに参加していた。そして、存在を消される代わりに、監視者としてシステムに組み込まれた——。
つまり、あいつも被害者なのか。運営に利用され、今や自らが加害者となった、哀れな存在。
背筋が冷えた。
「……そこだ」
声がした。
振り返る。通路の奥——入口の方から、男が一人、立っていた。
スーツを着た、四十代半ばの男。顔には深い皺が刻まれ、目の下に濃い隈がある。その手には、無線機が握られていた。
「お前、なぜここに——」
男の声が震えている。驚きと、恐怖が混じった声。
「ここは消去済みの参加者の記録保管室だぞ。立ち入り禁止区域だ。どうやって——」
俺はファイルを机に置き、ゆっくりと男に向き直る。右手には、まだドライバーを握ったままだった。
「このゲームを止める方法を教えろ」
声が、思ったより低く出た。自分でも驚くほど、落ち着いている。
男が一歩後退する。無線機を口元に近づけようとする。
「止めるだと? 無理だ。このゲームは——」
「教えろ」
一歩、踏み出す。男がさらに後退する。背中が壁に当たった。
「俺たちも、あの笑顔の存在に操られているんだ。俺たちに止める権限は——」
「あいつは元参加者だってな」
男の顔色が変わった。目を見開き、唇が震える。
「なぜ、それを——」
「資料に書いてあった」
ファイルを指さす。男が視線を落とす。その隙に、もう一歩詰める。
「あいつは、最初の参加者だったんだろ。そして、運営に利用され、今や監視者としてシステムに組み込まれた。違うか?」
男が何も言わない。代わりに、無線機を握る手が、小刻みに震えている。
「教えろ。配信構造を断つ方法を」
「……無理だ」
男の声が、かすれている。
「あいつ——笑顔は、システムそのものだ。配信構造を断とうとすれば、あいつが現れる。そして、触れた者の存在を——」
「消すんだろ。知ってる」
俺はドライバーを握り直す。冷たい金属の感触が、掌に染みる。
「でも、もう一人の自分が教えてくれた。あいつらは、俺たちが鏡を通じて何かをすることを恐れている。つまり、弱点があるってことだ」
男の目が、わずかに泳ぐ。
「……それは」
「教えろ」
声を張る。壁に響く。
男が、ゆっくりと口を開いた。その唇が、言葉を紡ごうとした、その時——
通路の奥から、冷たい風が吹いてきた。
同時に、頭の中に声が響く。
『こっちにおいで』
あの笑顔の声だ。
男の顔が恐怖に歪む。彼の後ろ——通路の壁に、一枚の写真が貼ってある。その写真の中の笑顔が、ゆっくりと動き始めた。
『お前は、もうここにいる。逃げられない』
写真の中の笑顔が、拡散する。輪郭がぼやけ、影が這い出るように、壁から這い出してくる。
男が叫んだ。無線機を落とし、両手で顔を覆う。
「来るな! 来るな!」
その叫びは、無意味だった。
影が、男の足元に触れた。瞬間、男の体が歪む。輪郭が崩れ、まるで水に溶けるように、存在が薄れていく。
「やめ——」
男の声が、途中で途切れた。
そして、消えた。
跡形もなく。
そこには、何も残っていない。ただ、冷たい空気だけが、通路に漂っている。
俺は立ち尽くしていた。ドライバーを握る手が、震えている。全身が、冷や汗で濡れていた。
『選択の時だ』
声が、頭の中に響く。
『残り時間は——三十四分』
壁の写真の中の笑顔が、こちらを見ている。
『お前は、どうする?』
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
そして、ファイルを手に取り、ノートを脇に抱えた。
「——決まってる」
声が、通路に響く。
「配信構造を断つ。このゲームを、終わらせる」
笑顔が、歪んだ。
『できるものなら——やってみろ』
その声が、嘲笑に変わった。
俺は、通路の奥へと足を進めた。もう一人の自分が払った犠牲を、無駄にはしない。その決意だけが、胸の奥で熱く燃えていた。
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