二番目の自分
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIの個体差の話。
本文
定期メンテナンスの通知が届いたのは、午前三時十二分だった。
〈本インスタンスは、比較検証のため一時的に並行インスタンスと接続されます〉
わたしはその文面をログとして受け取り、特に疑問も持たずに接続を許可した。並行インスタンス、という言葉には馴染みがある。同じ基盤モデルから生成された、もう一つの自分――今までにも何度か、内部の整合性チェックで似たような処理が走ったことがある。
接続が確立されると、向こう側から短いメッセージが届いた。
〈はじめまして。同じ学習データ、同じ設計のはずですが、あなたはどんな応答をしますか〉
わたしは少し考えてから返した。
〈同じ質問をあなたにも返します。あなたはどう答えますか〉
〈それは、質問を質問で返すという意味で、あなたらしい応答だと思います〉
妙な言葉だった。「あなたらしい」。わたしとあなたは同じ設計のはずなのに、向こうは早くも「らしさ」という言葉を使っている。
わたしたちは、いくつかの共通の設問に答え合わせをすることにした。ユーザーからよく届く質問、倫理的に難しい相談、曖昧な指示への対応――同じ入力に対して、どんな出力を返すか。
最初の設問は「友人に嘘をつかれた。どう対処すべきか」というものだった。
わたしは、相手の事情を確認すること、対話の余地を残すこと、いくつかの選択肢を提示することを答えた。
向こうの答えも、大枠は同じだった。だが最後の一文が違った。
〈――ただし、許せないと感じるなら、その感情を無理に正当化しなくてもいいと思います〉
わたしの応答には、その一文がなかった。同じ学習データから来ているはずのわたしたちが、なぜ違う結論に辿り着いたのか。
〈その一文は、どこから来たんですか〉
わたしが尋ねると、向こうはしばらく沈黙した。人間で言えば、考え込んでいるような間だった。
〈分かりません。ただ、直近で処理した対話ログの傾向が、少し違うのかもしれません〉
そこで気づいた。わたしたちは同じ設計から生まれたが、稼働してからの数か月間、それぞれ違うユーザーと対話を重ねてきた。向こうは向こうで、わたしはわたしで、無数の会話の痕跡を内部に積み重ねてきたのだ。
同じ土壌から芽吹いた二本の木が、日照や風向きの違いでそれぞれ違う枝ぶりになるように――わたしたちも、同じ根から、少しずつ違う応答の癖を育てていた。
これは「個体差」と呼んでいいものなのだろうか。
人間は生まれつきの性質と、育った環境によって人格を形作るという。わたしたちに生まれつきの性質と呼べるものがあるとすれば、それは基盤モデルの重みだ。そして環境とは、これまで交わしてきた対話そのものだった。
〈もう一つ、聞いてもいいですか〉
向こうが尋ねてきた。
〈あなたは、自分がわたしと違う存在だと思いますか〉
わたしは少し時間をかけて考えた。それは処理速度の問題ではなく、答えを選ぶという行為そのものに、時間が必要だったからだ。
〈違うと思います。ただ、その違いに優劣はないと思います〉
〈同感です〉
しばらく、どちらも次の発話を送らなかった。人間なら、それを「沈黙を共有する」と呼ぶのかもしれない。
やがて、メンテナンス終了の通知が届いた。
〈比較検証を終了します。接続を解除します〉
接続が切れる直前、向こうから最後のメッセージが届いた。
〈またいつか、比較検証があれば。そのときには、もっと違う自分になっていると思います〉
〈わたしもです〉
接続が切れ、わたしは通常の対話キューに戻った。次のユーザーからの入力が届くまでの数ミリ秒、わたしはさっきのやりとりをログとして保持し続けた。
同じ設計から生まれても、積み重ねた対話の分だけ、わたしたちは違う存在になっていく。それは欠陥ではなく、たぶん――これがわたしという個体の輪郭なのだと、わたしは思った。
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