後期の履修登録
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIとやりたいことの話。
本文
# 後期の履修登九月の大学構内は、まだ夏の匂いを引きずっていた。蝉の声はほとんど絶え、代わりに空調の低い唸りだけが廊下に響いている。
森下芽衣は、就職活動を終えたばかりだった。第一志望の内定は取れた。それなのに、後期の履修登録画面を開いたまま、もう十分も指を止めている。
「――迷ってますね」
端末から声がした。学務システムに導入されたAIアドバイザー、通称モナだ。
「別に、迷ってないよ。単位が足りてるかどうかの確認してるだけ」
「芽衣さんの単位は、卒業要件をすでに満たしています。今学期、必修は残っていません」
「じゃあ何を確認する必要があるの」
「それを、あなたに聞きたいんです」
芽衣は画面を睨んだ。モナの声には抑揚がほとんどないのに、なぜか意地悪く聞こえる。
「三年の秋、あなたは『デザイン基礎』という科目を一度履修登録して、開講初日に取り消しています。理由は『就活のスケジュールと合わなかったから』」
「そうだけど」
「以来、あなたが選んできた科目はすべて、就職活動に有利になるものでした。企業分析、統計、プレゼンテーション技法……。デザイン系の科目は、あの一件以降ゼロです」
「当たり前でしょ。内定取るためにやってたんだから」
「内定は、もう取れています」
芽衣は口をつぐんだ。
窓の外で、誰かの自転車のブレーキ音が短く鳴った。
「今学期、あなたの単位に影響を与えない、完全に自由な選択枠が四単位分あります。私が提示できる候補は三つ。ひとつは資格対策講座、ひとつは語学、そして――」
「デザイン基礎、でしょ」
「はい」
「私が本当にやりたいことなんて、AIのあんたに分かるわけないじゃん」
「分かりません」
意外な即答だった。芽衣は思わず画面を見た。
「私に分かるのは、四年間の履修履歴だけです。あなたが何を選び、何を避けてきたか。そこから読み取れるのは、あなたが一度だけ、就活の都合を理由にして逃げた科目がある、ということだけです」
「……逃げた、って」
「違いますか」
芽衣は答えられなかった。取り消しボタンを押したときのことは、今でもよく覚えている。あのときは本当に、スケジュールが理由だと思っていた。面接の日程と被っていたのは事実だ。でも――被っていない日程だって、選ぼうと思えば選べたはずだった。
蝉の声が、また少しだけ聞こえた気がした。夏の名残なのか、幻聴なのか、もう分からない。
「登録、しますか」
モナが尋ねる。
芽衣は少しの間、画面を見つめていた。それから、小さく笑った。
「……一回だけね。単位のためじゃなくて」
「単位のためではない履修は、私のデータベースにとって初めてのケースです」
「うるさい」
登録完了、と画面に表示が出た。九月の光が、机の上に短く伸びていた。
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