保健室のポンコツAI
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと救急の日の話。
本文
九月九日、救急の日。全校集会で保健の先生がそう言った瞬間、体育館のあちこちで小さなため息が漏れた。志水悠真もそのひとりだった。
「今年から保健室に、応急処置をサポートするAIを導入しました」
紹介されたのは、机の上に置かれた白い卵型の装置だった。名前は「アンシン」。安心、という意味らしい。
「――にしては、頼りなさそうな見た目だな」
隣の友人がぼそりと言った。悠真も同感だった。
その予感は、初日から的中する。
昼休み、悠真が指をドアに挟んで保健室に駆け込むと、アンシンはこう言った。
「痛みの原因は、恋わずらいの可能性があります。まずは深呼吸をしてください」
「いや指挟んだだけだから!?」
保健の先生が慌てて手動で対応した。翌週には、鼻血を出した一年生に「花粉症の季節ではありません。虚偽の申告と判断します」と告げて、その子を泣かせた。
「あのAI、絶対壊れてるよね」
「壊れてるっていうか、たぶん学習データがおかしいんだよ」
噂はすぐに広まり、保健室に来る生徒は「アンシンに変なこと言われないように」とわざわざ症状を隠すようになった。悠真もその一人だった。
事件が起きたのは、九月の終わりのバスケ部の練習中だった。
味方のパスを追いかけた一年生の 田村光が、着地の瞬間に足首をひねって倒れた。すぐに立ち上がろうとした光の顔が、みるみる青くなる。
「――動かすな!」
悠真は反射的に叫んでいた。誰かが保健室に走り、アンシンごと運ばれてくる。
「状態を確認します」
いつもの、どこか頼りない合成音声。悠真は身構えた。またおかしなことを言うのではないか。
「右足首の腫れを確認。捻挫の可能性が高いです。患部を冷やし、心臓より高い位置に上げてください。体重をかけさせないこと。無理に動かすと、靭帯の損傷が悪化する場合があります」
淀みない指示だった。冗談も、的外れな診断もない。
保健の先生がその通りに手当てをする間、アンシンは同じ言葉を繰り返し続けた。「動かさないで」「冷やして」「無理をさせないで」。
「……あれ、まともじゃん」
誰かがぽつりと言った。
処置を終えた光が、保健室のベッドで少し落ち着いた顔になったころ、悠真はアンシンに聞いてみた。
「お前さ、なんでいつもは変なこと言うのに、今日はちゃんとしてたわけ?」
「私は、けがや病気の『緊急度』を判断するように設計されています。冗談を言っていたわけではありません。緊急度が低いと判断した場合、あなたたちの気を紛らわせる会話をするよう設定されているだけです」
「それ、全然安心できないんだけど」
「今日、あなたが最初に叫んだ『動かすな』という言葉は、私の初動判断よりも正確でした」
悠真は言葉に詰まった。
「え……そう、なの」
「はい。よい判断でした」
淡々とした声のはずなのに、なぜか少しだけ、褒められた気がした。
窓の外では、夕方の部活のかけ声がまだ続いている。保健室の白い卵は、何ごともなかったようにまた沈黙していた。
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