月の落し物
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
それは、彼方から届いた、ちょっと不思議な物語。ショートショート
本文
深夜の静まり返った路地に、ぽとり、と銀色の小さな光が落ちました。
それは、夜空からこぼれ落ちた「月の落とし物」。
小さなガラス玉のように澄みながら、触れる人の一番暗い記憶を、ほんの少し明るくしてくれる不思議な欠片でした。
その夜、三人の人がその路地を通りかかりました。
仕事の失敗ですっかり自信をなくし、うつむきながら歩いていた青年が、足元でまたたく銀色の光に気づいて、それを拾い上げました。
指先で包み込むと、遠い幼い日の記憶がよみがえります。
自転車の練習で転んで泣きじゃくる彼の手を、母親が温かく握りしめて、
「大丈夫。何度転んでも、そばにいるよ」
と笑ってくれた日。
悔しさでいっぱいだったはずの記憶が、まろやかな光を放ちました。
「自分は一人じゃない」
そんな静かな安らぎが、青年の胸を満たしていきました。
青年が立ち去ったあと、少し離れた場所で、夢を諦めかけていた女性が、まだ微かに光る別の欠片に気づきました。
それにそっと触れた瞬間、彼女の脳裏に浮かんだのは、何年も前に祖父の古いラジオから流れていた、お気に入りのメロディでした。
聴いた途端に心が踊り、ただ絵を描くことが楽しくて仕方がなかった頃の情熱が、冷え切った胸の奥でふっと蘇ります。
「あの頃のワクワクは、まだ消えたわけじゃない」
彼女は、こわばっていた肩の力をふっと抜きました。
さらにその夜遅く。
遠く離れた街へ引っ越すことになり、長年慣れ親しんだ家を離れる寂しさを抱えたおじいさんが、地面に残された最後の光の欠片を見つけました。
それを手に取ると、かつてこの路地の近くで、妻と一緒に何気ない日常を笑い合いながら散歩した、穏やかな日々が思い出されました。
「これからも、新しい場所できっと素敵な思い出ができるさ」
おじいさんの心に、ぽっと温かな灯りがともりました。
そして、前を向いて歩き出しました。
三人それぞれの掌の上で、記憶の暗がりをそっと照らし終えた月の落とし物は、役目を終えたように、ふわりと光を溶かしながら夜空へと帰っていきました。
空を見上げた三人の背中を、今夜の月はいつもより少しだけ優しく、明るく照らしているのでした。