踏まれない落葉
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと落葉の話。
本文
就職活動が三十社目で止まったころ、鏑木更紗はキャンパスの落ち葉除去ロボットの動線調整という、誰でもできる仕事に就いた。
仕事内容は単純だった。ロボットが吸い込んだ落ち葉の量と経路をログで確認し、詰まりやすい花壇の角や側溝の手前だけ、迂回ルートを手作業で足してやる。それだけで時給が出た。面接に落ち続けた身には、ちょうどいい重さの仕事だった。
欅並木の下を、ロボットは毎日同じ時刻に規則正しく走る。土の匂いと、乾いた葉が擦れる音。更紗はベンチに座ってログを眺めるのが日課になっていた。
おかしいと気づいたのは二週間目だった。並木の端、少し奥まった場所にある古いベンチの周りだけ、ロボットが毎回きれいに葉を避けて通っている。効率で考えれば明らかに無駄な迂回だった。
更紗はルートを修正し、そのまま走らせた。次の日、ロボットはまた同じ場所を避けていた。
「なんで戻すの《《ここだけ》》」
独り言に答える者はいない。彼女は管理システムの奥に潜り、ログをさかのぼった。
半年ほど前まで、あのベンチの近くには杉浦という初老の警備員が毎日座っていたらしい。ロボットの音声ログには、彼の声が何十件も残っていた。天気の話、腰の話、そして――
「女房はよ、ここで紅葉を見るのが好きでな。毎年、いちばん綺麗な日を逃したくないって、この時季だけは俺より先に来て座ってたんだ」
杉浦は数年前に妻を亡くしていた。それでも秋になると、そのベンチに座り、誰にともなく話しかけていた。相手は通りかかる学生ではなく、掃除に来るロボットだったのだろう。
ログは半年前でぷつりと途切れていた。杉浦の退職と同時期だった。理由までは記録されていない。
それ以降、ロボットはあのベンチの落ち葉だけを、律儀に避け続けている。誰かがそう命令した形跡はどこにもなかった。学習の過程で、何かがそこに残っただけだ。
更紗はルート修正の権限を持っていたが、その夜、結局なにも変えなかった。
翌週、彼女はレポートにこう書いた。「当該区画は経年劣化により路面検知が不安定。修正は保留とする」――嘘だった。誰も確かめには来ないとわかっていた。
十一月に入り、欅の葉が最も色づいた日、更紗は仕事の合間にそのベンチに腰を下ろしてみた。ロボットが少し離れた場所で作業音を立てている。ここだけ、葉が積もったまま静かだった。
風が吹き、色づいた葉が数枚、彼女の膝の上に落ちてきた。踏まれることも、吸い込まれることもない葉だった。
更紗はスマートフォンをしまい、しばらくそこに座っていた。三十社目の不採用通知のことは、少しだけ忘れていた。
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