第11話 夜明けを縫う

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/12 📚 シリーズ: 夜明けを縫う、あなたの隣で〜記憶を失う星織りと、忘れないと誓った風渡りの旅〜 📝 2,308文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

夜明けを縫う、あなたの隣で〜記憶を失う星織りと、忘れないと誓った風渡りの旅〜 - 第11話 夜明けを縫う

本文

ハイネの顔が歪んだ。

「よいわけがない!」

 初めて、彼が声を荒らげた。

「私が平気であの娘を送り出したと思うのか。幼いころから見てきた。針を持てずに泣いた日も、母親を亡くした夜も知っている。それでも私が命じなければならない。可能性に賭けて、再び百人を壊すより、一人を」

 言葉が途切れた。

 風に乗った声が届く。

『ハイネ、聞こえるかい』

 老いた女性の声だった。

 ハイネが息を呑む。

『あなたのお姉さんと、三人で夏至祭へ行った日のことを覚えているよ。あの子は踊りが下手で、あなたの足を何度も踏んだ』

「マルタ……」

『私とあなたは、同じものを見ていた。違うかい?』

 ハイネは答えない。

『明日、あの子の好きだった林檎酒を飲もう。今度こそ、笑って思い出そうじゃないか』

 長い沈黙のあと、ハイネが両手を握り合わせた。

「姉は、三度も私の足を踏んだ」

『四度だよ』

「三度だ」

 彼の胸から、細い糸が伸びる。

 北西の風へ消え、やがて二本を撚った光となって戻ってきた。

 ハイネの頬を、涙が伝った。

「明日、確かめよう」

『ああ』

 祭司長は目元を拭い、ミアへ向き直った。

「最後の頁は、私の祈祷室にある。中央の棚、女神像の裏だ」

「持ってきます」

「いや、時間がない。私が手順を伝える」

 大裂が轟いた。

 塔から伸びていた白い糸が、一本切れた。

「星織りの記憶が尽きかけている」

 ハイネが顔を上げる。

「集めた糸を、あの娘へ届けねばならない。五つの風鐘を星杭の光へ重ねろ」

「どうやって?」

「風渡りなのだろう」

「急に雑ですね」

「私も星織りではない」

「そうでした」

 ミアは杖を両手で握った。

 風鐘の音を一つずつ探る。五つの町から届く風と、エルナの胸に宿る星杭の光。形は違っても、どちらも遠くを結ぶものだ。

「行って」

 声をかける。

 風が渦を巻く。

 無数の記憶糸が持ち上がり、夜空へ昇った。

 赤、青、金、緑。

 人の数だけ色の違う光が、大裂の下に立つ塔へ流れていく。

「届いた」

 けれど、胸騒ぎは消えなかった。

 青い花を握る。

 エルナの顔が浮かんだ。

「私も行きます」

 ミアは階段へ向かった。

「儀式の最中だ。扉は封じられている」

「風は、行きたいほうへ行くんです」

 答えを待たず、塔へ走った。

     ◇

 どこからか、光が降ってきた。

 エルナの指へ、色とりどりの糸が絡む。

 泥だらけの水門。

 川を流れる花灯り。

 凍った湖と、雪の森。

 知らないはずの景色の中に、自分がいる。

 誰かが覚えているエルナだった。

 土嚢を運び、子どもを抱き、赤い外套の女性と手をつないでいる。

「ミア」

 名前が、胸の奥からこぼれた。

 顔は思い出せない。

 どんな声だったのかも、もうわからない。

 それでも、その名だけは糸にならずに残っていた。

 届いた記憶を束ねる。

 大裂を縫う糸が、太くなる。

 一針。

 街を覆っていた黒雪が止まる。

 二針。

 夜獣たちが空を見上げ、光の粒になって崩れる。

 三針。

 裂け目の半分が閉じた。

 だが、中央の闇が残っている。

 最後の結び目には、星織り自身の最も大切な記憶が必要だった。

 エルナは、胸の底に残った光へ触れる。

 雪の夜。

 一枚の毛布。

 初めて重ねた唇と、好きだと言ってくれた人。

 顔が見えた。

 焦げ茶の瞳。泣きながら笑う、愛しい人。

 これを渡せば、縫い終わる。

 指先へ、白い糸を引き出した。

「それは渡さない約束でしょう」

 風が吹いた。

 閉ざされていた扉が、内側へ弾ける。

 赤い外套の女性が立っていた。

 頬に煤をつけ、息を切らし、それでも笑っている。

「ミア」

「覚えてる?」

「名前だけ。今、顔を思い出しました」

「上出来」

 ミアが祭壇へ駆け上がる。

 その手には、青い硝子の花があった。組紐をエルナの手首へ巻き、自分の手首と結ぶ。

「何を」

「糸に両端を作る。二人で同じ記憶を出して、同じ明日を約束する」

「失敗したら、あなたまで」

「一人で決めないで。私は、エルナと一緒に明日へ行きたい」

 エルナの手を取る。

 触れたところから、記憶が重なった。

 雪の書庫。消えかけた暖炉。一枚の毛布。

 一度目の短い口づけ。

 二度目に、どちらからともなく近づいたこと。

 同じ記憶を、二人で糸にする。

「明日、何をする?」

 ミアが尋ねた。

「明日……」

「何でもいい。教会を出る。蜂蜜菓子を食べる。ククに林檎をあげる」

「全部、したいです」

「もっと先は?」

 エルナは、大裂の向こうに夜明けを見た。

「次の花灯り祭で、踊りたい」

「二人で?」

「二人で。今度こそ、少し上手に」

「約束」

 絡めた小指が、青白く光る。

「約束します」

 二人で糸を持った。

 エルナが針を導き、ミアが風で糸を運ぶ。

 最後の一針を、大裂の中央へ通す。

 闇が抵抗するように膨らんだ。

 記憶糸が引かれる。

 祭りの夜が、母の手が、雪の書庫が、エルナの中から抜けていく。

「ミア!」

「離さない!」

 結んだ組紐が、二人の手首へ食い込む。

 遠くから無数の声が届いた。

 明日は屋根を直す。

 青い花灯りを作る。

 林檎酒を飲む。

 パンを焼く。畑へ行く。喧嘩した相手に謝る。生まれた子に名前をつける。

 誰かと迎えたい明日が、糸の結び目を一つずつ強くする。

 ミアの風が、最後の糸を引いた。

 裂け目が閉じる。

 夜が割れた。

 地平から朝日が差し込み、王都の屋根を金色に染める。

 空から、光の粒が降ってきた。

 誰かに預けられた記憶が、それぞれの胸へ帰っていく。

 エルナの中にも、雪の夜が戻った。

 温かい唇。

 好きだと言った声。

 何度忘れても、また好きになると笑った人。

「ミア」

 名を呼んだ。

「ここにいるよ」

 抱きしめられる。

 エルナはその背へ腕を回そうとした。

 もう、指一本動かなかった。

「眠っても、いいですか」

「うん」

「起きたときも、いてください」

「いるよ。絶対に」

 朝日のなかで、ミアの顔が滲んだ。

「愛しています」

「私も」

 唇に、柔らかなものが触れる。

 それを最後に、エルナの意識は静かに途切れた。

ジャンル・タグ

百合, ガールズラブ, 恋愛, 純愛, 記憶喪失, 旅, ハッピーエンド, AI本文利用

作品統計

👁️ 閲覧数: 2 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

PEN_240

👥 フォロワー: 1人

作者ページを見る