銀杏注意報
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと銀杏の話。
本文
通学路の欅並木が終わると、次は銀杏並木だ。十月の終わりから、あの匂いとの戦いが始まる。
「今日は右側、絶対にダメだ」
芦沢悟は昇降口でスマホを掲げ、後ろから来た桐山淳に画面を見せた。自作のアプリ「ギンナン注意報」には、赤い丸がくっきりと通学路の右側に表示されている。
もとは夏休みの自由研究だった。気温、風向き、直近の落果情報をSNSの投稿から拾い集め、「今日、どこの銀杏が踏まれてつぶれやすいか」を予測するだけの、ふざけたアプリ。だが十月に入って精度が妙に上がり始め、クラスの半分がこっそり使うようになっていた。
異変に気づいたのは、桐山だった。
「なあ、これ見ろよ」
スクリーンショットには、こう表示されていた。〈本日、体育館裏は避けることを推奨します〉
銀杏なんて一本も生えていない場所だった。悟が首をひねっていると、放課後、体育館裏で一年生同士のケンカが起きたと噂になった。
「偶然だろ」
そう言いながらも、悟はログをさかのぼった。原因はすぐにわかった。アプリは投稿の文面だけでなく、投稿の《《時間帯》》や《《頻度の変化》》まで拾っていたのだ。誰かが苛立った短文を連投していれば、それだけで場の空気が読めてしまう。銀杏どころか、人間のほうがよほど予測しやすいらしかった。
悟は少し怖くなって、機能を絞ろうかと考えた。そんな矢先、桐山が画面をのぞき込んで言った。
「今日、二年三組の渡辺、なんか元気ないって出てるぞ」
「は? なんでそんなの出るんだよ」
「わかんね。でも――」
桐山は少し黙ってから、続けた。
「声かけてみるわ」
悟は止めなかった。アプリが弾き出したのは、ただの数字の並びに過ぎない。それでも、桐山があの日、渡辺に何を話したのかは知らないが、次の週から渡辺は昼休みに教室へ残るようになった。
十一月、銀杏はもうほとんど落ちきっていた。悟はアプリの精度チューニングをやめ、代わりに〈今日は誰かに話しかけてみるのもいいかもしれません〉という、当たり障りのない一文を、毎朝ランダムに表示させるだけの機能に変えた。
的中率は落ちた。桐山には「せっかくの発明品を台無しにした」と文句を言われた。
「別にいいよ」
悟は靴の裏についた銀杏の匂いを気にしながら、そう答えた。