白紙のエントリーシート
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIとエントリーシートの話。
本文
蒲原想は、エントリーシートの「学生時代に力を入れたこと」欄をまた開いたまま、十分近く固まっていた。
締め切りは今夜の二十三時五十九分。三社目のこの欄だけで、もう五回目の書き直しだった。
「もう無理だ……」
想はブラウザの別タブを開いた。就活生の間で評判になっている代筆AI、「エントリー先生」。プロフィールと過去の経験をいくつか入力するだけで、企業ごとに最適化された文章を作ってくれるという。
サークルでの出来事を箇条書きで打ち込み、送信ボタンを押す。数秒で、驚くほど整った文章が返ってきた。
『私は所属するテニスサークルにおいて、新入生の定着率向上という課題に主体的に取り組みました――』
読み返すたびに、想は妙な違和感を覚えた。書いてあることは事実のはずなのに、まるで他人の話を読んでいるようだった。それでも締め切りは迫っている。想はその文章をそのまま貼り付け、送信した。
次の日も、その次の日も、想はエントリー先生に頼った。返ってくる文章はどれも隙がなく、面接に呼ばれる確率も上がっていった。けれど夜、布団に入るたびに、想は自分の言葉で何かを語った記憶がどんどん薄れていくような気がした。
そして迎えた、第一志望の最終面接。
「エントリーシートに書かれていた、新入生の定着率の話ですが――具体的に、どんな声かけをしたんですか?」
想は言葉に詰まった。文章は覚えている。だが、そこに書かれていた「自分」がどんな顔で、どんな声で話しかけたのか、想自身にも分からなかった。書いたのが自分ではなかったからだ。
「……すみません。今から、本当のことを話してもいいですか」
面接官が小さくうなずく。想は、AIが磨き上げた美しい文章を一度頭から追い出し、拙くてもいいから、自分の記憶にある言葉で話し始めた。新入生が最初の練習で泣きそうになっていたこと。うまい声かけなんてできず、ただ隣に座って一緒にラケットを振っただけだったこと。
話し終えたとき、面接官はふっと笑った。
「今のほうが、ずっと伝わりましたよ」
帰り道、想はスマートフォンでエントリー先生のアプリを開いた。真っ白な入力欄を見つめ、そこに何も打ち込まないまま、そっと閉じた。