【閲覧注意】オシリスと遊ぼう
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
過激動画専門のプラットフォーム《BREAKPOINT》。 いつものように動画を探していた男の画面に、見慣れない動画が表示された。 映し出されたのは、透明な壁で仕切られた部屋と、両手を箱の中に固定された4人の男女。 そして聞こえてきたのは、《オシリス》と名乗る何者かの楽しげな声。 『これから皆様には、ちょっとした遊びにお付き合いいただきます』 質問に答えるだけの、簡単な遊び。 ただし、嘘をついてはいけない。 気づけば男は、《オシリスの遊び》から目を離せなくなっていた。
本文
「BPに面白い動画アップされてるかな……」
ベッドに寝転がり『BREAKPOINT』を開く。
事故、心霊、グロ、実験など過激動画専門プラットフォーム。
相変わらず、目を背けたくなる動画のオンパレードだ。
「心霊は要らないかな」
画面をスクロールしていく。
「ん? 実験的ゲーム? 動画の説明はないんだ」
画面に映っているのは、無機質なコンクリートの壁が印象的な正方形の部屋。
中央から壁に向かって透明な板が伸び、部屋は4つに仕切られている。
仕切られた空間には、椅子に座り頭から黒い布を被った人が4人。
「黒い布かぶって、なんかの儀式なのか?」
動画内の照明はオレンジ色。
「照明の色なのかな? 画像はあまり綺麗ではないな」
部屋にはカメラの台数が多い。
全体を映すもの、黒い布を被った人の正面、さらに背中側。
死角になる部分が一切なく、ある意味では狂気を感じる。
「にしても、カメラ多いな……」
映像が切り替わり、黒い布を被った人が正面から映し出される。
数秒後には部屋全体を映すカメラへと戻った。
どうやら、複数のカメラで撮影した映像を編集しているらしい。
『それでは、皆さんの布を外しますね』
加工された音声とともに、4人の頭を覆っていた黒い布が一斉に上へ引っ張られた。
『皆さん、ゆっくり目を開けましょうか』
「……はっ?」
「おい、なんだこれは!」
「ちょっと、何よこれ! 私にこんなことして、覚えてなさい!」
「悪ふざけが過ぎますよ」
『うふふ。皆さんお元気そうですね。安心しましたよ』
「おい、誰だ貴様!」
「クソ、舐めやがって……」
「ちょっと、いい加減にしないさいよ!」
「僕を……なぜ、こんな真似を……」
『皆さん、言いたいことも沢山あるとは思いますが、遊びを始める前にルールを説明しますので、少し黙っててくださいね。ルールをちゃんと聞いておかないと、後で後悔するかもしれませんからね。』
加工された音声の主の言葉に、4人はさっきまでの威勢とは裏腹に黙り込む。
『まずは、そうですね。私のことはオシリスとしておきましょうか』
「オシリス……?」
「おい、オシリスだかなんだか知らんが、ふざけるな!」
「ちょっと、オシリスさん、おふざけはやめませんか?」
「オシリス、死者の生前の行いを裁く……ぼ、僕を裁くっていうのか!」
『さすが、お医者様。うふふ。オシリスのことをご存じとは、博識ですね。
それではルール説明と参りましょうか。皆さん、両手を箱の中に固定されて身動きができない状態になっていますね。箱の中では、10本の指がそれぞれ固定されています。無理やり外すことはできないので、無駄なことはやめてくださいね。指の固定箇所は、第二関節と第三関節の間。親指は第一関節と第二関節の間となっています。これから、皆さんに質問をしていきますが、全て『はい』と答えてくださいね。間違っても『いいえ』もしくは沈黙はなさらないようにお願いします。また、「はい」と答えて、その答えが嘘だった場合はペナルティがあります。あっ、そうそう、「いいえ」や沈黙でもペナルティはありますので、ご了承下さいね』
「ペ、ペナルティとは何ですか?」
『ペナルティについては、ゲームを進めながら体験してくださいね。まさに、体験型アトラクションといったところでしょうか。それでは、皆さん、楽しんで参りましょう』
「お、おい、こんなの楽しめるわけないだろう。早くここから出したまえ!」
「この野郎、こんなことしてただで済むと思ってるのか!ふざけやがって!」
発言する人物に合わせるように、映像が次々と切り替わっていく。
正面から顔を捉え、ときには別の人物の反応を映し、再び発言者へ戻る。
「編集うまっ。ワンロケーション映画みたいな雰囲気あるな」
『では、練習をしてみましょうか。皆さんルールは厳守でお願いしますね。それでは、「あなたの性別は男性ですか?」 では、順番にお答えください。順番は、箱の上に番号が振ってありますね。1番からいきましょう』
「お、俺か。えっと、はい。はい」
『うふふ。「はい」は一度でいいですよ』
「おい、ふざけてるのか! どう考えても『はい』だろう」
『余計なことは話さないようにお願いしますね』
「オシリスさん、この質問はちょっと。私に不利です」
『そうですね。ですが、練習なのでお気軽にお答えいただければ』
「はい」
『この答えは嘘になりますね。今回は練習なので、ペナルティありませんので、ご安心ください』
「僕も『はい』です」
『いいですね、皆さん。この調子で、そろそろ本番と参りましょうか』
パッ──
次の瞬間、4つに仕切られた空間が白く染まる。
天井から照射された無機質な白色光が、コンクリートの影を削ぎ落とし、4人の姿を鮮明に浮かび上がらせた。
それまでのぼんやりとしたオレンジ色とは異なり、肌の毛穴や、引きつった頬の震えまでがくっきりと画面に映し出される。
「おい、なんだ急に眩しいぞ」
「うおっ……」
『皆さん、目も慣れたでしょうから、視聴者の皆様にもお姿をと思いましてね。』
「私を勝手に配信されては困ります」
「お、おい、映すな、映すな……」
4人は顔を伏せ、左右に首を振りながらカメラから逃れようとする。
しかし、両手を箱の中に固定された状態では、顔を覆うことすらできない。
正面のカメラから逃げれば、別の角度に設置されたレンズがその無防備な顔面を捉える。どこを向いても、逃げ場はどこにも存在しなかった。
「うわぁ、鬼畜だな。あはは。カメラに映らない場所なさそうだもんね」
『では、参りましょう。第一の質問』
少しだけの沈黙。
『あなたは、今すぐここから出たいと思っていますか』
「当たり前だろ『はい』に決まってる」
「うむ、『はい』だろうな」
「もちろん『はい』です」
「僕も『はい』です」
『素晴らしい。皆さん正直ですね』
「なにこれ、もしかして茶番? あんまり面白くないかもな……」
『では、第二の質問。あなたはこれまでに、嘘をついたことはありますか』
「『はい』」
「『はい』」
「『はい』」
「『はい』」
『いいですね。皆さん乗ってきましたか? では、第三の質問。あなたは自分の罪を誰かに擦り付けたことはない』
「……『はい』だな」
「おい、君は何を言っているんだね」
「ありません『はい』ですね」
「『はい』」
『あらら、『はい』と答えていない方がいらっしゃいますね。これは本番ですよ、わかってますか? はい、それではペナルティです』
ミシッミシッ──
音は箱の中から聞こえ、何かが圧力に屈した。
「うわぁ、お、おい、俺の……ぐわぁ……」
『ピー議員、「はい」と答えてくださいと最初にお伝えしましたよね? ちゃんと人の話は聞いてくださいね』
「名前に音声被ったな……まさか、AIとかで作った映像じゃないの?」
「ふぅ、ふぅ……わかった、わかったから……」
『ピー議員の小指はどうなっているでしょうか? 箱を開けるのが楽しみになってきましたね。それでは、第四の質問。あなたは、所属事務所の女性に性接待を強要したことはない』
「それはないな『はい』」
「ふぅ、ふぅ『はい』」
「もちろん『はい』ですね」
「『はい』」
『皆さん、比較的スムーズなお答えありがとうございます。ただし……』
ピチッ──
湿った何かが弾ける音が響く。
「ぎゃゃゃ……」
ブチッ、バキッ──
骨が軋み、そのまま砕けるような音。
「あぐっ……」
『ピーさん、嘘もダメなんですよね。最初に説明しましたよ、嘘もペナルティになると』
「あぁぁ……い、いだい……」
『うふふ。ピーさん、性接待の総本山ですよね。えっと、資料によると、〇月△日□時に、ピー議員にピーさんを斡旋していますよ。もしかして、数が多すぎて忘れちゃってますか? あと、他にも……』
「や、やめて……ください。私が、う、嘘ついて……ました」
『あら、予想外に素直に認めましたね。では、この辺でやめておきましょうか』
「あ、ありがとう……ございます」
映像が切り替わり、女性の顔を正面から捉える。
白い照明に照らされた顔は、涙とよだれでぐしゃぐしゃになっていた。
「配信動画用のドラマかもな……演技うまいし」
『皆さん、盛り上がってきましたね。では、どんどんいきましょう。第五の質問。あなたは、手術中に正常な臓器を傷つけ、それを別の症状によるものだと患者に説明したことはない』
「『はい』医者じゃないしな」
「はぁ、『はい』ふぅ」
「うぅぅ……『はい』」
「は……」
『ピー医師どうしました? 答えてないので、ペナルティです』
「い、いや、は……」
ブチャ──
「うっ、ぐぐぐ……」
ベキッ、ブチッ──
「ぐっ、いぃぃ、いだっ……いだい」
『えっと、資料によりますと、5年前ですかね、ピーさんの手術時の出来事ですよ。ピー医師は覚えていらっしゃったので、答えられなかったということですね。素晴らしい記憶力です。さすが、医師といったところ。すぐに記憶がなくなる、ピー議員とは違いますね。うふふ』
「ピー医師さんよ、あんた医師として恥ずかしくないのかよ」
「う、うるさいっ。ぐっ……ぼ、僕はあなたのようなチンピラ経営者と同列ではない」
「誰がチンピラだってんだよ。クソ、ふざけるな」
「お、おい、お前ら黙れ。ぐぐっ、指に響くわ」
「私腹肥やし議員がよく言ったもんだな。ははっ」
「おい、ピー口に気を付けろよ。まさか、恩を忘れたわけじゃないだろうな?」
「はっ。うるさいジジイだな。言えるもんなら言ってみろよ。お前も終わりだけどな」
「ふぅ、も、もう、皆さんお静かになさって……」
「売春斡旋女将が黙れだってよ」
『ピーさん、お元気ですね。ダメージがないのはピーさんだけだからですかね? なんか皆さんに申し訳なくなってきました。では、ピーさんにも皆さんの気持ちを味わっていただきましょうか。こっからは、ピーさんに捧げる質問集を始めていきますね。お楽しみに』
「ははっ。やってみろよ、クソ」
『ここからは、ピーさん以外はお答えいただかなくてけっこうですので、少し休憩しててくださいね』
「な、なんだよ、それ……ふ、ふざ」
『ピーさんへの特別質問集、第一弾。あなたは、反社会的勢力との関係を利用して事業上の利益を得たことはない』
「……『はい』」
ベキッ──
「ぐっ……」
『では、第二弾。ピー議員と関係がない』
「……」
ブチッ──
ゴキッ──
「ぐあっ……」
『どんどんいきましょう。第三弾。あなたはピー議員の贈収賄に関わっていない』
「くっ……」
ブチュァ──
ミチッ──
「ぐぁぁぁ……あぐ、ぐ、も、もう、やめでください……」
『あらあら、ピーさんお顔が涙でぐちゃぐちゃですよ。顔でも拭いたらいかがですか? あっ、そうでした。手が固定されていて動かせないんでしたね。オシリスうっかりしてましたよ。うふふ』
「お、俺が、わる、悪かったです……だから、もう」
『可愛らしくなっちゃいましたね、ピーさん。では、もう少し可愛らしくなっていただきましょうか。はい、第四弾。ピー議員と……』
「お、おい、やめろ、やめるんだ!」
『ピー議員さんの番じゃないですよ。質問まで遮っちゃって。うーん、困りましたね。では、ピーさんとピー議員さんに痛み分けってことでペナルティです』
ビチッ──
「あっ、ぐっ、ぐぁぁぁ……」
「あぁぁぁ……ふぅ、ふぅ……」
『進行の妨げもダメですよ。これもルール違反ですからね、次からは気を付けてくださいね』
「オシリス、最初にそんなルール聞いてないぞ、僕たちは」
『そうですね、確かにピー医師の指摘は的を射てますね。ですが、遊びって、あとからルール追加されるもんじゃないですか? ピー医師は、遊んでる最中にルール追加したことないですかね?』
「そ、それは……」
ビキッ──
「あっ、な、なんで……」
ブチッ──
「あっ、ぐぐぐっ……」
『さっきのピー医師への質問ですよ。ちゃんと『はい』で答えてくれないと、困っちゃいます』
「オシリスって、なんかヤバイな。狂気染みてる……それなのに、なんか純粋に遊んでるようで、本当にヤバイ奴。これ、ドラマだよな?」
『ピー医師、どこの指がどうなっているのかわかりますか?』
「ひ、左の小指、く、薬指と、人差し指が……」
ミチッ、ミチッ──
バキンッ──
「ふぅ、あああぁぁ……」
『ピー医師は博識だから、質問の意図がわかってると思ったんですけど。思ったより理解力が低いんですね。質問には「はい」と答えるしかないんですよ? ちゃんとルールは理解して欲しいです。オシリス怒っちゃいますよ』
さっきまで罵り合っていた4人は、誰一人として口を開かなくなっていた。
白い光に照らされた部屋に、荒い呼吸と痛みに堪える声だけが響く。
『ピー医師、痛みの強さは10段階中何段階ですか?』
「……くっ、『はい』」
『これは遊びの質問じゃなくて、普通の質問なんですよ? オシリスの言ってる意味わかりますか? それで、何段階ですか?』
「あっ……『はい』、6かな、いや5くらいでしょうか……」
『5くらいなんですね。もしかして、痛みの強さは弱くなりました? そうだとすると、そろそろ頃合いかもしれないですね。うん、そうかも』
4人はただ黙って、オシリスの言葉に耳を傾けていた。
ウィィン──
静かな空間を機械の動作音が支配する。
水風船が弾けるような湿った破裂音。その奥で、硬い木片を万力で押し潰すような音が重なる。
映像が切り替わり、医師の顔を正面から捉える。
苦悶に歪んだ表情。尋常ではない量の汗。目は血走り、鼻水や涎に加えて、涙がぽたぽたと流れ落ちていた。
ガコンッ──
『ピー医師、さっきの質問に答えなかったのでペナルティでした。痛みの強さは弱くなりました? ってオシリス質問しましたよね? あと、左手は5回ペナルティ受けたので、ロックを解除してありますよ。箱の中から手を出して、顔でも拭いた方がいいと思います。皆さん、観てらっしゃいますからね。少しでも綺麗なお顔で映った方が失礼がないと思いますよ。ピー医師、左手の解放おめでとうございます』
医師はオシリスの言葉に従い、恐る恐る左手を箱から引き抜く。
左手が引き抜かれると同時にモザイクがかかった。
「さすがに、ここはモザイクかけるんだな……オシリスって倫理観あるんだな。他の動画だと、けっこう映してるものも多いけど。案外、まともな人だったりしてな。ははっ、さすがにそれはないか」
モザイク越しでは細部までは見えない。それでも、5本あるはずの輪郭が揃っていないことだけはわかった。
『ピー医師の左手解放記念にタオルをプレゼントしますね』
ウィィン──
先ほど袋が引き上げられた天井の穴から、今度は白いタオルが吊り下げられてきた。
手を伸ばせば届く高さで止まる。
『ピー医師、そちらのタオルは記念に差し上げますので、お顔を拭くなり、左手を覆うなり、お好きなようにお使いくださいね』
「……『はい』」
今にも消え入りそうな小さな声。医師の目は虚ろで、憔悴しきっていた。
医師はタオルに手を伸ばさない。頭上では、白いタオルが静かに揺れていた。
『それでは、第六の質問、いきましょうか。あなたたちは初対面ですか?』
「クソっ」
「初対面なわけないだろ! 知っててこんな質問……」
「い、意地悪な質問……」
箱からは何かが押しつぶされるような音が響く。同時に、3人の悲鳴が重なる。医師は質問にも反応することがなく、虚ろな目のまま、口からは涎を垂らしていた。
『ピーさんは、左手解放おめでとうございます。記念のタオルをどうぞ。あとは、ピー医師さんは、ちょっと壊れちゃいましたかね? 反応もないみたいですし、仕方ないですけど、強制退場していただきましょうかね』
チュイィーン──
高速回転する甲高く不快な音。
バコンッ──
ダストボックスの投入口のように、医師の足元の床が下向きに開く。そのまま、ピー医師は椅子ごと闇の中へ消えていった。開いた床は、何事もなかったように元に戻る。天井からぶら下がったままの白いタオルが、悲しげに揺れていた。
ピー医師の右手が固定されていた箱から、テーブルを伝ってぽたぽたと赤い液体が流れ落ちている。白いタオルと赤い液体だけが、さっきまでそこにピー医師がいたことを物語っていた。
「もしかして、医師の右手……絶対そうだよな? ヤバいなこの動画……」
『ピーさんは、ちゃんとタオル使ってくれているんですね。ピー医師は使ってくれなかったので、少し悲しい気持ちになっていたんですよ。でも、ピーさんが使ってくれているのを見て、オシリス嬉しい気持ちになりました。ピーさん、よかったらタオルもう1枚どうですか?』
「あっ『はい』お、お願い……します」
ウィィン──
ピーの元に、2枚目の白いタオルが天井から降りてきた。
『ピーさんって、いくつも会社を経営していらっしゃるじゃないですか?』
「……『はい』そ、そうです」
『ピーさんは経営者で、かなり儲けていらっしゃるんですよね?』
「『はい』おかげさまでなんとか……」
『うふふ。謙遜しちゃって。売春斡旋女将のタレントのピーさんとも、なかなか深い仲なんですよね?』
「あっ『はい』……そうです」
『皆さん、オシリスお腹が空いたので、ご飯食べてきますね。皆さんにも、サンドウィッチ用意したので、よかったらお召し上がりください。それでは、30分休憩にしましょう』
ウィィン──
議員、経営者、タレントの頭上から、サンドウィッチが吊り下げられてきた。
『パン食い競争みたいになってますね。それでは、30分後に』
「おい! どうやって食べろってんだ。聞いているのか」
「ピー議員、大きな声を出さないでいただけますか? 私の傷に響くので……」
ピー経営者は、ほとんど動かない左手で、サンドウィッチを食べ始めた。
「おい! ピー、ずるいぞ! 自分ばっかり食べやがって」
「ピー議員も解放してもらえばいいじゃないですか? あと2本でしたっけ?」
「くっ、俺の恩を忘れやがって……」
ピー議員は箱の中で左手を激しく動かし始めた。
「くそ……抜けろっ! 抜けろ!」
抜ける気配は一向にないものの、ピー議員は動かし続ける。
「なにしてんだ、この議員? よくこんなんで議員やってるな」
チュイィーン──
ピー医師の時にも聞こえた、甲高い不快な音が響いた。
「うごっ……ぐわぁぁぁっ……あぁぁ……」
ピー議員の左手が箱から抜ける。モザイクはかかっているが、明らかに手首から先がなくなっていた。
「ピー議員、よかったですね。これで、サンドウィッチを食べられますよ。あっ、でも、その手じゃ食べられないかな」
ピー議員の左手首からは、おびただしい量の赤い液体が流れ出している。
「ぅぅぅ……」
声にならないような声。ピー議員の顔からみるみる血の気が引いていく。荒かった呼吸も次第に弱々しくなり、身体から力が抜けるように椅子へ沈んでいった。
「この議員も終わったな……これ、作り物だよな? 本物とか、さすがにないよな……」
だらりと垂れ下がったピー議員の左手首。先ほどまで流れ続けていた赤い液体も、今ではぽたり、ぽたりと落ちる程度。
『皆さん、お待たせしました。腹ごしらえはできましたか? オシリスは、オムライスを食べてきたんですよ。とっても美味しかったです。あれ? もしかして、ピー議員さんやっちゃいましたか? あらら、残念ですね。仕方ないですね。では強制退場していただきましょう』
ピー医師の時と同じ光景が広がる。
『そうですね……残り2人だと、つまらないですよね。あーあ、なんかオシリスやる気なくなっちゃったなー。今回の遊びは、ここで終わりにしましょうか』
「えっ……」
「オシリス様、ありがとうございます。私は、今後は気持ちを入れ替えて生きていきます」
「左手……でも、治りそうだしいいのか。オシリス様、ありがとうございます」
『でも、でも、でも、質問たくさん考えてたのになー。なんか、もったいない気もするかも』
経営者とタレントは俯いたまま、微動だにしない。
「オシリス遊んでるな、こいつらで」
『うーん、どうしょっかなー。やっぱり、もう少しだけ遊びましょうか』
「あははは、オシリス最高だな」
「はっ……はっ……はっ……」
タレントの呼吸が突然浅く、速くなる。肩を小刻みに上下させ、何度も息を吸い込もうとする。
「はっ……はっ、はっ……はっ……」
『それでは、第七の質問』
「はっ……は……」
タレントの身体から力が抜け、頭ががくりと前に落ちた。
『あれ? あれ、あれ、あれ? ピーさん、意識なくなっちゃいましたか。ピー経営者さんしかいなくなっちゃいましたね。今回は、本当にここまでにしましょう』
「オシリス様、ありがとうございます」
『オシリス帰るね。ピー経営者さんは、ピーさん連れて帰ってね』
「は、はい、わかりました」
『じゃあねー』
オシリスの声とともに、映像が終わる。
再生時間は、1:27:36と表示されていた。
「あっけない終わり方だったけど、けっこう見ごたえはあったな」
数日後──
ニュースでは、ピー議員が交通事故で死亡したと報じられていた。
酩酊状態で道路へ飛び出し、大型トラックにはねられたことによる事故死。
それだけだった。
「あれっ? この議員って、オシリスの動画の人だよな?」
あの動画で失ったはずの左手については、何ひとつ触れられていない。
次のニュースへと切り替わる。画面には、あの動画で観た医師の写真。
報道によると、医師は有名大学病院に勤務しており、居眠り運転によって壁に激突。その事故で死亡したとのことだった。
「この医師も……」
ニュースは続く。また、見覚えのある写真。
「これって、経営者か……」
『続いてのニュースです。複数の企業を経営するピー容疑者。贈収賄の疑いで──』
「あれって、本当のことだったんだ……」
『速報が入ってきました。芸能界を揺るがす──』
「えっ!? あのタレント……」
『人気タレントのピー容疑者が、複数の女性タレントに売春を斡旋していた疑いで──』
「あの動画」
慌ててスマートフォンを手に取り、BREAKPOINTを開く。
閲覧履歴を確認するが、数日前に観たはずの動画が見当たらない。
「はぁ? なんで履歴に残ってないんだ?」
何度スクロールしても、あの1:27:36の動画は出てこなかった。
「夢……じゃないよな。ちゃんと観た記憶あるしな」
検索窓に『オシリス』『暴露』など思いつく単語を入力し検索。
しかし、観たはずの動画が出てくることはなかった。
「あれは一体……」
いくら探しても、オシリスへと繋がる痕跡は見つからなかった。
あの動画が何だったのか。オシリスが何者なのか。それを知る術はない。
ただ、オシリスがまた遊びたくなれば、BREAKPOINTにひょっこり動画をアップすることもあるだろう。再び出会えることを祈って、今日も過激動画を探す。
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